EP 13
父と通う剣術道場〜気合と根性を否定する、メジャーを使った超合理的な間合い管理〜
「気合だ! 気合が足りん! 闘気とは己の魂の叫び! 根性で限界を突破しろォォッ!」
ルナハン市街の裏通りにある、一際大きな木造建築。
そこは、父・ゴルディが「街で一番厳しく、一番強い」と太鼓判を押した『ガンツ剣術道場』である。
むせ返るような汗の匂いと、竹刀がぶつかり合う激しい破裂音。そして、道場主である筋骨隆々の初老の男――ガンツ師範の怒声が、朝から道場内に響き渡っていた。
「……はぁ」
俺(リアス・バレンタイン、三歳)は、ブカブカの小さな道着を着せられながら、道場の隅で深いため息をついていた。
前世で店長をしていた頃、俺が最も嫌悪し、反面教師としていたのがこの『気合と根性の精神論』である。
愛読書である『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』にも明確に記されている。客観的なデータや兵站の計算を軽視し、精神論で戦局を乗り切ろうとする組織は必ず崩壊する。
「気合で売上を上げろ」と叫ぶだけのエリアマネージャーの下で、どれほどのアルバイトが疲弊し、辞めていったことか。
(俺は絶対に、気合や根性なんていう不確かなもので戦わない。目指すのは、最小の労力で最大の成果を上げる、超・合理的な省エネ戦闘術だ)
俺は心の中で固く決意した。
だが、横に立つ父・ゴルディは、ガンツ師範の怒声を聞いてウンウンと満足げに頷いている。
「素晴らしい熱気だ! ガンツ師範はかつて帝国軍の指南役も務めた腕利きだからな。おいリアス、お前もあの熱い闘魂をしっかり叩き込んでもらうんだぞ!」
「あーうー(親父、俺は絶対に汗水垂らして熱血修行なんてしないからな)」
俺の舌足らずな抗議をスルーし、ゴルディはガンツ師範の元へと歩み寄った。
「おお、ゴルディ支店長! 今日はご子息の入門日でしたな!」
「うむ! このリアスは魔法の才能は妻(賢者)のお墨付きでな。あとは師範の元で、強靭な肉体と剣の心を鍛え上げてやってほしい!」
「お任せくだされ! 齢三歳とはいえ、道場の敷居を跨げば一人の剣士。手加減は一切いたしませんぞ! さあリアス坊、私の前に立ちなさい!」
ガンツ師範は歴戦の猛者特有の鋭い眼光で、俺を見下ろした。
その手には、使い込まれた木剣が握られている。
「まずは貴様の『気合』を見せてもらおう。私に向かって、全力で打ち込んでこい! 魂を木剣に乗せるのだ!」
ポンッと、俺の足元に子供用の短い木剣が投げられた。
道場の門下生たちも、大商会の息子がどれほどのものかと、興味津々でこちらを見つめている。
(……やれやれ。OJTの初日が『とりあえず全力でぶつかってこい』か。本当に昭和のブラック企業だな)
俺は渋々といった様子で木剣を拾い上げた。
通常、三歳児が大人に向かって打ち込むとなれば、力任せに大声を上げて突進するしかない。だが、俺の頭の中は極めて冷静だった。
前世、ホームセンターの店長として、広大な売り場のレイアウト(棚割り)を構築し続けてきた俺には、空間を把握する特殊な能力が備わっていた。
『通路幅はカートがすれ違える900ミリ』
『ゴールデンライン(客の目が最もいきやすい高さ)は床から1200〜1500ミリ』
『レジ前の導線は……』
ミリ単位で空間を計算し、什器を配置する。その空間把握能力に、俺のユニークスキル【ホームセンター】の概念が融合した時、俺の視界にはある『補助ツール』が浮かび上がる。
(スキル・イメージ展開……『ロック付きコンベックス(金属製メジャー)』)
俺の脳内で、シャッと音を立てて金属製のメジャーが引き出された。
それは俺の足元から、眼前に立つガンツ師範の足元まで、ピンと真っ直ぐに伸びている。
(現在の俺と対象との距離、ジャスト2.5メートル。……師範の腕の長さ、木剣のリーチ、そして踏み込みの歩幅を計算。対象の絶対攻撃圏は、前方1.8メートル)
視界の床に、黄色のメジャーの目盛りが鮮明に映し出される。
気合? 魂? そんなものは必要ない。剣術とは、すなわち『間合いの管理(数値化)』である。
安全圏と危険圏の境界線をミリ単位で把握し、必要な時だけ、必要な距離を移動する。これぞ、無駄な残業(無駄な動きと体力消費)を極限まで削ぎ落とした、ホワイト労働型剣術だ。
「どうしたリアス坊! 怖いか! 闘気を練り、大声を上げて踏み込んでこい!」
師範が挑発するように木剣を軽く構えた。
「……」
俺は無言のまま、音もなくすり足で前進した。
大声など出さない。闘気もあえて纏わない。ただ、足元の『見えないメジャー』の目盛りだけを見つめている。
2.0メートル。
1.9メートル。
1.85メートル……ストップ。
俺は、ガンツ師範の絶対攻撃圏のわずか『5センチ手前』で、ピタリと動きを止めた。
「むっ……?」
ガンツ師範の眉がピクリと動く。歴戦の剣士である彼の本能が、「なぜそこで止まる?」と疑問を抱いたのだ。
「打ってこないなら、こちらから行くぞ!」
シビレを切らしたガンツ師範が、軽く踏み込みながら木剣を振り下ろしてきた。
三歳児相手とはいえ、鋭い踏み込みと正確な太刀筋。
だが、俺には『見えている』。
(対象の前進ベクトル、プラス0.5メートル。攻撃範囲の拡張、手元から1.3メートル)
俺は脳内のメジャーの目盛りに合わせ、後ろに『半歩』――正確には60センチだけ、スッと下がった。
ブォンッ!
師範の木剣が、俺の鼻先わずか1センチの空間を斬り裂き、空を切った。
「なっ……!?」
間髪入れず、俺は『コンベックスのロックを解除する』イメージで、スプリングの巻き取り力に身を任せるように、前方にツルリと滑り込んだ。
無駄な力みは一切ない。
振り下ろされて隙だらけになった師範の右手首に対し、俺は持っていた子供用木剣を、まるで『商品の値札シールを貼る』かのような正確で最小限のスナップで、コトンと当てた。
「――――」
道場が、水を打ったように静まり返った。
「あーうー(はい、一本)」
俺は木剣を引き、小さく息を吐いた。
汗一滴かいていない。心拍数も平常通りだ。完璧な省エネ(定時退社)ムーブである。
ガンツ師範は、自分の右手首に当てられた木剣と、無表情で見上げている俺の顔を交互に見比べ、石像のように固まっていた。
「し、師範の打ち込みを、最小限のバックステップで躱した……?」
「あ、ありえねぇ。あんな紙一重の見切り、気合や闘気なんかじゃねぇ。まるで、床に定規でも引いてあって、その目盛りの上を歩いているみたいな……正確無比な動きだ!」
門下生たちが、信じられないものを見る目でざわめき始めた。
(その通り。床にはメジャーが引いてあるからな。商品の在庫管理と同じだ。無駄な在庫(動き)を持たず、必要なジャスト・イン・タイムで納品(打撃)するだけだ)
俺が内心でビジネス用語を並べてドヤ顔をしていると、ガンツ師範が突然、ガクンと膝をついた。
「お、恐ろしい……!」
「え?」
師範はワナワナと震える手で顔を覆い、感涙を流し始めたのだ。
「気合だ、根性だと……私はこれまで、なんと青臭い精神論に逃げていたのだ! この齢三歳のリアス坊の動きを見よ! 闘気を一切発さず、感情を完全に殺し、まるで『精密な魔導機械』のように空間そのものを支配している! これぞ、剣の極致……『明鏡止水』を超えた、絶対的合理の境地!」
(いや、ただ疲れるのが嫌だっただけなんだが……)
「ガハハハハ!! 見たかガンツ師範! これが我が息子、バレンタイン家の至宝リアスだ!」
父・ゴルディが腹を抱えて大爆笑し、親バカのボルテージを最高潮に達させている。
「ゴルディ支店長! このリアス坊、いや、リアス様は天才です! どうか、どうか私にこの御方を特別門下生として預からせてくだされ! 私は今日、彼から剣の新たな真理を教わりました!」
ガンツ師範が、なんと三歳の俺に向かって深々と土下座をしてしまった。
(や、やめろぉぉぉっ!!)
俺は心の中で絶叫した。
水魔法の時と同じだ。「効率よくサボるため」に無駄を省いた結果、逆に『常軌を逸した達人(天才)』として勘違いされ、より過酷なポジションに据えられてしまう。
『特別門下生』などという響きからして、間違いなく通常のカリキュラム以上のハードワーク(猛特訓)が待っているのは確定だ。
「あーうー……(帰りたい。家に帰って、冷たい太陽芋ジュースを飲んで寝たい……)」
俺の三歳児らしい悲痛な訴えは、またしても「なんと! まだまだ稽古が足りないと仰るか!」という師範の脳内変換によって掻き消された。
魔法は『散水ノズル』で超効率化。
剣術は『メジャー』による完全間合い管理。
ホームセンターの概念を駆使して「究極のホワイトライフ」を目指す俺の目論見は、周囲の壮大な勘違いと過大評価によって、日々、着実に俺自身を「神童」という名の激務へと追い込んでいくのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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