EP 7
女神のブラック手配と絶望のテレアポ〜戦闘狂(親方)のキャスティングと極大の波乱〜
『ポポーポポポポ♪ ポポーポポポポ♪』
ルチアナ教会の荘厳な大聖堂。ステンドグラスから降り注ぐ神聖な光の中、祭壇の前に立つ三歳の俺の脳内には、信じられないほど気の抜けるスーパーのBGM(保留音)が鳴り響いていた。
(……落ち着け、秋野幸人。パニックは組織を崩壊させる最大の要因だ。今は最悪の事態を想定した『リスクマネジメント』を行う時だ)
現実世界の俺は、巨大な鑑定の水晶の前で目を閉じ、微動だにしていない。
司祭や両親からは「女神様と深くチャネリングしている神童」として感動の眼差しを向けられているが、実際は神界のブラックコールセンターの保留音を聞かされているだけである。
ポンコツ女神ルチアナは、己の保身(スキルの使い回しによるハゲ世界神からの減給処分回避)のため、俺の鑑定結果を改ざんし、ダミーとして【召喚】スキルを付与しようとしている。それだけでも俺のホワイトスローライフ計画にとっては致命傷だが、さらに性質が悪いことに、ゴッドチューブのPV(視聴率)稼ぎのために「ド派手で超強い幻獣」を俺のアテンド(召喚獣)として手配しようとしているのだ。
(頼む、誰も電話に出ないでくれ。神界のコンプライアンス同様、あいつの人脈もガバガバであってくれ……!)
俺が前世で培った全ての祈祷力を総動員していると、不意に保留音がプツリと切れ、ルチアナの声が戻ってきた。
『あ、おまたせー! よーし、それじゃあ早速、世界を管理してる調停者クラスの大物にテレアポしていくわよ! まずは……不死鳥のフレア! あいつなら見た目もド派手だし、炎のエフェクトで画面映え(PV)も最高だからね!』
(バカやめろ! 調停者って世界の管理者だろ!? そんなレイドボスみたいな奴を三歳の護衛につけたら、俺が国家の軍事バランスを崩す歩く大量破壊兵器になっちまうだろ!)
俺の悲鳴など意に介さず、ルチアナはエンジェルすまーとふぉんで発信を始めた。
『プルルルル……ガチャッ』
『……あ? なによ、ルチアナ。こっちは忙しいんだけど』
電話口から聞こえてきたのは、ひどく苛立った様子の、妙齢の美女の声だった。
『あ、フレア? ヤッホー! 永遠の十七歳、ルチアナちゃんです! ねぇねぇ、ちょっと頼みがあるんだけどさ。今度、転生者の男の子に召喚スキルを渡すから、貴女、リアスくんの召喚獣になってくんない? ギャラは弾むわよ?』
『はぁ!? 冗談じゃないわよ! 私は忙しいの! 増えすぎた魔物の間引きに、各国の小競り合いの調停、それに……今日はこれから、息子のヒエンの三者面談があるのよ!!』
『えっ? ヒエンくんって、もう二十歳超えて……』
『うるさいわね! 永遠の十七歳の私からすれば、二十歳の息子なんていつまでも子供みたいなもんよ! ああもう、太郎が死んでからワンオペ育児で過労死しそうな不死鳥の身にもなりなさい! 切るわよ!』
ブツッ! プープープー……。
『あ、ちょっと! フレア!? 切られた……』
(よし! ナイスだ不死鳥のシングルマザー! そのまま育児に専念してくれ!)
俺は心の中でガッツポーズをした。契約不成立。素晴らしい。これでルチアナも諦めて、その辺の無害なスライムでも手配してくれるはずだ。
『……チッ、使えない不死鳥ね。まぁいいわ、次! 次は氷と狼の化身、フェンリル! あいつならクールで女性リスナー(信者)のPVが稼げるはず!』
(まだかけるのかよ! 営業ノルマに追われる月末のセールスマンかお前は!)
『プルルルル……ガチャッ』
『……あ? なんだおばさん。今忙しいんだよ』
次に聞こえてきたのは、気怠げな青年の声だった。そしてその後ろからは、何やら凄まじい大音量の電子音と、「キュインキュイーン!」「激アツだドン!」という、パチンコ屋特有の騒音が聞こえてくる。
『お、おば……っ!? 永遠の十七歳に向かってなんて口の利き方よこの駄犬! それよりアンタ、またパチンコ打ってんの!?』
『うるせぇな、今『CR異世界転生トラックでドン!』の確変中なんだよ! せっかく俺のカットインが入って激アツだったのに、お前のコタツ部屋のハズレ演出がチラついてテンション下がったじゃねえか。ナンパした女の家で食うディナー代を稼がなきゃなんねぇから、話しかけんなよ!』
ブツッ! プープープー……。
(調停者(世界の管理者)、パチンカスとヒモニートしかいないのかこの世界は!? どうなってんだアナスタシア世界のガバナンスは!)
あまりの堕落っぷりに、俺は前世のエリアマネージャーとしてのコンプライアンス意識をズタズタに引き裂かれていた。
『きぃぃぃぃ! どいつもこいつも! 私がわざわざ直営業かけてやってんのに!』
(もういいだろルチアナ! な? 俺には召喚獣なんて身に余る。普通の、目立たないダミースキルを一つポチッと入力してくれればそれで丸く収まるんだ。Win-Winの関係を築こうぜ?)
『うるさーい! ここまで来たら意地でも大物をアサインしてやるわ! ええい、こうなったら最後の手段! 炎魔将軍すら恐れる戦闘狂、イフリート!!』
(やめろぉぉぉ! 名前からして絶対にトラブルしか起こさない奴じゃねえか!)
『プルルルル……ガチャッ。……オウ。誰でぃ?』
野太く、ドスの効いた、それでいてどこか江戸っ子のような威勢の良い声が響いた。
『あ、イフリート? 私私、ルチアナ! 実はさ、超絶有能な召喚主(三歳児)を見つけたんだけど、アンタ、専属の召喚獣やってみない?』
『……ホゥ。俺を喚ぼうってか。面白い……』
電話口の奥から、ゴォォォという灼熱の炎が燃え盛るような音が聞こえてきた。空間そのものが歪むような、圧倒的なプレッシャーが通信越しに伝わってくる。
『我が召喚獣になってやろう。だが、条件があるぜ。俺を呼ぶからには、我を楽しませる強大な魔獣、骨のある敵を用意せよ……! フハハハハ! 久方ぶりの、血湧き肉躍る戦だ! 跡形も残さず灰にしてくれるわァ!!』
(終わった……)
俺は心の中で頭を抱えた。
「血湧き肉躍る戦」。俺が目指す究極のホワイトライフとは対極に位置する、最もブラックでバイオレンスなキーワードだ。
『や、やばっ……』
ルチアナの声が、急に引き攣った。
『ちょっと営業トーク盛っちゃったけど、こいつマジの戦闘狂だったわ。こんなの三歳児に押し付けたら、世界が更地になっちゃうかも……』
(気づいたか!? なら今すぐクーリングオフしろ!)
『……ま、いっか! バレたらオリンに怒られるの私だし! とりあえず契約成立ってことで、システムに書き込んどくわ! じゃ! 私は月人くんの特番の続き見るから! 私しーらないっと!』
(おい待て! 責任丸投げか! 逃げるな! お客様相談室の責任者を出せぇぇぇ!!)
『ブツッ。ツー、ツー、ツー……』
無情な電子音が響き、通信は完全に途絶えた。
「ルチアナああああああああっ!!」
俺が声に出さず、魂の底から絶叫したその瞬間。
目の前の巨大な水晶玉が、かつてないほどの激しい光を放ち始めた。
「おおおっ!? な、なんだこの輝きは! 水晶が割れんばかりの魔力反応!」
司祭が目を剥いて後ずさる。
光が収まると、水晶の下に設置された羊皮紙に、俺のステータスとスキルが自動的に印字されて出力された。
司祭は震える手でその羊皮紙を手に取り、大きく息を吸い込んで、大聖堂に響き渡る声で読み上げた。
「リ、リアス・バレンタイン様! 年齢、三歳! 魔力適性、極大(限界突破状態)! そして……神より授かりしユニークスキルは……ッ!」
ゴルディとマリアが、祈るように両手を組んで見守っている。
「歴史上、数人しか確認されていない伝説のスキル……【召喚(極)】にございますぅぅぅぅ!!」
「「おおおおおおおおっ!!??」」
大聖堂の中が、爆発的な歓声に包まれた。
「ガハハハハ! 聞いたかマリア! 俺たちの息子は、伝説の召喚術師だ! これでゴルド商会の未来も安泰だぜ!」
「ええ、ええ! さすがリアス! 冒険者ギルドでも即Sランク昇格間違いなしの才能よ! ああ、すぐに召喚獣を制御するための特別な魔法教練メニュー(地獄の特訓)を組まなくちゃ!」
「神童! まさに神童! 女神ルチアナ様の祝福あれぇぇ!」
両親と司祭が手を取り合って狂喜乱舞し、大聖堂の周囲にいた信者たちまでが「奇跡の御子だ!」と涙を流して拝み始めている。
(……なんでこうなった)
俺は、ステンドグラスから差し込む光を浴びながら、真っ白に燃え尽きていた。
目立たず、波風を立てず、こっそりと【ホームセンター】の力で安全地帯を作り、定時退社をキメるはずだった俺の異世界スローライフ。
それが、あの芋ジャージ女神の保身と杜撰なテレアポのせいで、よりにもよって【召喚(極)】という最も派手で、最も前線に立たされるチートスキル(表向き)を背負わされてしまったのだ。
「あーうー……(異世界労働基準監督署はどこですか……)」
三歳児の小さな口から漏れた悲鳴は、歓喜の渦にかき消されて誰の耳にも届かなかった。
かくして、ルナハンにおける『伝説の神童・リアス』の名は、俺の意思とは完全に無関係なところで、瞬く間に大陸中へと轟くことになってしまったのである。
そして俺はこの後、あの電話口で吠えていた「戦闘狂」と、最悪の形で対面を果たすことになるのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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