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昇降口は、強い日差しが差し込む廊下とは真逆で薄暗い。啓悟は、乾いた音を立てて転がったスニーカーを適当に足で寄せて履いた。そしてガラス扉の向こうから青い空が見えた。見ただけで外に出るのが億劫になる。
ガラスの扉を押し開けた途端に、室外機の前に立ったかのような熱い空気が全身を包んだ。外に足を踏み出すと、啓悟は思わず眉をしかめた。直射日光とアスファルトからの照り返しで視界がちらつく。
暑いだけならまだ良いが、今日は湿度も高い。熱気が重く体にまとわりつき、汗で制服のシャツが首元に貼りついてくる。
空が青すぎる。太陽も輝きすぎている。日差しも、気温も程々で良いのに。啓悟はグラウンドから響く掛け声を背中に聞きながら、校門を出た。
啓悟の通う千里高校は海を臨む山の高台に位置している。高校の前から始まる坂をずっと下れば市街地にたどり着く。啓悟の耳に、靴底がアスファルトを擦る音だけが、一定のリズムで続く。時折吹いた風によって山の葉裏がめくれ、緑が一瞬だけ白く変わる。山肌の木々では蝉がジリジリと鳴いているのだろうが、数が多すぎて全て繋がりジーッと聞こえる。それも大音量で。なのに、道沿いにはみ出して垂れ下がる枝葉を見ても、その姿は見つからない。
影の無い下り坂を歩いているだけで体力を奪われる。日差しに焼かれた額から、だらだらと汗が流れ、時折吹く海風も体を冷ましてくれるほど涼しいわけでもない。これといった理由もないのに苛々してくる。不快だ。
そう、不快だった。
啓悟の中で、さっき教室の中で湧き上がった苛立ちが、またふつふつと湧き上がってきた。
普通、連絡先を教える時は一言確認するだろう。
啓悟は舌打ちをした。
奏斗もサナも嫌いなわけじゃない。普段一緒にいる分には普通に楽しい。ただ、こういうところだけ、なんとなく合わないと感じることが度々ある。二人は特に気にもしていないだろうし、啓悟自身も無遠慮なことをしてしまう事はあると思う。ただ時々、考え方や物事の感じ方の違いを面倒に感じる。
違いがあることを分かっているなら、気にしなければ済む話だ。啓悟は自分でもそれを分かっているつもりだ。しかし、一度引っかかると、なかなか頭から離れない。
それに、忘れた頃に切れたと思っていた縁がまたつながる。啓悟は、そういうのが昔から苦手だった。
瀬戸一輝は小学校の同級生だ。幼馴染でもなければ、友達でもない。何度かクラスが一緒になって一緒に遊んだこともあったが、それ以降は特に会ったこともない顔見知り程度の人だ。
彼に今の自分を知られて困ることなんて何もない。しかし、今、周りにいる人が昔の自分を知ることは違う。
啓悟にとって、昔の縁が知らないところで繋がるというのは、店の奥に仕舞ってある私物を、誰かが勝手に引っ張り出してきて、皆の前に並べるようなものなのだ。私物をあれやこれやと手に取られ、無遠慮に品定めされるのは、誰だって嫌だろう。
奏斗のせいで、連絡先が瀬戸一輝に渡ってしまった。なのに、当の瀬戸一輝からは何も連絡がない。無いなら無いで良いのだが。でも、それもなんだかすっきりしない。
その時、サナが瀬戸一輝は今日もゲームセンターにいるのか確認しようとしていたことを思い出した。
今頃は皆で遊びに行っているのだろうか。一人で帰ってきてしまったため、状況は分からないが、とりあえず面倒なことにならないように、今日は皆が瀬戸一輝に会わないことを祈った。
しかし、会っていたらどうしようという不安が、考えても分からないのに頭の中にはのこってしまう。
啓悟はだんだんと憂鬱になってきた。勝手に帰らない方が良かったのではないかと後悔し始めた。別に彼らと一緒にいたくないとかではなかった。むしろ高校でわざわざ人間関係をこじらせたいとも思っていない。普通に話すし、一緒に遊ぶ。それで良かったのに。
細かい諸々の違いは、自分が気にしなければいいだけ。それなのに、こんな小さなことで、いちいち苛立ち、場の空気を乱す。そんな自分が、一番面倒だった。
そんなことを考えているうちに、啓悟は高校の最寄りのバス停にたどり着いた。啓悟は鞄の中からペットボトルを取り出した。少しだけ残っていた水は暑さのあまり中で水滴に変わっていた。蓋を開けて飲むと、とんでもなくぬるかった。
その時、熱風に混じり少し冷たい海風が肌をかすめた。その時、ふと路線図が目に留まった。終点に「極彩浜前」と書かれていた。




