EP 3
収穫と駆除。アイドル掃除機と働かない男〜エビの匂いと完全なる証拠隠滅〜
「ギギギギ……ガシャァァァッ!!」
のどかなポポロ村の太陽芋畑に、耳障りな金属音とモーターの駆動音が響き渡った。
森の木々をなぎ倒して現れたのは、全長三メートルに及ぶ巨大な機械仕掛けのカマキリ――『死蟷螂機』である。
両腕に備わった巨大な鎌は、高速回転するチェーンソーの刃のように凶悪なうなりを上げている。
「ひゃあああっ! 出ただあ! バケモノだあぁっ!」
「逃げろ! 芋を置いて逃げるんだ!」
畑で作業をしていた農民たちが、クワやカゴを放り出して一目散に村の方へと逃げ出していく。
無理もない。アナスタシア世界の一般人がいくら頑強(20馬力)だとはいえ、完全な殺戮兵器として設計された死蟲機相手に素手で立ち向かうのは、労働安全衛生法的に見ても自殺行為に等しい。
「……チッ。収穫作業中の不意打ちとは、タチの悪いクレーマーだ」
俺は、手にしていた軍手とスコップを【ホームセンター】のインベントリに放り込み、代わりに愛用の『ショートボウ』と矢筒を召喚して背負った。
前世の店長時代、店内で暴れる万引き犯やクレーマーには幾度となく対応してきたが、チェーンソーを持ったカマキリは流石に初めてだ。
だが、焦りはない。俺の後ろには、規格外のスペックを誇る(ただし素行に問題のある)クランメンバーたちが控えている。
「総員、業務(戦闘)態勢に移行! キャルル、お前は前衛で敵のヘイトと足を止めろ! フェイトは遊撃に回り、死角から装甲の薄い関節部を狙え! リーザは後方で待機、被弾時のバフと回復に備えろ!」
俺は現場監督として、瞬時に各員のタスクを割り振った。
適材適所の采配こそが、マネジメントの基本である。
「任せて、リアス君! 私、君の平和なスローライフを脅かす害虫は、一匹残らず駆除してあげるから♡」
俺の指示に最も嬉々として応えたのは、月兎族のヤンデレ姫、キャルルだった。
彼女はラフなパーカー姿のまま、両手に二本の特殊警棒……いや、『ダブルトンファー』を構え、クラウチングスタートの姿勢をとった。
彼女の足元で、俺がタローマン(ホームセンター)で特注して支給した『鋼鉄入り安全靴』が、ギュッと土を掴む。
「行くよ……ッ!」
ドンッ!!
キャルルが地面を蹴った瞬間、爆発的な踏み込みによって畑の土がクレーター状に吹き飛んだ。
月が出ていない昼間とはいえ、月兎族の瞬発力は100mを5秒台で駆け抜ける。彼女の姿は、俺の目にも一瞬ブレて見えた。
「ギシャァッ!」
死蟷螂機が迫り来るキャルルに反応し、巨大なチェーンソーの鎌を容赦なく振り下ろす。
分厚い装甲ごと人間を両断する凶悪な一撃。
だが、キャルルは顔色一つ変えずに、交差させたダブルトンファーに闘気を纏わせてそれを受け止めた。
ガキィィィン!!
凄まじい金属の衝突音が響き、火花が散る。
三メートルの巨体から放たれる機械の膂力を、華奢な少女がトンファーだけで完全に受け止めているのだ。
「ふふっ、この程度の刃じゃ、私の愛(闘気)は切れないよ! それじゃあ、お返し!」
キャルルはトンファーで鎌を弾き返すと、空中にふわりと跳び上がった。
そして、死蟷螂機の強固な胸部装甲に向かって、特注の安全靴を履いた脚を容赦なく叩き込む。
「月影流――『乱れ鐘打ち』ッ!!」
ガガガガガガガッ!!!
打撃音というより、もはや工事現場の削岩機の音だった。
キャルルの闘気を纏った連続回し蹴りが、安全靴の鋼鉄のつま先を通じて、死蟷螂機の装甲をボコボコに凹ませていく。
「ギ……ギギッ……!?」
たまらず死蟷螂機の巨体が大きくよろけ、致命的な隙を晒した。
(完璧な前衛(タンク兼アタッカー)だ。やはりキャルルの物理スペックは最高だな……って、おい!)
俺は感心しかけて、視界の端に信じられない光景を捉えた。
遊撃として側面に回っているはずのフェイトが、一歩も動かず、木陰で壁に寄りかかりながらタバコ(ポポロシガー)を吹かしていたのだ。
腰のミスリルソードすら抜いていない。
「おいフェイト! てめぇ何サボってんだ! 今が最大の攻撃チャンスだろうが!」
「フッ……焦るなよ、リアン。俺の『コイントス』を使うまでもない。あんな機械の虫けら一匹に俺の運を割くのは、コスパが悪すぎる。ほら、お前の弓でトドメを刺してこいよ」
「この給料泥棒がぁぁっ! 帰ったら絶対に減給してやるからな!」
俺は怒りで額に青筋を浮かべながらも、文句を言っている暇はないと判断した。
死蟷螂機が体勢を立て直す前に、迅速に処理しなければならない。
「ハァッ……仕方ない、俺が決める!」
俺はショートボウを引き絞り、矢を番えた。
前世の空間把握能力(メジャー展開)で、よろけた死蟷螂機の『中枢』までの距離と風向きを瞬時に計測する。距離三十メートル。命中率100%。
俺は矢の先端に自身の魔力と闘気を練り込み、高密度に圧縮した。
「灰になれ……『フェニックス・シュート』!!」
ビュゴォォォォッ!!
弦から放たれた矢は、空中で炎と闘気を纏った巨大な『火の鳥』の姿へと変貌した。
それは一直線に飛び、キャルルの蹴りで装甲が脆くなっていた死蟷螂機の胸部へと吸い込まれるように突き刺さる。
「ガァァァァァッ!!」
火の鳥が死蟷螂機の内部で爆発し、数千度の炎が機械の駆動部と魔力回路を瞬時に焼き尽くした。
黒煙を上げながら、三メートルの鋼鉄の虫が、ズシンッ!と地響きを立てて畑に崩れ落ちる。
「ふぅ……一件落着(タスク完了)だな」
俺が弓を下ろした時だった。
焦げた死蟲機の残骸から、風に乗って『ある匂い』が漂ってきた。
香ばしい、甲殻類を直火で炙ったような、極上の匂い。
「……えっ? なにこれ、すっごく良い匂い……!」
キャルルが鼻をヒクヒクさせている。
そう、この世界の歴史書によれば、死蟲機は機械のくせに『エビのような味がして非常に美味しい』という、訳の分からない生態(仕様)を持っているのだ。
一部の命知らずな冒険者たちは、これを解体して『死蟲機の海老天丼』にして食うという。
「あぅぅ……! エビさん! エビさんのフライの匂いがしますぅぅっ!!」
その後方から、ピンク色の芋ジャージが猛烈なスピードでダッシュしてきた。
極限の空腹状態にあったリーザである。
彼女の目は完全に血走り、獲物を見つけた猛獣のような表情になっていた。
「待てリーザ! いくら美味いからって、初見の魔獣(機械)をそのまま食うのは食中毒の……」
俺が制止するより早く、リーザは死蟷螂機の残骸の前にスライディングで滑り込んだ。
「倒した残骸は私にお任せください! いただきまぁぁぁす!!」
リーザが両手を天に掲げた瞬間、彼女の背後に、巨大な木製の『お賽銭箱』の幻影が浮かび上がった。
彼女のユニークスキル【貧乏神】の能力、『お賽銭箱型掃除機』の発動である。
ズゴゴゴゴゴォォォォッ!!!
「なっ!?」
ダイソンの最新型も裸足で逃げ出すほどの、圧倒的かつ理不尽な吸引力。
炎上していた死蟷螂機の巨体が、分解された鉄くず、飛び散ったオイル、さらにはドロップ品であるはずの魔石すらも巻き込んで、謎の『お賽銭箱』の中へと跡形もなく吸い込まれていくではないか。
「ちょ、おまっ!? 俺の戦利品(利益)まで吸い込むな!」
俺の叫びも虚しく、わずか数秒で、死蟷螂機は畑の土ぼこり一つ残さず『完全消滅(全没収)』してしまった。
シーン……。
荒らされた畑には、完璧に清掃された空間と、呆然と立ち尽くす俺たちだけが残された。
「……あ、あれ?」
リーザが、自分の両手を見つめてポカンとしている。
「エビフライは……? カツ丼は……? どこに行きましたの……?」
「お前のスキルが全部異次元に吸い込んだんだろうが! バカヤロウ! あの残骸の装甲や魔石を売れば、数万円にはなったはずなんだぞ! うちの利益率をどうしてくれるんだ!」
「うわぁぁぁん! 嫌ですぅ! お腹空きましたぁ! 掃除したんだから、せめて試食品をくださいぃぃっ!」
地面を叩いてギャン泣きするリーザ。
敵のバフも資産も全て没収できる強力なスキルだが、吸い込んだものは一切彼女の懐には入らないという、最悪のブラックホール仕様である。
文字通りの「タダ働き」だ。
「ハハハハ! 造作もないな!」
そこで、今まで木陰でタバコを吸っていただけのフェイトが、優雅に前髪をかき上げながら歩み寄ってきた。
「見たかリアン。俺が背後でドッシリと構えていたからこそ、敵もプレッシャーを感じて隙を見せたんだ。これも立派なチームワークだぜ」
「てめぇは本当に一ミリも働いてねえだろうが! 息を吐くように自分の手柄にするな!」
俺は持っていた弓でフェイトの頭をポカッと叩いた。
「痛ぇな! 労働組合に訴えるぞ、ブラックリーダー!」
「どの口が言ってやがる! 全く……次から次へと、うちの社員たちは……」
俺が深いため息をつき、これ以上の被害が出る前に村長へ報告に戻ろうとした、その時だった。
――ズズズズズズズッ……!!
先ほどとは比べ物にならない、大地の底から響き渡るような激しい地鳴りが、ポポロ村全体を揺るがした。
「リアス君!」
キャルルが笑顔を消し、ウサギの耳を限界まで逆立てて山の方を睨みつけた。
「……ヤバいかも。今度は一匹や二匹じゃない。山の奥から、とてつもない魔力の塊が……いや、『無数の蟲』が合体しながら、こっちに向かってきてる……!」
「なんだと……?」
俺のエリアマネージャーとしての直感が、最大級の危険信号を鳴らした。
山肌の木々が次々とへし折れ、土煙の向こうに姿を現した巨大な影。
それは、先ほどの死蟷螂機など比較にならないほどの巨体と、おぞましい魔力を放っていた。
死蟻、死蜂、死蜘蛛……あらゆる死蟲機たちのパーツが無作為に結合し、悪魔合体によって生み出された殺戮の権化。
『合成死蟲将軍機』の降臨である。
「……おいおい、冗談だろ。たかが100万円の依頼で、あんなレイドボスを引き当てちまったのか……?」
フェイトの咥えていたタバコが、ポロリと地面に落ちる。
のどかな村の農業手伝いは終わりを告げた。俺たち『ホープ・クローバー』の、クラン結成後初となる真の『総力戦』が、今まさに幕を開けようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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