EP 10
泥棒襲来!ホームセンタートラップ発動〜定時後の安眠を奪う者には、割増の絶望(クレーム対応)を〜
深夜零時。
俺(リアス・バレンタイン、三歳)は、ふかふかのベッドの中で極上の安眠を貪っていた。
定時退社、入浴、そして十分な睡眠。前世のホームセンター店長時代、日付が変わるまで店舗のバックヤードでシフト調整に追われていた俺にとって、この規則正しい生活リズムこそが至高の贅沢である。
だが、そんな俺の平和なオフタイムは、かすかな「異音」によって破られた。
(……ん? 窓ガラスが割れる音……いや、ガラス切りで丸くくり抜かれたような、プロの犯行の音だ)
前世、深夜の店舗に空き巣が入った時と全く同じ手口の音だった。
俺は跳ね起き、部屋のドアを少しだけ開けて廊下の様子を窺う。
微弱な魔力感知を広げると、屋敷の一階から数人の男たちの気配が近づいてくるのが分かった。さらに、屋敷全体に薄っすらと『睡眠魔法』の煙が充満している。
俺の部屋の隣、母・マリアの寝室からは、すぅすぅという安らかな寝息が聞こえていた。
元A級冒険者の賢者である母が起きないのはおかしいが、おそらく盗賊団が持ち込んだ高価な魔導具の睡眠香か何かだろう。あるいは、昼間、俺と親方のDIYの様子をハラハラしながら見守りすぎて、精神的に疲労困憊していたのかもしれない。父・ゴルディは王都へ出張中で不在だ。
つまり、現在この屋敷で動けるのは、ドラゴンの肉と極大回復魔法によるバグレベルの耐性を持ち、睡眠魔法を完全にレジストしている俺(三歳児)だけである。
(……ふざけるな)
俺の脳内に、真っ黒な怒りがフツフツと湧き上がってきた。
労働基準法すら存在しないこの異世界で、俺がどれほどこの『睡眠時間』を大切にしているか。それを不法侵入という最悪の手段で妨害するなど、ブラック企業の深夜呼び出し(トラブル対応)に等しい大罪である。
「俺のオフを邪魔する奴は……全員、労災認定(物理)してやる」
俺は『孫子』の一節を脳内で暗唱した。
『兵は詭道なり』――すなわち、戦いとは騙し合いである。正面から正々堂々と戦う必要はない。地の利を生かし、敵の予測を裏切り、徹底的に環境を支配した者が勝つ。
俺は真っ暗な廊下に素早く飛び出し、脳内の【ホームセンター】から次々と『迎撃用資材』を召喚し始めた。
「しーっ、静かにしろ。ガキの部屋はこの先だ。金庫の鍵の隠し場所、吐かせてやる」
「へへっ、元A級冒険者も、高級な『昏睡の魔香』の前じゃただの眠り姫だな」
階段を上がりきった盗賊団の四人が、ニヤニヤと笑いながら二階の廊下へと足を踏み入れた。
彼らは足音を殺すために、靴底の柔らかい革靴を履いている。盗賊としての基本だ。
だが、その先頭を歩いていた男が、廊下の中間地点に差し掛かった瞬間。
「……ん? なんだ、床が異常にツルツル……うおわぁぁっ!?」
男の足が、摩擦係数ゼロの世界へと放り出されたように激しく滑り、宙を舞った。
俺が直前に撒き散らしておいた、業務用『シリコンスプレー(潤滑剤)』の罠である。ホームセンターの資材館で売られているこれは、本来は建具の滑りを良くするためのものだが、ワックスがけされた木張りの廊下に大量散布すれば、スケートリンク以上の凶悪なトラップと化す。
「ど、どうした!? ぐわっ、俺も滑っ……!?」
後続の男たちも次々とシリコンの海に足を取られ、ドミノ倒しのように転倒していく。
だが、地獄はここからだ。
シリコンゾーンのすぐ先に、俺は『カーペット用強力両面テープ』を隙間なく貼り詰め、その上に『ステンレス製画鋲(サビに強いロングタイプ)』を一万個、上向きに敷き詰めていたのである。
「いっ、ぎゃあああああああっ!?」
暗闇の廊下に、野太い絶叫が木霊した。
勢いよく転倒した盗賊たちは、顔面、手のひら、そして腹部から、無数のステンレス画鋲の海(剣山)へとダイブしたのだ。
ただの画鋲と侮るなかれ。日本のホームセンターで売られている業務用のロング画鋲は、下手な異世界の粗悪な短剣よりも鋭利で頑丈である。
「い、痛ぇ! なんだこれ、針!? 身体中が……っ!」
「起き上がれ! ……って、床に手が張り付いて、と、取れねええっ!?」
パニックに陥った盗賊たちが起き上がろうとするが、強力両面テープが彼らの服や皮膚をガッチリとホールドし、もがけばもがくほど画鋲が深く突き刺さるという最悪の無限ループに陥っていた。
(よし。クレーム対応の基本その一。相手の勢いを完全に削ぎ、こちらの土俵に引きずり込む)
暗闇の奥、廊下の突き当たりに立つ俺は、冷徹な目で蠢く盗賊たちを見下ろしていた。
次の一手だ。
俺の足元には、先ほど召喚した『魔力駆動式・高圧洗浄機(プロ仕様)』が鎮座している。
ホースの先端をしっかりと両手で構え、俺は冷酷に魔力を流し込んだ。
「清掃の時間だ。ゴミは綺麗に洗い流さないとな」
ズドドドドドドォォォォッ!!!
静寂を切り裂き、高圧洗浄機が凶悪な駆動音を上げた。
銃口……いや、ノズルから発射されたのは、らせん状に回転しながら噴射される『ターボ水流』。
外壁にこびりついた長年の苔や、コンクリートの汚れすらも削り落とす圧倒的な水圧が、廊下で身動きが取れなくなっている盗賊たちを容赦なく襲った。
「ぶべらっ!?」
「な、なんだこの水は!? ぐあああっ、皮膚が、皮膚が削れるぅぅっ!」
時速数百キロにも達する高圧水流の直撃を受け、盗賊たちは画鋲の刺さった身体のまま、廊下の端までボウリングのピンのように吹き飛ばされていく。
水圧の痛みと、冷水による体温の低下。さらに両面テープで服を剥ぎ取られるという複合的なダメージに、四人中三人の盗賊が完全に白目を剥いて気絶した。
(完璧なオペレーションだ。これで残業(迎撃)は終わり……ん?)
俺が高圧洗浄機のスイッチを切ろうとした、その時だった。
吹き飛ばされた盗賊たちの中で、ただ一人、リーダー格の男だけが、壁に激突する寸前で態勢を立て直していた。
「……ふざけ、やがって……!」
リーダーの男が、ギリリと歯を食いしばりながら立ち上がる。
その身体から、ドス黒いオーラ――『闘気』が爆発的に噴き出した。
「たかがガキの魔法罠か何か知らねぇが……コケにしくさって……!」
闘気を纏った男の筋肉が膨張し、皮膚が硬質化していく。画鋲の刺し傷など、闘気の力で一瞬にして塞がってしまった。
この世界における『闘気』とは、生命力を爆発的な身体能力に変換するチート技術だ。一流の盗賊であれば、闘気を纏って石壁を粉砕することすら可能である。
「俺はレオンハート獣人王国の国境を越えてきた、賞金首の『牙のザッカル』だぞ……! ええい、小細工はここまでだ! ぶっ殺してやる!」
ザッカルと名乗った男が、狂気に満ちた目で俺を睨みつける。
その闘気の圧力は、さっきまでのコソ泥とは次元が違った。高圧洗浄機の水流程度では、今の強固な闘気シールドを突破することはできないだろう。
(……チッ。やはり異世界の武力は理不尽だな。マニュアル通りにいかない厄介なクレーマーだ)
だが、俺の顔に焦りはない。
俺は小さくため息をつき、手元の高圧洗浄機をスキルのインベントリへと収納した。
そして、前世のマネジメント哲学を思い出す。
『手に負えない悪質なトラブルは、迷わず専門業者にアウトソーシングせよ』。
俺は廊下の奥に立ち塞がるザッカルを見据え、指先をパチンと鳴らした。
「……おい親方。深夜の割増料金(残業代)だ。仕事の時間だぞ」
その瞬間。
俺の背後の空間が歪み、屋敷の天井を焼き尽くさんばかりの、圧倒的な『紅蓮の炎』が吹き上がったのである。
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