EP 9
親方とのDIYコンビ結成〜庭に築く難攻不落の秘密基地(という名の要塞)〜
「ガガガガガッ! ギュイィィィン!!」
閑静な高級住宅街にあるバレンタイン家の裏庭に、異世界には似つかわしくない重低音と金属音が響き渡っていた。
「ストップ、親方! 水平器の気泡が少し右に寄ってる。X軸のクランプ、あと二ミリ締めてくれ!」
「オウ、了解だ社長! そらよっと!」
俺(リアス・バレンタイン、三歳)は、【ホームセンター】スキルで召喚した折りたたみ式のディレクターズチェアにふんぞり返り、片手にクリップボードを持ちながら的確な指示を飛ばす。
その視線の先では、炎の魔神にして調停者の一角である『土方親方』ことイフリートが、ニッカポッカの裾を揺らしながら満面の笑みで鉄パイプ(単管パイプ)の組み上げ作業を行っていた。
「いやぁ、たまんねぇな社長! この『直交クランプ』って留め具、どういう魔法の構造してやがるんだ!? 寸分の狂いもねぇから、俺の馬鹿力でボルトを締めてもピタッと固定されやがる!」
親方は、右手に握った魔力駆動式の『インパクトドライバー』を天に掲げ、歓喜の雄叫びを上げた。
本来なら強大な炎の魔法や圧倒的な闘気を操るはずの伝説の精霊が、今や地球の電動工具の虜である。
ドワーフの鍛冶技術が発達しているこの世界でも、大量生産された規格品の精度と利便性は未知の概念だったらしい。
俺は現場監督として、安全第一(OSHA:労働安全衛生法)の精神に則り、親方に『黄色い安全ヘルメット』と『防塵マスク』を支給していた。
炎の魔神が黄色いヘルメットを被り、インパクトドライバーで単管パイプを組み立てている光景はシュール極まりないが、作業効率はまさに神がかり的だった。
「よし、骨組み(フレーム)は完成だ。次は基礎の補強に入る。速乾性セメントを流し込むぞ。親方、そこのドラム缶に水とセメント袋をぶち込んで、ミキサーで撹拌してくれ」
「ガハハハ! 任せな! 俺の炎で適温に温めりゃ、硬化スピードも三倍だぜ!」
親方が指先からパチンと小さな炎を放ち、セメントの温度と水分量を絶妙にコントロールしていく。
俺たちが作っているのは、名目上は三歳児の『秘密基地』だ。
だが、その実態は、単管パイプを筋交い(すじかい)で徹底的に補強し、足場板で壁面を覆い、防弾・防魔加工を施した『難攻不落の防衛陣地』である。
(すばらしい……。俺のスキルと親方の圧倒的なフィジカル&炎魔法。この二つが組み合わされば、数日で城すら築けるぞ)
俺はクリップボードに挟んだ工程表にチェックを入れながら、この『B2B(俺と親方の企業間取引)』の完璧なシナジーに打ち震えていた。
前世では、使えない上司や飛ぶアルバイトの尻拭いでデスマーチを強いられていたが、今は違う。高いギャラ(1回10万円)を払ってでも、確かな技術と圧倒的なパワーを持つプロの専門業者にアウトソーシングする。
これぞ、究極のホワイト労働への第一歩である。
「社長! さっきもらったこの『魔力駆動式チェーンソー』、試し斬りしてみていいか!?」
基礎が固まるのを待つ間、親方がウズウズした様子でチェーンソーを掲げた。
「ああ、構わない。そこにある大岩と、廃材の丸太を切ってみてくれ。ただし、キックバック(刃が跳ね返る現象)には気をつけるんだぞ」
「オウよ! 見てな、俺の『闘気』と『炎』をこの刃に纏わせりゃ……ッ!」
親方がチェーンソーのグリップに魔力を流し込む。
キュイィィィィン!! という凶悪な駆動音と共に、ソーチェーン(刃)が真紅の炎と黄金の闘気を帯びて超高速回転を始めた。
まさに『爆炎チェーンソー』。
ズバァァァァン!!
親方が軽く腕を振っただけで、直径二メートルはあろうかという庭の大岩が、まるで熱したナイフでバターを切るように、一瞬にして両断された。
断面は炎の熱でガラス化し、ツルツルになっている。
「ゲハハハハ!! こりゃあスゲェや! ドラゴンの鱗だろうが、魔王の城壁だろうが、三秒で解体できちまうぞ! 社長、この道具は最高だ! 俺の闘気とも相性バツグンじゃねえか!」
「だろう? 今度、親方の炎の世界(自宅)に帰る時、一台プレゼント(福利厚生)してやるよ」
「マジか!? よっしゃあ、一生ついていくぜ社長!」
現金な魔神である。だが、これで親方の忠誠心とモチベーション(従業員エンゲージメント)は爆上がりだ。金と福利厚生で最強の戦力を手懐ける。俺の計画に抜かりはない。
「……あなた、あれを見て」
「ああ……信じられん。リアスの奴、ただ召喚獣を呼び出すだけでなく、未知の銀色の金属(単管パイプ)を使って、高度な『防衛魔法陣(秘密基地)』を構築しているぞ」
屋敷のテラスからは、両親が冷や汗を流しながら俺たちの作業を見守っていた。
「あの圧倒的な武力を誇るイフリートを、完全に手足として使役しているわ。しかも、あの謎の魔導具……。リアスは一体、どんな恐ろしい知略を巡らせているの……?」
「神童……いや、あれはもう怪物だ。俺たちバレンタイン家の警備は、もうあいつ一人(と一匹)で十分かもしれないな……」
両親の壮大な勘違い(親バカ)がさらに加速していることなど露知らず、俺は時計の針が『17時』を指したのを確認した。
「よし、親方! 今日の作業はここまでだ。キリがいいから片付けに入るぞ」
「オウ? もう終わりでいいのか社長? 俺ぁまだまだいけるぜ?」
「ダメだ」
俺は立ち上がり、キッパリと断言した。
「定時退社は絶対のルールだ。ダラダラと残業して生産性を落とすのは三流の現場だ。オンとオフを切り替えてこそ、最高のパフォーマンスが発揮できるんだからな」
「……へっ、社長らしいや。了解だ。じゃあ、また明日の現場でな!」
親方はヘルメットを脱ぎ、爽やかな汗を拭うと、ポンッという音と共に炎となって元の世界へと帰還していった。
契約通り、無駄な残業代(追加召喚コスト)は発生させない。完璧なマネジメントである。
「ふぅ……。充実したオフ(休日)だった」
俺は自身がDIYした単管パイプのトーチカ(秘密基地)を満足げに眺め、屋敷へと戻っていった。
冷たい麦茶を飲み、風呂に入って、夜九時にはぐっすりと眠る。これぞ三歳児の、いや、元過労死店長の理想のホワイトライフだ。
しかし。
俺がそんな平和な眠りについていた、深夜零時のことである。
――バレンタイン家の広大な敷地を取り囲む高い石塀の陰に、数人の黒い影がうごめいていた。
「……おい、本当に今日なんだろうな?」
「ああ。間違いない。ゴルド商会の支店長であるゴルディは、今日から三日間、王都へ出張で不在だ。元A級冒険者の妻マリアも、最近はすっかり母親業に専念して腕が鈍っているという噂だ」
顔に布を巻き、手には毒を塗った短剣やクロスボウを構えた男たち。
彼らは、ルナハン周辺を荒らし回るプロの盗賊団だった。
「狙うは、本館の地下にある商会の金庫だ。いいか、音を立てるなよ。護衛の傭兵どもは睡眠魔法で眠らせた。残るは、寝ぼけた女と三歳のガキだけだ」
「へへっ、赤子の手をひねるようなもんだぜ。大金持ちの支店長の家、すっからかんにしてやろうぜ」
盗賊団のリーダー格が、音もなく石塀を乗り越え、バレンタイン家の裏庭へと侵入した。
だが、彼らはまだ知らなかった。
その裏庭に、昼間、俺と戦闘狂の親方が「趣味(DIY)」で構築したばかりの、理不尽極まりない『ホームセンタートラップ』が張り巡らされていることを。
そして、定時退社と睡眠を何よりも愛する元店長の安眠を妨害する行為が、どれほど凄惨な『実力行使(クレーム対応)』を引き起こすのかを――。
俺の平和なスローライフを脅かす愚か者たちへの、地獄のDIY防衛戦が幕を開けようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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