EP 14
裏山の整地作業とエコシステムの確立〜土方親方へのギャラは現地調達(魔獣ドロップ)で回すのが経営の基本〜
「……よし、今日の損益分岐点はすでに超えた。あとは全部、うちの内部留保(利益)になるぞ」
ルナハン市街から少し離れた、鬱蒼とした裏山の森。
俺(リアス・バレンタイン、五歳と十一ヶ月)は、切り株の上に座りながら、電卓――ではなく、脳内の【ホームセンター】から召喚した『プラスチック製のバインダー』に挟んだ決算書にチェックを入れていた。
三歳のスキル検査から、約三年。
母・マリアからは「散水ノズル」の概念で応用した超高効率・魔法マニュアルを教え込まれ(勝手に天才扱いされ)、父・ゴルディに叩き込まれたガンツ剣術道場では「メジャー」を用いた絶対安全圏の空間把握(これも達人と勘違いされた)を極めた。
結果として、俺の「神童」としての評価はルナハン中に轟き、両親の親バカぶりは留まることを知らない。
だが、俺の真の目的は『究極のホワイトライフ』の構築である。
この三年間、ただ周りの大人たちにチヤホヤされて過ごしていたわけではない。自身のスキルレベルを上げ、ホワイトな基盤作りに必要な「あるシステム」を完璧に構築していたのだ。
「オウ、社長! そっちのB区画の『伐採』と『害獣駆除』、終わったぜ!」
森の奥から、ドスドスと重い足音を立てて歩いてきたのは、頭にタオルを巻いた紫色のニッカポッカ姿――炎の魔神にして調停者の一角、『土方親方』ことイフリートである。
「お疲れ、親方。見事な仕事ぶりだ」
「ゲハハハ! ちょろいもんだぜ。社長の用意してくれた『最新式のオモチャ』のおかげで、作業効率が爆上がりだからな!」
親方は、右肩に巨大な魔力駆動式の『プロ用刈払機(チップソー仕様)』を担いでいた。
スキルレベルが上がり、俺の【ホームセンター】から召喚できる商品のラインナップは劇的に拡張された。今や日用大工の域を超え、プロの職人が使うような高性能電動工具や、さらには『小型ユンボ(バックホー)』といった重機すらも召喚可能になっている。
親方が担当したB区画(森の一部)を見ると、そこに群れをなしていた凶暴な『レッドゴブリン』や、突進力のある牛型魔獣『ロックバイソン(野生種)』たちが、見事に一掃されていた。
刈払機にイフリートの爆炎と闘気を纏わせた結果、魔獣たちは文字通り「草を刈るように」解体されたのである。森の木々には一切の延焼を起こさず、魔獣だけをピンポイントで処理するその技術は、まさに一流の職人芸だった。
「さて、今日の成果(ドロップ品)だが……」
俺がバインダーを見ながら顎をしゃくると、親方がドサリと巨大な麻袋を地面に下ろした。
「ゴブリンの魔石が三十個に、ロックバイソンの上質な角が十本、肉が数十キロってとこか。今日の相場なら、全部で金貨二十枚(約二十万円)は下らねぇな」
「完璧だ。親方の本日のギャラが金貨十枚だから、差し引きで金貨十枚がうちの黒字(利益)になる」
これこそが、俺が三年間かけて構築した『外注費の自給自足エコシステム』である。
いくら俺が商会の息子で金持ちだとはいえ、親方を召喚するたびにポケットマネーから一回十万円(金貨十枚)を払い続けていれば、いつかは親にバレるし、キャッシュフローがショートする。FP1級の知識を持つ俺が、そんなドンブリ勘定を許すはずがない。
そこで俺は、親方との契約に一つの特例を組み込んだ。
1:俺が親方を召喚する(移動コスト=俺の魔力)。
2:親方が裏山で魔獣を狩る(整地作業)。
3:ドロップした魔石や素材を、親方自身が『凄腕の傭兵(日雇い労働者)』としてルナハンの冒険者ギルドに持ち込み、換金する。
4:換金した現金の中から、親方は自身のギャラ(金貨十枚)を天引きして受け取る。
5:残りの売上を俺が回収し、秘密の資金(内部留保)とする。
このサイクルを回すことで、俺の持ち出しは「ゼロ」になり、むしろ親方を呼べば呼ぶほど俺のポケットに金貨が貯まっていくという、悪魔的かつ超ホワイトな錬金術が完成したのである。
「いやぁ、社長の頭脳には恐れ入るぜ」
親方がタオルで汗を拭いながら、豪快に笑った。
「俺ぁ暴れてスカッとする上に、その場で日払いのギャラが確実にもらえる。しかも面倒なギルドの交渉術まで社長がレクチャーしてくれたおかげで、受付のお姉ちゃんに買い叩かれることもなくなったからな!」
「当然だ。下請け業者の適正な利益を守るのも、元請け(社長)の重要なマネジメントだからな。相場を知らないと足元を見られるのは、どこの世界でも同じだ」
冒険者ギルドの受付は、ガタイが良くて見るからに頭の悪そうな傭兵(親方)からは、安く素材を買い叩こうとする傾向がある。俺は親方に『相場表』を暗記させ、「他所のギルドではこの額で買い取ってくれたぜ?」という相見積もりの交渉術を叩き込んだ。
結果、親方はギルド内で「腕は立つし交渉もシビアな、謎の凄腕フリーランス」として一目置かれる存在になっていた。
「よし、親方。今日の換金も頼むぞ。絶対に目立たないようにな」
「オウよ! 任せな!」
親方は麻袋を担ぐと、ニッカポッカをなびかせながらルナハンの街へと向かっていった。
(……ふぅ。これで資金繰りも盤石だ)
俺はディレクターズチェアに深く腰掛け、脳内でこれまでの成果を振り返った。
【ホームセンター】のラインナップ拡充による『インフラ(防衛・生活拠点)』の完備。
親方との『自給自足エコシステム』による『豊富な裏資金』の獲得。
そして、周囲には『魔法も剣術も完璧な神童(ただし本気は出さない)』という『強力な抑止力』を確立した。
この過酷な異世界において、自分自身の身を安全圏に置きながら、快適な生活を送るための準備は万全に整ったと言っていい。
来月には、俺もいよいよ六歳になる。
この世界における六歳は、ただの児童ではない。義務教育の開始、いや、才能を認められた俺のような人間にとっては『進学校』への入学を意味する。
「ルナミス学園、か」
俺は空を見上げ、呟いた。
百年前の転生者・佐藤太郎が築き上げた近代的な軍事・魔法国家ルナミス帝国。その最高学府であるルナミス学園は、エリートを育成するための登竜門だという。
普通なら「学園生活! 青春! ライバルとの熱いバトル!」と胸を躍らせるところだろう。
だが、俺は知っている。
ルナミス帝国軍が採用している『二郎系ラーメンを食べさせ、回復魔法で超回復させて爆速で鍛える』などという、佐藤太郎が遺した狂気の超ブラック教練メソッドの噂を。
(……絶対に巻き込まれない。俺は学園でも徹底的に『無能のフリ(省エネ)』を貫き、目立たず、騒がず、適度な成績で卒業して、実家の商会で窓際族の役員になるんだ)
そのためには、この三年間で築き上げた『親方とのDIYネットワーク』と『裏資金』が必ず役に立つはずだ。
学園で何か理不尽なトラブル(デスマーチ)に巻き込まれそうになれば、金と親方の物理力(解体作業)で裏から全てをもみ消す。
俺の目指す究極のホワイトライフは、いよいよ次のステージへと移行しようとしていた。
「待ってろよ、ルナミス学園。俺の定時退社は、誰にも邪魔させない」
沈みゆく夕日を背に、五歳児とは思えない冷徹なエリアマネージャーの瞳で、俺は静かに決意を固めるのだった。
――こうして。
実力、資金、スキルの準備を完璧に整えた俺は、ついに第一章の舞台であるルナハンを旅立ち、大いなる第二章『ルナミス学園編』へと足を踏み入れることになるのである。
読んでいただきありがとうございます。
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