EP 3
英才教育(物理)と究極の離乳食〜ドラゴンの肉は経費で落ちますか?〜
(ぎゃあああああっ!?……って、あれ?)
母・マリアの両手から放たれた【限界突破・極大治癒】の直撃を受けた俺は、内心で絶叫しながらも、すぐにその「異変」に気がついた。
痛くない。
それどころか、全身の細胞が歓喜の声を上げ、温泉に浸かりながら極上のマッサージを受けているような、圧倒的な万能感に包まれていたのだ。前世で三日連続徹夜した後に飲んだ、一本千円の高級栄養ドリンクの百倍は効く。
「すごいわ、ゴルディ! この子、私の魔力をスポンジみたいに吸収していくわ!」
「ガハハハ! さすが俺たちの息子だ! 限界まで注ぎ込んでやれ!」
両親が嬉しそうに笑っている。
実はこの世界――ルナミス帝国をはじめとするアナスタシア世界には、とある「常識」が存在する。
それは、『赤ちゃんから六歳までの間に、ルチアナ教会の高度な回復魔法を注ぎ続ければ、基礎的な身体能力や闘気、魔力の最大値が爆発的に向上する』というチートじみた教育メソッドである。
この世界の人間は「器用貧乏」と評されるが、それはあくまで魔族や獣人といった規格外の種族と比べた場合の話だ。
地球人の基本スペックを「1馬力」とするなら、アナスタシア世界の一般人は平気で「20馬力」を叩き出す。六歳児がクロスボウを軽々と扱い、大人は100メートルを8秒で走り抜け、垂直ジャンプで10メートルを跳ぶ。5.56mmの小銃弾すら、闘気を纏えば致命傷にならないという、完全に物理法則を無視した筋肉と魔力の世界なのだ。
そして、その超人スペックの基礎を作るのが、この幼少期の「回復魔法ドーピング」である。
通常は教会に高いお布施を払って神父にお願いするものだが、俺の母親は元A級冒険者の「賢者」だ。教会を通さず、最高純度の魔力を自家製で毎日致死量スレスレまで注ぎ込んでくる。
(なるほど……これはビジネス的に見れば『極めて優秀な先行投資』だ)
ベビーベッドで光に包まれながら、俺は前世の知識をフル回転させて現状を分析した。
初期段階(幼少期)に莫大なリソース(魔力)を投下することで、将来的なランニングコスト(怪我や病気のリスク)を極限まで抑え、圧倒的な生産性(物理的スペック)を確保する。
俺が目指す「究極のホワイトライフ(安全で快適な定時退社生活)」を実現するためには、自分自身のスペックが高いに越したことはない。弱者は搾取されるのが異世界の、いや、社会の理だからだ。
(よし、受け入れよう。母ちゃん、もっとだ! もっと俺のインフラを強化してくれ!)
俺は『マネジメント』の教えに従い、組織(自分の身体)内のリソース配分を最適化するイメージを持った。流れ込んでくる魔力をただ受け止めるのではなく、血液の循環に合わせて全身の隅々まで効率よくバイパスさせる。
「えっ……? 嘘、リアスが自分で私の魔力を誘導してる……? 天才よゴルディ! この子、赤ん坊にして魔力循環のコツを掴んでるわ!」
「おおお! すげえぞリアス! 魔法の才能は母親譲りだな!」
俺が効率化を図った結果、両親の親バカゲージが限界突破してしまったらしい。
だが、問題はここからだった。
「よーし! 基礎体力がついたなら、次は『栄養』だ!」
父・ゴルディが、ドンッと胸を叩いて宣言した。
「俺はゴルド商会のルナハン支店長だ! 金なら唸るほどある。マリア、リアスの離乳食には妥協しないぞ。俺の独自ルートを使って、ドラゴンの肉とベヒーモスのミルクを仕入れてやる!!」
(……は?)
俺は耳を疑った。
ちょっと待て。ドラゴン? ベヒーモス?
前世で俺が遊んだRPGの知識が正しければ、それって物語の終盤に出てくるレイドボス級のモンスターじゃないのか?
「すばらしいわ、ゴルディ! ドラゴンの肉は闘気の源になるし、ベヒーモスのミルクは魔力回路を強靭にするって言うものね!」
マリアも両手を合わせて賛同している。
(いやいやいやいや! 賛同するな母ちゃん! 胃腸! 俺の赤ちゃんの未発達な胃腸を考慮してくれ! そんな高カロリー高タンパクな劇物、消化できるわけないだろ!)
俺はベビーベッドの上で必死に手足をバタバタさせて抗議した。
さらに、FP1級の資格を持つ俺の計算脳が、瞬時に原価計算を弾き出す。
ドラゴンの肉なんて、間違いなく金貨ウン百枚(数百万円)単位の超高級食材だ。離乳食にかけるコスト(エンゲル係数)として完全に破綻している。
「あーうー!(費用対効果が最悪だ! 経営を圧迫するぞ! 普通の太陽芋のペーストで十分だ!)」
「おお、リアスも喜んで手足をバタつかせているな! よーし、父ちゃんが最高の肉を競り落としてきてやるからな!」
駄目だ。言葉が通じない。
商人としての豪腕と、親としての愛情がバグレベルで融合した父には、俺の常識的なコスト感覚など通じないのだ。
「フフフ、任せてちょうだい。私が【極大火炎】でドラゴンの肉の筋繊維を細胞レベルまで焼き切って、極上のペースト状に調理してあげるわ」
母がとんでもない調理法を口走っている。賢者の魔法はフードプロセッサー代わりらしい。
(……詰んだ。俺はこの狂った愛情の嵐を、自力で生き抜かなければならないのか……)
俺は絶望と共に天を仰いだ。
だが、泣き言を言っていても始まらない。『失敗の本質』が教えている。環境に適応できない組織は滅びるのだと。
――それから数ヶ月。
俺は、バレンタイン家の「規格外の愛情」という名の過酷なスパルタ教育を一身に浴びて育った。
ドラゴンの肉(マリアの魔法で信じられないほど柔らかく煮込まれていた。普通に美味かった)と、ベヒーモスのミルク(めちゃくちゃ濃厚で甘かった)を毎日摂取し、食後には致死量スレスレの回復魔法を注ぎ込まれる日々。
結果として。
生後半年を過ぎる頃には、俺は自力で立ち上がり、普通の子供なら数年かかる言語理解を完了させ、木製のベビーベッドの柵を「素手で握り潰せる」ほどのパワー(闘気の片鱗)を手に入れていた。
(……強くなりすぎた。絶対に目立たないように、出力をセーブして生きていこう)
俺は己の小さな拳を見つめながら、エッセンシャル思考による「オン・オフの徹底」を心に誓った。無駄な労力は使わない。有能さは隠す。それがホワイトライフへの絶対条件だ。
いよいよ明日は、この異世界での『公園デビュー』の日。
俺はバレンタイン家の門をくぐり、初めてルナハンという街のリアルな生態系(市場調査)へと足を踏み出すことになる。
読んでいただきありがとうございます。
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