EP 4
異世界のホームセンター検証〜釘一本からチェーンソーまで。ゼロから始めるホワイト拠点構築計画〜
「……よし、今夜は『棚卸し』と『システム動作確認』の時間だ」
深夜。バレンタイン家の自室。
両親が寝静まったことを確認した俺は、ベビーベッドの柵を軽々と乗り越え(六ヶ月児にあるまじき脚力だが、ドラゴンの肉と極大回復魔法のせいで身体能力がバグっている)、ふかふかの絨毯の上に着地した。
この世界に転生して数ヶ月。過剰なまでのスパルタ英才教育を施された俺は、強靭な肉体と魔力回路を手に入れた。
しかし、俺の真の武器は筋肉でも魔法でもない。あの芋ジャージ女神から適当に投げ渡されたユニークスキル【ホームセンター】である。
これまで常に両親の監視下に置かれていたため、スキルの詳細な検証ができずにいた。だが、ようやく訪れた完全なオフタイム。俺は前世の店長時代を思い出しながら、精神を集中させた。
(スキル、起動……!)
脳内に、見慣れた光景が広がった。
広大なフロア。天井まで届きそうなスチールラック。整然と並べられた商品群。そして、入り口に掲げられた『資材館』『生活用品館』『園芸館』といった案内板。
それは紛れもなく、俺が前世で人生のほとんどの時間を費やした「大型ホームセンター」の概念そのものだった。
「おお……素晴らしい。VMD(ビジュアルマーチャンダイジング:視覚的販売計画)が完璧な売場だ……」
感動で少し泣きそうになる。
俺は脳内の検索システム(タッチパネル端末のようなイメージ)にアクセスし、まずはもっとも基礎的なアイテムを要求した。
『65mm 丸釘(鉄製)』
魔力がほんの少しだけ指先から抜け出ていく感覚があった。
次の瞬間、ポンッという軽い音と共に、俺の小さな手のひらに一本の釘が現れた。
「……完璧だ」
俺は釘を月明かりに透かして検品した。
歪み一つない真っ直ぐな形状。均一な太さ。先端の鋭さ。地球の近代工業が産み出した、寸分の狂いもない完全な工業製品である。
アナスタシア世界の文明レベルは「火縄銃以前」だと両親の会話から推測している。ドワーフの鍛冶技術は高いらしいが、これほど均一で安価な規格品を大量生産できるはずがない。
調子に乗った俺は、次々と『現場の必需品』を召喚していった。
『布ガムテープ』『ブルーシート(#3000の厚手)』『結束バンド』『シリコンシーラント』。
「ハハッ……すごい、凄すぎるぞ! ガムテープの粘着力も、ブルーシートの防水性も地球のままだ!」
深夜の部屋で、ガムテープをベリベリと引き剥がしては恍惚の表情を浮かべる赤ん坊。客観的に見れば完全にホラーだが、俺のテンションは最高潮に達していた。
この世界に佐藤太郎という英雄がもたらした「100円ショップ」の概念があることは知っている。日用品やちょっとした便利グッズなら向こうに分があるかもしれない。
だが、【ホームセンター】の真髄はそこではない。「インフラ」と「建築」、そして「サバイバル」の総合拠点であることだ。これさえあれば、荒野に城を建てることすら可能になる。
(小物は問題ない。召喚コスト(消費魔力)も、今の俺のバグった魔力量なら数千個出しても息切れしないレベルだ。次は……『機材』の動作確認だ)
俺は検索ウィンドウに、男のロマンであり、森林開拓の絶対的王者である名前を打ち込んだ。
『チェーンソー(プロ仕様)』
ズンッ!
絨毯の上に、全長数十センチの無骨な機械が召喚された。
本来ならガソリンエンジンか大型バッテリーで駆動するものだが、このスキルで呼び出した機材は「魔力駆動(あるいは闘気駆動)」にローカライズされているらしい。持ち手の部分に、魔力を流し込むための小さな術式が刻まれていた。
俺はそっと手を触れ、ごく微量の魔力を流し込む。
キュイィィィィン!!
刃が凶悪な音を立てて高速回転を始めた。
「うおっ、危ねぇ!」
慌てて魔力を切る。危うく自室の高級絨毯を木っ端微塵に解体するところだった。
だが、確信した。これに俺の闘気を纏わせれば、魔獣の分厚い皮膚や骨だろうが、豆腐のように両断できるだろう。
(すばらしい……。釘一本から、チェーンソー、高圧洗浄機、発電機……さらにはフォークリフトや小型ユンボ(重機)までラインナップに入っている。俺は勇者や戦士になる必要はない。『現場監督』になればいいんだ)
『孫子』は言っている。「善く戦う者は、勝つ易きに勝つ者なり」と。
無理に最前線で剣を振るう必要はない。ホームセンターの資材で鉄壁の防御陣地をDIYし、トラップを張り巡らせ、安全圏から高圧洗浄機でポーションを散布して味方を回復する。敵が来たら重機で轢き潰す。
これぞ究極の安全第一。労災ゼロのホワイトな戦闘スタイルだ。
(そして、このスキルの最大の切り札……『店舗召喚』)
俺は脳内のメニューにある、ひと際大きなコマンドを確認した。
条件:広大で平坦な土地、および莫大な魔力。
効果:超大型ホームセンターの店舗そのものを現実に具現化する。
その施設概要を見た瞬間、俺の目から一筋の涙がこぼれ落ちた。
『冷暖房完備』
『水洗トイレ(ウォシュレット付き)完備』
『フードコート(軽食)あり』
『完全な安全地帯』
「休憩室……俺だけの、完璧な休憩室だ……ッ!」
前世、パイプ椅子と段ボールの山に囲まれた埃っぽいバックヤードで、冷めたコンビニ弁当をかき込んでいた日々がフラッシュバックする。
異世界という、衛生観念も治安も保証されていないこの過酷な世界において、空調の効いた清潔な店舗を丸ごと呼び出せる。これ以上のチートがあるだろうか。
俺の目指す「究極のホワイトライフ」の城は、すでに手のひらの中にあったのだ。
「……ふぁっ」
ひとしきり感動に打ち震えたところで、強烈なあくびが出た。
さすがにチェーンソーなどの大型機材の召喚検証は、赤ん坊の脳と魔力回路には負担が大きかったらしい。急激な睡魔が襲ってくる。
(今日の棚卸しはここまでだ……。使った商品はインベントリに『返品(送還)』して……と)
散らかした釘やブルーシート、チェーンソーをスキル空間へと収納し、俺は再びベビーベッドの柵をよじ登って布団に潜り込んだ。
準備は整った。
明日はついに、バレンタイン家の外へ出る日。
つまり、このルナハンという街のリアルな生態系と市場価値を視察する『公園デビュー(マーケット・リサーチ)』の日である。
(同年代の子供たちや、親同士のヒエラルキー……。どこの世界でも、公園という場所は社会の縮図だからな。波風を立てず、目立たず、適度に愛想を振りまいてやり過ごそう)
前世の接客スマイルを脳内でシミュレーションしながら、俺はスヤスヤと眠りについた。
この時の俺はまだ、異世界の公園デビューが、地球のそれとは根本的に「火力」が違うという事実を分かっていなかったのである。
読んでいただきありがとうございます。
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