EP 15
6歳の誕生日、そしてルナミス学園へ〜俺のホワイトなスローライフはこれからだ!〜
前世の記憶を持ったまま、このアナスタシア世界に転生して早六年。
俺、リアス・バレンタインは、ついにこの世界における一つの大きな節目、すなわち『六歳の誕生日』を迎えていた。
この世界では、六歳になると国が定める六年間の義務教育が開始される。
しかし、三歳のスキル検査で(女神の隠蔽工作により)伝説の【召喚(極)】を持ち、母マリアからは魔法の神童と崇められ、父ゴルディに放り込まれた道場では剣術の達人と誤認された俺には、通常のカリキュラムなど用意されていなかった。
「ガハハハハ! 見ろマリア、ついに届いたぞ! 帝都からの『特待生合格通知』だ!」
バレンタイン家の豪奢なリビング。
朝食の席で、父・ゴルディが興奮冷めやらぬ様子で、一通の封筒を天高く掲げた。
そこには、ルナミス帝国が誇る最高学府――『ルナミス学園』の厳かな紋章(なぜか桜のマークが入っている。間違いなく初代皇帝・佐藤太郎の趣味だ)が蝋印で刻まれている。
「まぁ……っ! 素晴らしいわリアス! 義務教育を免除され、いきなり九年制のエリート進学校へ入学だなんて! 私たちバレンタイン家の誇りよ!」
母・マリアが感極まって涙ぐみ、俺を強く抱きしめた。
「あーうー(ありがとう、親父、母ちゃん)」
俺は六歳児らしい(前世の営業スマイルを極めた)無邪気な笑顔で応えつつ、脳内では冷徹に現状の『人事異動(進学)』に関するリスクとリターンを天秤にかけていた。
ルナミス学園。
人口一億人を抱えるこのルナミス帝国において、将来の軍幹部や高級官僚、大商会のトップを育成するための国家直轄の超エリート養成機関である。全寮制であり、敷地内には高度な魔法施設や戦闘訓練場、さらには『ルナキン(24時間ファミレス)』から『ルナミスパーラー(パチンコ屋)』まで、帝国のインフラが全て揃っているという。
(……親元を離れて全寮制の学校に入る。これは俺にとって、最大の『機会』だ)
親の監視下にある今の生活では、【ホームセンター】スキルを大っぴらに使うことはできない。だが、帝都の寮生活(個室)であれば話は別だ。
部屋をDIYで完全に防音・防犯仕様の『休憩室』に改造し、好きな時にクーラーを効かせ、夜な夜な親方を召喚して帝都周辺の魔獣を狩らせるビジネスも自由に展開できる。
だが、当然『脅威』も存在する。
俺は帝国の歴史書を読んで、この国の建国者である佐藤太郎(前世の地球人)が遺した『負の遺産』を知っている。
(帝国の軍事教練マニュアル……『豚神屋(二郎系ラーメン)監修のニンニクアブラ飯を食わせ、極大回復魔法で超回復させながら休まず猛訓練を続ける』という、狂気のブラック企業メソッド。あれだけは絶対に避けなければならない)
肉体を限界まで追い込み、ラーメンのカロリーと魔法で強制的にリセットしてまた働かせる。
前世で過労死した俺からすれば、労働基準法違反どころか人権侵害も甚だしい、悪魔の合宿である。エリート校であるルナミス学園の『戦闘科』や『騎士科』では、日常的にあんな教練が行われているという噂だ。
(俺は絶対に目立たない。適度に手を抜き、『商業科』か『一般教養科』に潜り込んで、平凡な成績(オールB)をキープする。そして卒業後は、実家のゴルド商会にコネ入社して、窓際族の役員として悠々自適に暮らすんだ)
エッセンシャル思考の極意。それは「やるべきこと以外には『ノー』と言う勇気」である。
俺のホワイトライフ防衛戦線の第二幕は、いかに学園で「無能のフリ」を貫き通すかに懸かっていた。
その日の深夜。
俺は自室の窓を少しだけ開け、外の冷たい夜風を入れながら、静かに魔力を練った。
ルナハンで過ごす最後の夜だ。専属の外注業者との、出発前の最終ミーティング(業務連絡)を行っておく必要がある。
「……来い、親方」
ボワッ、と部屋の空間が歪み、見慣れた紅蓮の炎と共に、ニッカポッカ姿のイフリートが現れた。
防音の魔法結界はすでに展開済みだ。
「オウ、社長! 呼び出しってこたぁ、出発前の景気づけにどっかの砦でも解体しに行くかい!?」
相変わらず血の気の多い(仕事熱心な)親方である。
「いや、今日は顔合わせと今後の事業計画のすり合わせだけだ。明日から、俺の『配属先(拠点)』が帝都のルナミス学園に変わる」
「帝都か! そりゃあデカい現場になりそうだなぁ!」
親方は豪快に笑いながら、俺が【ホームセンター】から出した冷えた『麦茶』のペットボトルを受け取り、一気に飲み干した。
「帝都に行っても、俺と親方の契約は継続だ。あっちの裏山やダンジョンで、さらに効率よく稼がせてもらう。この三年間のルナハンでの稼ぎ(内部留保)のおかげで、俺の資金力はすでに小規模な商会レベルに達しているからな」
俺は脳内のインベントリにストックされている、数千枚の金貨(数千万円相当)を思い浮かべた。
親方が狩ってきた素材を、親方自身がギルドで換金する自給自足エコシステム。これのおかげで、俺は六歳にしてすでに一生遊んで暮らせるだけの『不労所得の基盤』を築き上げていた。
「ゲハハハ! 違いねぇ! 社長のオモチャ(電動工具)のおかげで、こっちもいい小遣い稼ぎになってるぜ。おかげで炎の世界のガキ共にも、腹いっぱいメシを食わせてやれてる」
「それは何よりだ。福利厚生の充実は、従業員のモチベーション向上に直結するからな。……というわけで、帝都進出の祝いとして、新しい機材を支給しよう」
俺が指を鳴らすと、床の上に真新しい重機……『魔力駆動式・小型コンプレッサー』と『エアタッカー(釘打ち機)』が召喚された。
トリガーを引くだけで、空圧で次々と釘を打ち込める建築現場の革命的アイテムである。
「うおおおおっ!? なんだこりゃあ! またスゲェ便利そうな道具じゃねえか!」
「こいつに親方の闘気を纏わせて『魔力釘』を打ち込めば、分厚い魔獣の装甲だろうが、一瞬で蜂の巣(固定)にできるぞ。これからの現場(戦闘)に役立ててくれ」
「ありがてぇ! さすが社長だ、一生ついていくぜ!」
新しい工具を抱きしめて頬ずりする伝説の魔神。
よし、これで親方のロイヤルティ(忠誠心)も最高潮だ。帝都で何かイレギュラーな事態が起きても、親方の物理力(解体作業)で裏から全てをもみ消せる。
俺のマネジメントは完璧だった。
そして翌朝。
ルナハンの街にある『魔導列車』の駅舎には、俺を見送りに来た両親の姿があった。
「ぐすっ……リアス、ちゃんとご飯は食べるのよ? 悪い虫がつかないように、ママ特製の『絶対防壁の護符』を持たせておいたからね」
「マリア、泣くな。リアスは帝国の未来を背負う男になるんだ。おいリアス、これを持っていけ。父ちゃんからの餞別だ」
父・ゴルディが、ずっしりと重い革袋を俺に手渡してきた。
「これは……?」
「ドワーフ製の『魔法ポーチ』だ。牛一頭分は入る高級品だぞ。中には、学園生活で困らないように金貨を三百枚(約三百万円)ほど入れておいた。足りなくなったら遠慮なく言えよ!」
(……親父、六歳児に持たせる額じゃないぞ。完全に金銭感覚がバグってる)
とはいえ、前世の貧乏な社畜時代を思えば、この親の圧倒的な資本力は素直にありがたい。
俺自身が稼いだ裏資金と合わせれば、俺は学園で一番の資産家(金持ち)かもしれない。
「ありがとう、親父、母ちゃん。しっかり勉強してくるよ」
俺は最高の営業スマイルで両親に抱きつき、別れを告げた。
本当は「しっかりサボって定時退社ライフを満喫してくるよ」と言いたいところだが、そこは胸の内に秘めておく。
「プァァァァァァッ!!」
魔力機関が蒸気を吹き上げ、汽笛が鳴り響く。
近代的な流線型のフォルムをした魔導列車が、ゆっくりと駅のホームを滑り出した。
俺は特別指定席(一等車)のフカフカのシートに深く腰掛け、車窓から遠ざかるルナハンの街並みを眺めた。
この六年間、赤ん坊の屈辱から始まり、ドラゴンの離乳食、魔法と剣術の地獄のOJTと、様々な理不尽を乗り越えてきた。
だが、そのすべてを俺は『ホームセンター』の概念と前世の『ビジネス理論』で最適化し、完璧なホワイト化(省エネ)を成し遂げてきたのだ。
(見てろよ、ルナミス学園)
車窓に流れる広大な大陸の景色を見つめながら、俺はニヤリと笑みを浮かべた。
どんなに厳しい軍事教練が待っていようと、どんなに規格外のライバル(天才たち)が現れようと関係ない。
俺は戦わない。
俺は目立たない。
問題が起きれば、すべて金と【ホームセンター】の資材、そして親方の暴力で裏から解決する。
(俺のホワイトなスローライフは、これからだ!)
窓に映る六歳の自分の顔は、希望に満ちた少年のものではなく、完璧な事業計画を立案し終えた、したたかな悪徳エリアマネージャーのそれであった。
だが、この時の俺はまだ知る由もなかったのだ。
帝都のルナミス学園には、佐藤太郎の血を引く規格外の皇族や、各国の思惑、さらには神々(ゴッドチューブ)の陰謀までもが複雑に絡み合い、俺の目指す「定時退社」をことごとく阻む『最悪のブラック環境』が待ち受けているということを――。
<第一章・完>
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