EP 6
教会での絶望。女神像は芋ジャージを着ていた〜神界のコンプライアンスと押し付けられたダミースキル〜
『あー、あー、マイクテス、マイクテス。聞こえる? 秋野幸人。永遠の十七歳、女神ルチアナだけど』
荘厳な大聖堂の静寂を切り裂くように、俺の脳内に直接、あのタバコ臭い声が響き渡った。
(お、お前……! 前世で俺の顔面を健康サンダルで蹴り飛ばした、あのポンコツ芋ジャージ女神か!)
祭壇の前に立つ三歳の俺は、ピタリと動きを止めた。
目の前には、ステンドグラスの光を浴びて神々しく輝く女神像。しかしその姿は、どう見ても首元までチャックを上げたジャージ姿に、イボイボの健康サンダルを履いている。
『あー、それね。昔、適当に寝起きの姿で神託を下したら、人間の信者どもが「あぁ! なんと機能美と慈愛に満ちた聖衣なのだ! 足裏の突起は衆生のツボを刺激して救済するための法具に違いない!」って勝手に神格化しちゃったのよ。ウケるでしょ。訂正するのも面倒だから放置してるんだけど』
(ウケねぇよ! ルナミス帝国の宗教観と美的感覚、どうなってんだよ! しかもお前、神のくせに信者に対して適当すぎるだろ!)
俺は心の中で激しくツッコミを入れた。
前世でこんな身だしなみで売り場に出ようものなら、店長である俺が即刻バックヤードに呼び出して始末書を書かせているレベルだ。
「さあ、リアス様。恐れることはありません。この『鑑定の水晶』に手を触れ、女神様の声に耳を傾けるのです」
現実世界では、真っ白な法衣を着た恰幅の良い司祭が、優しく俺に微笑みかけていた。
その手には、両手で抱えるほどの巨大な透明の水晶玉が捧げられている。この世界では、これに触れることで対象の魔力適性やユニークスキルが解析され、公のステータスカードに記録される仕組みになっている。
両親のゴルディとマリアも、後方から期待に満ちた眼差しを向けている。
俺は小さく息を吐き、水晶に手を伸ばそうとした。バレたらバレたで、商人として上手くスキルを隠蔽しながら生きていく算段は、すでにFP1級の頭脳でシミュレーション済みだ。
『ストップストップ! ちょーっと待って! 今その水晶に触らないで!』
だが、脳内のルチアナが慌てた様子でストップをかけてきた。
(なんだよ。俺は忙しいんだ。さっさと検査を終わらせて、家に帰って【ホームセンター】で出したクーラーボックスで冷やした太陽芋ジュースを飲みたいんだよ)
『あのねぇ、あんたのスキルが【ホームセンター】だって公の記録に残ったら、超ヤバいの! 私が!』
(……お前が?)
『そう! 実は最近、神界でもコンプライアンスだの何だのがうるさくてさ。上司のオリン(頭が後光が差すほどハゲてる世界神)が、「ゴッドチューブのPV(視聴率)が低下している! 既存スキルの使い回しは手抜きとみなし、予算削減の対象とする!」とか言い出したのよ!』
俺は絶句した。
(お前……俺に渡した【ホームセンター】って、百年前の転生者・佐藤太郎が持ってた【100円ショップ】のモロパクリ(使い回し)じゃないか!)
『だって思いつかなかったんだもん! 太郎のスキル、結構PV稼げたし、二番煎じでいけるかなーって。でも、もし今あんたが水晶に触って【ホームセンター】の名称が神界のシステムに記録されたら、「ルチアナ君、これは太郎君の焼き直しだね? 減給処分とする」ってハゲに怒られる! 私のソシャゲの課金代とエステ代が消滅しちゃう!』
(知るか!! 神界の予算事情なんて俺の知ったことか! 自分の不始末は自分でリスクヘッジしろ!)
俺は『失敗の本質』を体現するような神界の杜撰なマネジメント体制に、前世の胃痛がぶり返すのを感じた。
『というわけで、あんたの鑑定紙にはダミーとして別のスキルを表示させるように、こっちのエンジェルすまーとふぉんから遠隔でシステムをハッキング(改ざん)するわ。隠蔽用として、後付けで【召喚】スキルをプレゼントしてあげる!』
(はぁ!? ふざけるな!)
俺は心の中で激しく抗議した。
(召喚スキルだと!? そんなファンタジーの王道みたいな激レアスキルが記録されたら、絶対に国や軍に目をつけられるだろうが! 俺は「平凡な商人の息子」というポジションで、誰にも邪魔されず定時で帰る究極のホワイトライフを送るんだ! 目立つスキルなんて断固拒否する!)
『あー聞こえなーい。もう書き換えプロトコル走らせちゃったし。そもそも、あんたが引きこもってたらゴッドチューブのPVが稼げないじゃない。せっかくだから、リスナーが喜ぶような、ド派手で超強い幻獣をアテンド(手配)してあげるわ! 感謝しなさいよね!』
通信の向こうで、ルチアナがスマホを操作するようなタップ音が聞こえる。
冗談じゃない。そんな目立つ幻獣を連れ歩くことになれば、最前線で魔王軍と戦わされる過労死ルート一直線だ。俺は絶対に、裏方(現場監督)として安全圏から指示を出すだけの人生を送るのだ!
現実世界では、水晶に手を伸ばしたままブルブルと小刻みに震え、虚空を睨みつけている俺の姿があった。
それを見た司祭が、感動で声を震わせる。
「お、おお……! なんという深いトランス状態! まだ三歳だというのに、すでに女神様と直接対話をされているのだ! なんという神童!」
「あなた、見た!? リアスのあの集中力! やはり私の子ね!」
「ガハハハ! 神に愛された商人、リアス・バレンタインの誕生だぜ!」
(対話じゃねえよ! クレーム対応の真っ最中だよ! 頼むから止めてくれ母ちゃん、父ちゃん!)
周囲の勘違いによる親バカゲージが天元突破していく中、俺は脳内のポンコツ女神をどうにか説得しようと試みた。
(おい、ルチアナ! 頼む、召喚スキルは百歩譲って受け入れる。だからせめて、呼び出すのは『無害なスライム』とか『荷物運び用の馬』とか、目立たない地味なやつにしてくれ! そうじゃないと俺は――)
『よし、じゃあちょっと、契約する超大物(調停者クラス)に片っ端からアポ取ってみるから! ちょっと待っててね〜』
(話を聞けぇぇぇ!!)
『プルルルル……♪』
俺の悲痛な叫びを遮るように、脳内にチープな電子音が響き始めた。
前世のスーパーやホームセンターの食品売り場でよく耳にした、『ポポーポポポポ♪』という、あの気が抜けるような呼び込み君のメロディ(保留音)である。
(おいやめろ! 神様! アポ取るな! 切ってくれ! クソ女神ルチアナああああ!!)
大聖堂の荘厳な空気の中、俺の脳内だけで鳴り響く軽快なスーパーのBGM。
俺のホワイトなスローライフ計画は、神界のコンプライアンス(保身)という最も理不尽な理由によって、強制的に軌道修正されようとしていた。
そして、このポンコツ女神が「アテンド」しようとしている相手が、アナスタシア世界を揺るがす規格外の存在であることに、俺はまだ気づいていなかったのである。
読んでいただきありがとうございます。
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