EP 4
死蟲将軍機、襲来。予算を死守する初の総力戦〜業務用接着剤とアイドルのバフで赤字を回避せよ〜
「ギガガガガッ……! ピィィィィン!!」
鼓膜を破るような異音とともに、ポポロ村の芋畑を覆い尽くすほどの巨大な影が立ち上がった。
全長十メートルは優に超えるだろうか。死蟻の強固な顎、死蜘蛛の不気味な多脚、死蟷螂のチェーンソーの鎌、そして背中には死蜂の禍々しい羽が羽ばたいている。
あらゆる死蟲機のパーツを悪魔合体させて生み出された、殺戮の権化。
『合成死蟲将軍機』の降臨である。
「オイオイオイ! 冗談じゃねえぞ! あんな巨大なレイドボス、俺の運が2倍になったところで届く高さじゃねえ!」
先ほどまで余裕ぶっていたフェイトが、咥えていたポポロシガーを落として後ずさった。
「あぅぅ……! おっきい……! あれ全部エビフライだったら、村のみんなで三日は食べられますのに……っ!」
リーザが絶望的な状況下で、完全に食欲に脳を支配された感想を漏らす。
(……マズいな)
俺は、冷や汗を流しながら頭の中で猛烈なコスト計算を始めていた。
あんな規格外の化け物を倒すには、俺の切り札である『イフリート・フルコース召喚(時価)』を使うのが手っ取り早い。だが、あの戦闘狂の親方をこんなヤバいボス戦に喚べば、「危険手当」「深夜・休日割増」を含めて、請求額が金貨百枚(100万円)を下ることは絶対にない。
つまり、今回の依頼報酬をすべて親方のギャラに吸い取られ、俺たちの利益はゼロ……下手すれば赤字に転落する。
(冗談じゃない。命を懸けてタダ働きなんて、究極のブラック労働だ! アウトソーシング(外注)は封印する。この『ホープ・クローバー』の現在の戦力(内製化)だけで、あのバケモノを解体するぞ!)
俺は現場監督としてのスイッチを完全に切り替えた。
一人で無双するのは俺のポリシーに反する。俺の武器は悪知恵とホームセンター、そしてこの厄介極まりない仲間たちだ。
「総員、傾聴! これよりボス討伐の総力戦を開始する! キャルル! お前は持ち前の機動力で敵のヘイト(敵視)を限界まで集めろ! 絶対に被弾はするな!」
「了解だよ、リアス君! 私たちの平和なスローライフと、君との愛の巣(拠点)を守るためなら、あんなポンコツ機械、全部蹴り砕いてあげるっ♡」
キャルルの瞳に、重すぎるヤンデレのハイライトが灯る。
彼女は地面を蹴り飛ばし、マッハの速度で死蟲将軍機の懐へと飛び込んだ。
「こっちだよ、鉄クズ! 月影流――『鐘打ち』!」
特注の安全靴から放たれた回し蹴りが、将軍機の多脚の一本に直撃し、強固な装甲をベコンとひしゃげさせる。
「ギュルルルルッ!!」
怒り狂った将軍機が、チェーンソーの鎌や強酸の液、そして死蜘蛛の粘着糸を四方八方に乱れ撃ちし始めた。だが、月兎族の圧倒的な動体視力を持つキャルルは、そのすべてを紙一重で回避しながら、畑の奥へと将軍機を誘導していく。
「リーザ!」
「は、はいぃっ!?」
芋ジャージ姿で震えるリーザに、俺はビシッと指を突きつけた。
「俺が【ホームセンター】で出したこの『ビールケース(特設お立ち台)』に乗れ! そして、お前の本気の歌を歌え! もしあいつを倒せたら、報酬で『ルナキン特製・極厚カツ丼のメガ盛り(ドリンクバー付き)』を奢ってやる!」
「カ、カツ丼メガ盛り……ッ!! ドリンクバーまで!?」
リーザの表情が一変した。
腹ペコの地下アイドルに『確約された極上のギャラ(飯)』を与えた時の爆発力を、俺は知っている。
彼女はビールケースの上に飛び乗ると、マイクの代わりに芋畑に転がっていた大根を握りしめ、高らかに歌い始めた。
「私は運命……私は物語……だから貴方達の全てをちょうだい♡ 『Love & Money』!!」
♪世界中が私の為に愛を叫ぶ (まわって! まわって!)
♪全部抱きしめるわ (最強!)
リーザの純真にして強欲な歌声が、戦場に響き渡る。
腐っても人魚姫の彼女が本気で歌う『Love & Money』は、味方に奇跡のバフをもたらす。
俺の全身から疲労が抜け落ち、闘気と魔力が爆発的に底上げされていくのを感じた。最前線で戦うキャルルの動きも、さらに一段階スピードを増している。
(すばらしい……最高の福利厚生だ! さあ、ここからが俺の仕事だ!)
俺はキャルルが誘導している先の地面に狙いを定め、【ホームセンター】のインベントリを全開にした。
「展開開始……ブルーシート#3000、六枚! さらに『業務用・超強力エポキシ樹脂接着剤(二液混合タイプ)』をドラム缶三本分ッ!」
ドバシャァァァァッ!!
俺が指定した空間に巨大なブルーシートが敷かれ、その上に、日本の化学工業の結晶である超強力な業務用接着剤がぶちまけられる。
さらに俺は、その上に『自然魔法』を発動させた。
「プラント・クリエイト!」
接着剤の海の上に、一瞬にしてカモフラージュ用の草花や木の根を生成し、罠を完全に隠蔽する。
「キャルル! 座標C-3へ敵を引き込め!」
「オッケー! そぉれっ!!」
キャルルがトンファーで将軍機の頭部を殴りつけ、そのまま罠の上へとバックステップで跳躍した。
怒りに我を忘れた合成死蟲将軍機が、キャルルを追って、俺が仕掛けた「カモフラージュされた接着剤の海」へと、その巨大な多脚を深く踏み入れた。
「ギ……ガガッ!?」
次の瞬間、将軍機の動きがピタリと止まった。
数トンもの巨体を支える脚が、ブルーシートとエポキシ樹脂によって地面に完全に固定されたのだ。いかに機械の膂力とはいえ、広範囲にベタ塗りで接着された状態では、そう簡単には引き剥がせない。
「今だ! 硬化を促進させるぞ!」
俺は『魔力駆動式・高圧洗浄機』を構え、ノズルから魔法を合成した水を噴射した。
「『ブリザード・シュート』水流モード!!」
氷の魔力と闘気を纏った超低温の高圧水流が、エポキシ樹脂の硬化剤と反応し、将軍機の足元を一瞬にしてカチカチの「凍結したコンクリートブロック」へと変貌させる。
「ギギギィィィッ!!」
脚を完全にホールドされ、回避率がゼロになった将軍機が、空に向かって絶望の咆哮を上げた。
(完璧なトラップ(導線設計)だ……! だが、俺の弓の火力じゃ、あの分厚いメイン装甲はぶち抜けない!)
俺は振り返り、後方でポカーンとしている男に向かって怒鳴りつけた。
「フェイトォォッ! お膳立ては全部済ませたぞ! 給料泥棒になりたくなきゃ、てめぇの仕事(エースの役割)を果たせ!!」
「……フッ」
フェイトが、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「お前ら、最高の露払いだったぜ。俺の出番までしっかり場を温めてくれたじゃねえか」
(どの口が言ってやがる!)とツッコミを入れたかったが、今のフェイトの目には、普段の気怠げなギャンブル中毒者のそれとは違う、歴戦のA級冒険者としての鋭い光が宿っていた。
フェイトは右手にミスリルソードを構え、左手で親指をピンと立てた。
その手には、一枚の銀貨が握られている。
「ここで決めなきゃ、男じゃねえ。運命の女神よ、俺に微笑みやがれ……!」
ピィンッ!
澄んだ音を立てて、銀貨が空高く弾き飛ばされた。
フェイトのユニークスキル【コイントス】。
表が出れば全ステータス2倍の最強戦士。裏が出れば猛烈な体調不良で即寝込む、クランの命運を左右する究極のギャンブル。
俺もキャルルもリーザも(リーザは歌いながらだが)、空中で回転するコインの行方に息を呑んだ。
コインが、フェイトの手の甲に落ちる。
彼はゆっくりとその手をどけた。
「……見ろよ、リアン。俺の『日頃の行いの良さ』をな」
そこに輝いていたのは――【表】。
「しゃあああああっ!!」
フェイトの全身から、黄金に輝く規格外の闘気が爆発的に噴き出した。
ステータス2倍。さらにリーザのアイドルソングによる超絶バフが上乗せされ、今のフェイトの能力は限界突破状態に達している。
「俺がヒーローだ! 決めてやるぜええ!!」
フェイトが地面を蹴った。
その速度は、キャルルにも匹敵するほどの神速だった。
接着剤と氷で完全に固定され、身動きが取れない合成死蟲将軍機に向かって、フェイトは一気に跳躍する。
「ギシャァァッ!」
将軍機が最後の足掻きとばかりに、チェーンソーの鎌を振り下ろす。
だが、フェイトは空中でその巨刃をミスリルソードで軽々と弾き飛ばすと、そのまま将軍機の巨大な胸部装甲の真正面へと肉薄した。
「一刀両断……ラック・ストライク!!」
闘気を極限まで圧縮したミスリルの刃が、十字の閃光を描く。
分厚い鋼鉄の装甲が、まるで豆腐のように音もなく切り裂かれた。
「ギ…………ガァァァ…………」
コアを完全に破壊された合成死蟲将軍機は、断末魔の機械音を漏らしながら、真っ二つにズレて崩れ落ちた。
そして、その巨体が内側から限界を迎え、ドゴォォォォンッ!! と凄まじい大爆発を引き起こしたのである。
「ふぅ……。悪いな、主役は俺が持っていっちまったぜ」
爆炎を背に、フェイトがミスリルソードを肩に担ぎながら、ポーズを決めて着地した。
「あー……うん。最後だけは認めてやるよ、一応エースだからな」
俺は安堵の息を吐きながら、弓を下ろした。
キャルルが「やったぁ!」と俺に飛びついてこようとしたのを、手で制止する。
さらに後方では、歌い終わったリーザが「さあ! エビフライのお掃除タイムですの!」とお賽銭箱を構えて突撃しようとしていたため、俺は慌てて彼女の襟首を掴んで止めた。
「バカ! 今回こそは魔石とレアパーツを回収するんだよ! 吸い込んだらカツ丼はキャンセルだからな!」
「ひゃんっ! わ、分かりましたぁ……」
(……勝った。俺の悪知恵とホームセンター資材、キャルルの耐久力、リーザのバフ、そしてフェイトの運。誰か一人でも欠けていたら、内製化(自力)での討伐は不可能だった)
見事なチームワークだった。
一人で無双せず、全員の力を合わせて勝利を掴み取る。これこそが、俺が目指す完璧なクランの形だ。
何より、イフリートを召喚せずに済んだため、今回の依頼報酬である金貨100枚(100万円)は、数本の接着剤とブルーシートの経費を差し引いても、丸々ホープ・クローバーの『純利益』となる。
俺は現場監督として、この上ない達成感と安堵感に包まれていた。
「さて……村に報告に行くぞ。今夜は美味いメシが食えそうだな」
夕日に照らされたポポロ村の芋畑で、俺たちは勝利の余韻に浸っていた。
この総力戦の勝利が、結果的にこの村の農民たちからの異常なまでの信頼を生み、俺たちがポポロ村の『運営』に深く巻き込まれていく決定打になることなど、この時の俺はまだ知る由もなかったのである。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




