EP 5
公園デビューと現世のリアル〜異世界の児童公園は火力が違う〜
「公園とは、社会の縮図である」
前世で俺が尊敬していたエリアマネージャーが、新規店舗の出店調査の際によく口にしていた言葉だ。
その地域に住む人々の所得層、ヒエラルキー、そして治安。それらはすべて、昼下がりの公園に集まる親子連れの生態系を観察すれば一目瞭然だという。
生後十ヶ月。
ドラゴンの肉とベヒーモスのミルク、そして母・マリアの【極大治癒】による過剰な物理ドーピングのおかげで、俺はすでに二歳児並みの体格と二足歩行能力を獲得していた。
そして今日、俺は母に連れられ、ルナハンの街角にある児童公園へと『市場調査』にやってきたのである。
「さあリアス、みんなと仲良く遊んでくるのよ」
「あーい!(了解だ、母ちゃん!)」
母に見送られ、俺は砂場へと歩みを進めた。
周囲を見渡す。公園のすぐ横には『タローマート』という見慣れた配色のコンビニらしき店舗があり、遠くの看板には『ルナキン(24時間営業ファミレス)』の文字が見える。百年前の転生者・佐藤太郎がもたらした概念が見事に根付いている、ルナミス帝国ならではの光景だ。
だが、公園の中で繰り広げられている光景は、地球のそれとは根本的に『火力』が違っていた。
「いくぞー! ストーンバレット!」
「甘いぜ! 闘気シールド!」
砂場では、三〜四歳の子供たちが拳骨大の石を時速三十キロほどのスピードで撃ち出し、それを別の子供がオーラ(闘気)を纏った木の枝で弾き返している。
ブランコでは、風魔法を使って自力で空中ブランコ並みのスイングをキープしている女児がおり、ジャングルジムに至っては、身体強化の闘気を発動させた幼児たちが、猿のような身軽さで頂上争いの格闘戦を繰り広げている。
(……もしこれが地球なら、開始三秒で救急車が呼ばれ、公園の管理責任を問われて大炎上する案件だ)
だが、ここはアナスタシア世界。一般人が二十馬力を叩き出す魔境である。ベンチで談笑している母親たちも「あらあら、元気ねぇ」と微笑んでいるだけだ。
俺は『孫子』の兵法を思い出した。
「彼を知り己を知れば百戦危うからず」
俺の現在のフィジカルと魔力なら、あのジャングルジムの頂上を武力で制圧することは造作もない。だが、そんなことをして目立てば「神童」として担ぎ上げられ、将来的に騎士団や国に徴用されるリスク(過労死ルート)が高まる。
目指すのは究極のホワイトライフ。ならば、取るべき戦術は一つだ。
俺は砂場の隅に陣取ると、脳内の【ホームセンター】からこっそりと『プラスチック製の左官ゴテ』と『速乾性セメント(極少)』を取り出した。
そして、砂場の砂と少量の水を混ぜ、左官ゴテを使って「完璧な球体の泥だんご」を錬成し始めたのである。
「おい、新入り! お前、何やってんだよ!」
背後から、ガキ大将らしき大柄な幼児が声をかけてきた。手には闘気を纏ったスコップを握っている。
俺は立ち上がり、前世で培った「クレーム客を瞬時に無力化する、完璧な接客スマイル」を顔に貼り付けた。
デール・カーネギーの『人を動かす』の基本。まずは相手の重要感を満たすことだ。
「あーうー!(こんにちは、ボス! 素晴らしい闘気ですね。僕はリアスと言います。貴方のような強者のために、最高の『砲弾』を作っていたんですよ!)」
赤ん坊の舌足らずな言葉をごまかしつつ、俺は先ほど錬成した、大理石のように硬く、真球に近い『セメント入り泥だんご』をうやうやしく差し出した。
ガキ大将は訝しげにそれを受け取ると、その完璧なフォルムと重量感に目を見開いた。
「す、すげえ……! なんだこれ、ツルツルでカッチカチじゃねえか! これに闘気を込めて投げたら、絶対最強だぞ!」
「あー!(もちろんです! 僕は作るのが得意なので、ボスの専属職人になりますよ!)」
「おお! お前、いい奴だな! よし、今日から俺の副官にしてやる!」
(……計画通り)
俺は心の中でガッツポーズをした。
物理的な戦闘(泥遊び)という重労働をガキ大将にアウトソーシングし、自分は後方の「技術顧問」という安全圏のポジションを確保したのだ。これで公園でのヒエラルキーは盤石。無駄な労力を使うことなく、平和な公園ライフを確約されたのである。
一方、母のマリアも、ベンチの母親コミュニティにおいて完璧な立ち回りを披露していた。
元A級冒険者の賢者であり、大商会支店長の妻という圧倒的なステータス。誰もが彼女に取り入ろうとする中、マリアは持ち前のカリスマと笑顔で周囲を掌握し、「リアスちゃんのママ」として頂点に君臨していた。
さすがは俺の母ちゃんである。バレンタイン家の組織力は揺るがない。
――それから、二年余りの月日が流れた。
俺は順調に成長し、三歳になった。
その間、【ホームセンター】スキルでこっそりと自室をDIYで快適空間に改造したり、時折『土方親方』を呼び出しては裏山で魔獣を狩らせ、小遣い稼ぎをするなどの裏工作を続けていた。ホワイトライフへの基盤は、着々と築かれている。
だが、この異世界において「三歳」という年齢は、一つの大きなターニングポイントを意味していた。
『スキル検査』である。
ルチアナ教会に赴き、神の洗礼を受けることで、自身の持つ魔力適性や『ユニークスキル』の有無が公の記録として残されるのだ。
(これが最大の難関だ……)
もし、俺の【ホームセンター】という規格外のチートスキルが教会や国にバレたらどうなるか。
「タローマート」や「ルナキン」を築いた英雄・佐藤太郎の再来として、間違いなく帝国軍や商業ギルドに目をつけられる。そして、国家規模のインフラ整備や兵站管理の責任者に据えられ、前世以上の激務を強いられるのは火を見るより明らかだ。
(絶対に隠し通さなければならない。もし万が一、スキルの詳細がバレそうになったら、親方をフルパワーで召喚して教会ごと更地にするしか……いや、それは最終手段だ)
俺はFP1級の試験会場に向かう時以上の緊張感を抱えながら、両親に手を引かれてルチアナ教会の大聖堂へと足を踏み入れた。
ステンドグラスから差し込む荘厳な光。
高い天井に響き渡る、聖歌隊の歌声。
そして、祭壇の奥に鎮座する、この世界の創造主たる『女神ルチアナ』の巨大な大理石の彫像。
「さあリアス、女神様に祈りを捧げるのよ。あの方の着ておられる『聖なる聖衣』は、我々を優しく包み込む慈愛の象徴なの」
母・マリアが、うっとりとした表情で女神像を見上げながら囁いた。
俺もゴクリと唾を飲み込み、祭壇の女神像を見上げた。
そこには、神々しい光輪を背負い、優しげな微笑みを浮かべる美しい女神の姿が彫刻されていた。
だが、その女神が身に纏っている『聖なる聖衣』とやらのデザインに、俺の思考は一瞬でフリーズした。
首元までチャックが上がり、袖口には二本のラインが入った、ゆったりとしたシルエット。
足元には、無数の小さな突起が並んだ、健康器具のような履物。
――間違いない。
どう見てもあれは、前世で俺の顔面を蹴り飛ばした、あのポンコツ女神が着ていた『芋ジャージ』と『健康サンダル』の造形そのものではないか。
(この世界の住人は、あれを聖衣だと信じて拝んでるのか……!?)
俺が異世界の絶望的なファッション信仰に戦慄し、ツッコミを我慢して顔を引き攣らせていたその時。
不意に、俺の脳内に直接、あのタバコ臭い声が響き渡った。
『あー、あー、マイクテス、マイクテス。聞こえる? 秋野幸人。永遠の十七歳、女神ルチアナだけど』
――三歳のスキル検査。
俺の究極のホワイトライフ計画は、この芋ジャージ女神の気まぐれな社内連絡(ブラック手配)によって、根底から覆されようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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