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一輝と啓悟は極彩浜を離れ、バイクは小さな市街地へ入っていく。店先に暖簾を出す居酒屋や、看板のネオンが点灯するのを横目に、バイクは家路を急ぐ車に混じり、夕暮れの街中を走り抜けていった。
街の中心地を過ぎると、緩やかに蛇行する坂道に差し掛かり、夕日の届かない薄暗い道を登っていく。
この町は山が海際まで迫っており、民家は海沿いの平地か、高台に張り付くように建っている。
そのため、家へ帰るにはだいたい山道を登らなければならない。
道沿いは徐々に木々が生い茂る道に変わっていく。前を走る車の走行風で揺れた木々を、二人も揺らしていく。その時、対抗するカーブからバスが下ってきた。啓悟が乗るはずだったバスだ。まだここを走っているということは、あのままバス停で待っていても時刻表通りに来なかったのだろう。乗っけてもらって良かった。そう思い、すれ違ったバスを見送った。
蛇行する山の道から一本入ると、知らない景色になる。住宅の間を縫うような道を、一輝は迷いなく走っていた。その時「あっ! ちがう!」と、一輝の突然の大声に、啓悟の肩が跳ねた。
「どうしたん?」
そう尋ねると、一輝は道の端にバイクを止めて振り返った。
「癖で俺ん家に帰る方に曲がっちゃった!」
啓悟は、一輝の肩越しに前を覗き込んだ。すると一輝はスマホで道を調べていた。その間も、エンジンは振動を続け低い音をずっと響かせている。拡大しては縮小している画面に啓悟は指を伸ばした。
「この道をこのまま登って、小学校の裏のとこ通って下ったらいけそうじゃない?」
「このまま走ると遠回りになりそうだけどいい?」
「そうなん? じゃぁ……」
啓悟が元の道を見ようと手をもう一度伸ばそうとした時、突然一輝が振り返った。
「「ぅわっ!」」
ヘルメット同士がぶつかり、ごつっと鈍い音がした。その勢いで、啓悟が少しのけぞると、咄嗟に一輝が片手を伸ばし、背負っていたスクールバックがぼすっと音を立てた。背中を受け止めた衝撃でまた啓悟の首はがくんと前に引き戻された。
「ごめん! 大丈夫?!」
啓悟がずれたヘルメットを少し上げると、一輝の必死な様子が目に入った。焦ってこちらを覗き込む表情に、啓悟はおかしさが込み上げ、ふっと小さく噴き出してしまった。
「うん、ありがと。大丈夫」
啓悟につられて一輝も少し笑った。
「とりあえず、この道をこのままいこうか」
「うん、任せるわ」
バイクはまたブルンと音を立てて発進し、また坂を登っていった。
上り坂を進み続けているうちに、陽が落ちてきたせいか、少し風が涼しくなった。時折、山肌の反対側に目を向けると、目下に市街地の光がぽつぽつと見える。その向こうには、沈んだ夕日が残していった色が水平線のあたりに留まっていた。海面は穏やかに波打っていた。
「啓悟君は今まで何かバイトしてた?」
一輝は運転しながらそう尋ねてきた。啓悟は走行音に負けないように少し大きめの声で答えた。
「去年、一瞬だけ回転寿司の洗い場やってた」
「海の山寿司?」
「そそ」
「遠くない?!」
海の山寿司は、この辺りに唯一ある回転寿司のチェーン店だ。隣の市まで電車で五駅のところにあるが、駅同士の感覚が広いため、片道四十分程かかる。
「交通費出るからいいかなって思ったけど、普通に行って帰る時間が長すぎて辞めた」
「寝るしかないやつだ」
「そうなんだよね」
ふーん、と言って一輝はまた静かになった。道は徐々に平坦になり、二人が通っていた小学校の裏に差し掛かった。校舎の影になっている暗い道を抜けると、バイクは徐々に減速し、停車した。啓悟はブレーキランプが赤く照らす地面に片足を下ろした。
「ここ下るんだよね?」
一輝は振り返り、道の先にある坂を指差した。
「そうそう。ちょっと行った先に白いマンションがあるから」
「おっけ」
そう言うと、一輝はまたバイクを発進させた。啓悟も下ろしていた足をステップに戻した。
下り坂に差し掛かると、体がふっと前へ傾く。この道は通学路だったため、よく歩いた道だ。しかし、バイクで下ると歩いた時よりも勾配がきつく思えた。そしてバイクの速度も先程より速くなっている気がした。
シートの後ろにあるバーを握っていても、体がだんだん前のめりになっていく。啓悟は一輝の背中に近づきすぎないように、少し体を起こした。背筋を伸ばすと、視界が少し高くなった。
「怖っ」
啓悟の口から思わず声が漏れ出た。すると、徐に一輝が背中を丸め、姿勢を低くした。
その瞬間、一輝の白いシャツで遮られていた視界が一気に開けて、啓悟の目の前が暗い下り坂だけになる。
「えっ! なに?!」
あまりに目の前が開けすぎて、ジェットコースターが滑降する時のように、体が前へ吸い込まれるような感覚になった。啓悟はバーのグリップを強めた。
「え! こわ!! やばい!」
啓悟が一人で騒いでいる前で、一輝はまだ姿勢を低くしている。その背中は小刻みに揺れていた。
「やばいって! まじで! まじで!! 普通にして!!」
啓悟がさらに騒ぎ立てると、一輝は姿勢を戻した。目の前に背中が戻ってくると、先程まであった、体が投げ出されてしまいそうな恐怖が消え、啓悟はほっとした。
しかし、視界を遮る白いシャツは肩が揺れていた。啓悟は、一輝の両肩をぎゅっと掴んだ。
「痛ってえ!」
「下りはやべぇだろ!」
啓悟がそう言うと、また一輝の肩が少し震えだした。啓悟はもう一度指に力を込めてぎゅっと掴んだ。
「ごめんごめん! 啓悟君がでかい声出すの、おもしろくて」
「おもしろくないから!」
「だって、いつも落ち着き払ってるからさ。そんな慌てることあるんだと思って」
そりゃ、急に目の前に何もなくなったら誰でもびっくりするだろう?!と思いながら、啓悟は手をシートの後ろに戻した。
それでも一輝はまだ肩を揺らしていた。啓悟はいつまでも笑い続ける背中をじっと睨んだ。
「まじで。ちゃんと運転して」
「ごめん! 下り坂って普段より急に思えるよな」
「ガチめに死ぬかと思った」
「落ちるかと思った?」
「思ったよ! ほんとに体ごと前に転がり落ちるかと思った!」
「お結びころりんみたいに、そのまま海まで転がって行くってこと?」
「……だっる」
また目の前の肩が大きく揺れ出した。それを見て、啓悟もふっと吹き出した。
夕闇に紛れて走る二人の笑い声が住宅街に響いた。




