光、道、部屋
—第七章—
光、道、部屋
その夜、草原から響く虫の声は、まるで疲れを知らない小さなオーケストラのようだった。軒先を撫でるように吹き抜ける風が、まだ夜露に濡れた草の匂いを運んでくる。
ゼファーは自分の部屋の窓辺に一人腰掛け、星々で埋め尽くされた夜空を見上げていた。
ノックの音がした。
「ずいぶんと質素な部屋だな」ルシウスが入ってきた。「小僧、何を見てるんだ?」
「星を」
ルシウスもつられるように顔を上げ、しばらく窓の傍らに立っていた。
「外に出てもっとよく見ればいいだろう」
「この部屋にいると、なんだか不思議な温かさを感じるんです」ゼファーは振り向いた。「外は少し寒くて」
「綺麗だろう?」
「はい」
ルシウスはしばらく黙り込み、視線を夜空に向けたままだった。
「小僧、お前が今見ているものは、もうとっくに死んでいるかもしれないって知ってるか?」
ゼファーは振り返った。「え?」
「光が届くには時間がかかる」彼の声はゆっくりだった。「お前の目に届いているのは、過去でしかない」
ゼファーは黙ったまま、さっきとはまるで違う感覚で星々を見つめ直した。外では、虫の声が絶え間なく響き続けていた。
「さて、そろそろ本題に入るとしよう」ルシウスは小さな椅子を窓辺に引き寄せて腰を下ろした。「今日はほかの用件で来たんだ」
「どんな用件ですか?」
「魔法を学んでみたいか?」
ゼファーは呆気に取られた。
(すぐに頷け。)
奇妙な声が頭の中に響いた。軽く、素早く、まるで自分自身の思考と溶け合ってしまったかのように、判別しがたいほどだった。
「何をぼんやりしてるんだ?」
「はい」ゼファーは答えた。思っていたよりも早口になってしまった。
ルシウスはしばらくの間、まっすぐに彼の目を見つめていた。
「なら今日から」彼は言った。「俺のことをルシウスと呼ぶのはやめてくれ」
「呼び方は……」
間があった。
「先生、だ」
ゼファーは瞬きをした。「……先生」
ルシウスは満足げに小さく頷いた。「よし。明日には学院に戻らなきゃならない。だから最初の授業は、今すぐ始めるとしよう」
「え? 今すぐ、ですか?」
「そうだ。ああ、それと、週末しか教えてやれないが、それでいいか?」
「はい」
「じゃあ、少し外に出るぞ。暖かい格好をしてこい。家の前で先生が待ってる」
ルシウスは立ち上がり、部屋を出ていった。
ゼファーはしばらく一人のまま座っていたが、やがて立ち上がり、上着を探しに行った。
外の空気は、思っていたよりも冷たかった。
二人は草原へと続く小道を歩いていった。夜露に濡れた草が、歩くたびにズボンの裾に触れる。頭上には天の川が、銀色の煙のような筋となって夜空を横切っていた。どんな灯りにも遮られることなく。
「お前が使っているのは霧の魔法だったな?」ルシウスは振り返らずに尋ねた。
「はい、そうです」
「見せてもらってもいいか?」
ゼファーは立ち止まり、目を閉じた。
周囲の空気が、ゆっくりと冷えていく。視界が徐々に霞んでいき、薄い霧が地面から立ち上ってきた。霧は彼の足元に渦を巻きながら広がっていき、月明かりを捉えて銀色の輝きへと変えていった。
魔法陣は、どこにも現れなかった。
ルシウスは黙ってそれを見つめていた。
「ほう」ゼファーが目を開け、霧が徐々に消えていく中で、彼は言った。「魔法陣すら要らないのか。お前、なかなか素質があるな」
「素質、ですか?」
「そうだ。自分の魔法を本当に理解している者だけが、魔法陣を必要としない」
ゼファーはしばらく黙り込み、自分の両手を見下ろした。
「俺みたいに弱い人間だから、魔法陣が使えないんだと思ってました」
「お前は弱くなんかない」ルシウスは、いつもより確信めいた声で言った。「ただ、正しい道をまだ知らないだけだ」
「じゃあ、俺が優秀だから魔法陣が要らないってことですか?」
「調子に乗りすぎだ」ルシウスは小さく笑った。「先生は優秀だとは言ってない。素質があると言っただけだ。強くなれるかどうかは、お前次第だぞ」
「はい」
二人は再び歩き出した。
しばらくして、ルシウスは草原の真ん中で立ち止まり、雑草に紛れていた小さな石を拾い上げた。手のひらの中で何度か転がしてから、それをゼファーの手に置いた。
「これは何だ?」
「石です」ゼファーは考える間もなく即答した。
ルシウスは首を振った。「それは名前だ」
「……分かりません」
「私が聞いてるのは、それが何かであって、人がそれを何と呼んでいるかじゃない」
ゼファーは手の中の石を見つめたまま、黙り込んだ。
ルシウスは空を指さした。
「空とは何だ?」
「大地とは何だ?」
「水とは何だ?」
「火とは何だ?」
質問が次々と、息をつく間もないほどの速さで浴びせられる。ゼファーは本能的に、ほとんど反射のように答えていったが、そのたびにルシウスはただ首を振るだけで、それ以上は何も言わなかった。
ついに、ゼファーは完全に黙り込み、答えることをやめた。
風が草原を吹き抜けていく。虫の声は、闇のどこかで絶え間なく響き続けていた。
ルシウスはしばらく彼を見つめていたが、やがて微笑んだ。まるでその沈黙こそが、待っていた答えだったかのように。
「名前というのは、人間が物事を呼ぶための手段にすぎない」彼は言った。声が、すっかりゆっくりになっていた。「魔法は名前になど興味がない。それが関心を持つのは、本質だけだ」
彼はゼファーの手から石を取り戻した。
「もしこの石を二つに割ったら」彼は割る仕草をした。「それでも石は石のままだ」
「さらに割る」間があった。「まだ石だ」
「もっと割る」さらに長い間があった。「それでも石だ」
ゼファーは石を見つめながら、続きを待った。
「そのうち」ルシウスは言った。「手では、もう割れなくなる。だが、それでも分割を続けていけば、最後には人の目には見えないほど小さな欠片にたどり着く」
彼は言葉を止め、その一言を静かな空気の中に染み込ませた。
「世界は、その小さな欠片から作られている」
長い沈黙があった。
「人はそれを、原子と呼んでいる」
ゼファーはルシウスの手の中の石を見つめ直した。それは初めて、ただの石ではなくなっていた。
二人は再び歩き出した。しばらくの沈黙の後、ルシウスが再び口を開いた。
「魔力は物質を生み出すわけじゃない」彼は言った。「それはただ、あの小さな欠片たちを……並べ直しているだけだ」
その言葉は、それ以上何も続かないまま、宙に浮いたままだった。二人が、低い木立の陰に隠れた小さな湖のほとりに着くまで。
湖面は静かに凪いでおり、星で埋め尽くされた夜空をそのまま映し出していた。まるで磨き上げられた漆黒の鏡のようだった。
ルシウスは岸辺に腰を下ろし、ゼファーにも隣に座るよう促した。彼は手を伸ばし、水面をそっとかき混ぜた。波紋が広がり、星々の映像を煌めく欠片へと砕いていく。
「お前はどう思う、この湖は、私がかき混ぜる前の状態に戻ると思うか?」
ゼファーは徐々に静まっていく水面を見つめた。「はい、戻ると思います」
「どうしてだ?」
ゼファーはしばらく考えた。「先生がかき混ぜるのをやめたからです。そうすれば、水は少しずつ静かになっていくから」
ルシウスは軽く指を鳴らした。小さく、乾いた、はっきりとした音が、静かな空気の中に響いた。
「正解だ」彼は微笑んだ。「じゃあ、私がかき混ぜ続けたらどうなる?」
「波紋が起き続けます。先生が止めるまで、水面は落ち着かないままです」
パチン。
「それも正解だ」ルシウスは湖面に目を向けた。「だが実際のところ、水面を動かしているのは私の手そのものじゃない。それを動かしているのは、腕から伝わる力だ」彼の声はゆっくりとしていた。まるで一語一語が染み込む時間を与えるかのように。「魔法も同じだ。魔法を生み出しているのは手ではなく、そこを通り抜けるエネルギーだ」
静寂があった。岩場に打ち寄せる水の音と、闇のどこかから聞こえる虫の声だけが響いていた。
「先生は、何のためにそんなことを聞くんですか?」
ルシウスは別の小さな石を拾い上げ、手の中で重さを確かめた。「気づいてるか? 水面は、勝手に動いたりはしない」彼は石を水に落とした。小さな「ぽちゃん」という音がして、波紋がゆっくりと広がっていく。「揺らすには、エネルギーを伝える何かが必要なんだ。エネルギーがなければ、すべては静止したままだ」
彼はゼファーを見た。「魔法も同じだ。エネルギーがなければ、魔法もない」
ゼファーはしばらく黙って座り、最後の波紋が湖面から消えていくのを見つめていた。
「じゃあ、エネルギーが多ければ多いほど、魔法も強くなるってことですか?」
「半分は正解だ」ルシウスは体を後ろに預け、背後の岩に寄りかかった。「それは技術や経験にも左右される」
「じゃあ、どうすればもっとエネルギーを増やせるんですか?」
「いつもより食べる量が少なかった日に、疲れを感じたことはあるか?」
「はい、あります」
「じゃあ、疲れを和らげるにはどうすればいい?」
「何か食べればいいんです」ゼファーはそう答えてから、ふと気づいた。「あ……」
パチン。
「そうだ」ルシウスは微笑んだ。「それをエネルギー不足と呼ぶ。食べれば、食べ物がお前にエネルギーを与えてくれる」
「じゃあ、たくさん食べさえすれば、強くなれるってことですか?」
「先生はさっきも言っただろう。エネルギーだけじゃなく、経験や体験も必要だ」
「でも、エネルギーが多ければ、多少は助けになりますよね?」
「そうだ」ルシウスは頷いた。「だが、食べ過ぎれば体が逆の反応を起こす。そうなれば、事態はずっと悪くなる。分かるか?」
「はい、分かりました。つまり、多すぎず少なすぎず、ちょうどいい量を食べればいいんですね?」
パチン。
「そうだ」ルシウスは彼を一通り眺めた。「だが、私から見て、お前は少し痩せすぎだな。もう少し多く食べて、もっと体を動かした方がいい」
「はい」
夜風が湖面を吹き渡り、冷たさと濡れた草の匂いを運んでくる。
ルシウスは湖畔近くの平らな岩に腰を下ろし、ゼファーにも向かいに座るよう促した。
「手を広げろ」彼は言った。「手のひらの上に、小さな霧を作ってみろ」
ゼファーは言われた通りにし、目を閉じた。
薄い霧が手のひらの上に集まり始め、宙に留められた白い煙の筋のように揺らめいた。
ルシウスはもう片方の手を掲げた。指先ほどの小さな白い光の束が、彼の手のひらの中に現れ、ゼファーの霧へとまっすぐに照らしかけた。
湖を囲む暗闇の中、光が霧を貫く場所に淡い色の帯が現れた。うっすらとした色の筋が、互いに滲み合っていく。
ゼファーは目を見張った。
「色が……変わったんですか?」
ルシウスは首を振った。
「いや」彼は霧の中で揺らめく色の帯を見つめた。「光は一度も色を変えていない。先生はただ、そこに元々あった色を、お前に見えるようにしてやっただけだ」
ゼファーは黙ったまま、自分の手のひらから目を離さなかった。
「分かるか?」ルシウスはゆっくりと言った。「たった小さな霧一つだ。だがそれだけで、光をお前が見る見え方が変わる」
ゼファーはそれ以上何も聞かず、ただ見つめていた。霧が手のひらの中で徐々に消えていくのを、その色の帯もろとも。
しばらくして、ルシウスがまた口を開いた。
「物理学では」彼は言った。「こういう現象を、散乱と呼ぶ」
すっかり夜も更け、月は薄い雲の帯の向こうに隠れていた。
ルシウスは両手を合わせた。その手のひらの間に、握りこぶしほどの小さな白い光球が徐々に形を成していく。眩しくも温かみのある光を放ち、かすかな唸るような音を伴っていた。それは音というより、空気の中の微かな震えに近かった。時折、小さな光の粒が球の表面から弾け飛び、ほとんど瞬時に引き戻されていった。
彼はそれを、二人の間に浮かせたままにした。
「もう一度やってみろ」彼は言った。
ゼファーは手を広げ、霧を作った。今度はさっきより広く、光球をゆっくりと包み込むように。
最初は、霧の中にぼんやりとした白い光暈があるだけだった。
だが、ルシウスが光球の明るさをわずかに上げると、霧の中に色の筋がはっきりと現れ始めた。中心近くは淡い青、それが徐々に紫へ、そして黄色、外縁部では淡い橙へと移り変わっていく。まるで小さな太陽を取り巻く、縮小版の虹の輪のようだった。
ゼファーはしばらく、何を言うべきかも忘れて見入っていた。
「綺麗……」ようやく彼は呟いた。
ルシウスは微笑んだ。その瞳には、霧の中でゆっくりと渦を巻く色の筋が映り込んでいた。
「先生にとって、光はこの世で最も美しいものの一つだ」彼は言った。
「じゃあ、それより美しいものって、何かあるんですか?」
ルシウスは一拍、沈黙した。手の中の光球がかすかに揺れる。
「それは、ユリウスの氷の魔法だ」
ゼファーは彼の方を振り向いた。
しかしルシウスはそれ以上何も言わず、ただ両手を閉じた。光球は徐々に小さくなり、やがて消えた。後に残されたのは暗闇と、雲の合間から顔を出したばかりの月明かり、そして二人の間で最後に消えていく霧だけだった。
ルシウスは立ち上がった。
「よし、今日はここまでにしよう。そろそろ帰るぞ、冷えてきた」
火があった。
どこから始まったのか、俺には分からない。
一つの屋根。誰の家なのか、俺にはわからない。
何かの音がした。遠く、それから近く、そしてまた遠く。人の声ではない。かといって、そうでないとも言い切れない。
俺は立っているのか、走っているのか、自分でもわからなかった。
黒い影が空を横切った。あまりに大きく、一瞬火の光さえも遮ってしまうほどだった。俺は見上げたが、はっきりとした形は見えなかった。ただ動く闇と、引き裂かれた風の音だけがあった。
誰かが、俺の名前を呼んだ。
聞き覚えのある声だった。だが、それがどんな顔と結びつくのか、俺には思い出せなかった。
そして、すべてが砕け散った。床に落ちたガラスのように。それきり、何も見えなくなった。
―――
目が覚めた。
また同じ夢を見た。村が焼かれてから、俺はずっとこんな夢ばかり見ている。
鼓動が速かった。恐怖からというより、まるで身に覚えのない距離を走ってきたかのようだった。
しばらくそのまま横になり、静寂に耳を澄ませた。
何の音もしなかった。もう朝になっているはずだ。とても穏やかだった。
カーテンの隙間から差し込む光が、木の床に長い筋を描き、ベッドの脚のところで止まっていた。俺はしばらくそれを見つめていた。
部屋はいつものように暖かかった。あの奇妙な温かさだ。
俺は体を起こした。
寝ている間に、布団は片側に蹴りずれていた。俺はそれをきちんと畳み直した。
窓。その向こうの空には、雲一つなかった。特に見るべきものは何もない。それでもなぜか、俺は目を向けずにはいられなかった。
窓枠には小さなひびが入っていた。きっと俺が来る前からあったものだろう。直してもらえないか、ユリウスに聞こうと思ったこともあった。だが、そのまま忘れてしまった。
ここに来てまだ数日
ゆっくりと息を吸い込むと、何かが違うことに気づいた。部屋の空気は、もう見知らぬものではなくなっていた。見知らぬ木の匂いでもない。あの小さな家の匂いでもない。かといって、ここにいる誰か特定の匂いというわけでもなかった。
俺は部屋を出て、階段を降りていった。
階段は一段目と、三段目、七段目できしむ音を立てる。
三階建て。この家の階段には、まだ慣れていなかった。
下に着く前から、料理の匂いが漂ってきた。
焼きたてのパンの匂いが、俺が最後の段を降りきる前から階段まで漂ってきていた。
降りていくと、イリス姉さんが台所の入口に背を向けて立っていた。紫色の髪――いや、正確に言うなら、頭頂部は濃い紫で、毛先に向かうにつれて明るい紫へと変わっていく。うなじの辺りで一つにまとめられていたが、短い後れ毛がいくつか垂れていた。彼女の手はフライパンの中の何かを、絶えず返し続けている。ユリウスはテーブルに座っていて、青みがかった銀髪がうつむいた姿勢のまま垂れていた。窓の外の遠くをぼんやりと眺めていて、何を考えているのか、あるいは何も考えていないのか、俺には分からなかった。イリスの朝食を待っているようだった。
二人とも、とても不思議な髪の色をしていた。
「おお、ゼファー」ユリウスが声を張り上げた。「おはよう」
ユリウスが名前を正しく呼んだ。いつもは俺の名前を間違えてばかりなのに。
「起きたのね」姉さんは振り向かなかった。
「おはようございます、皆さん」
「椅子に座ってて、ぼうや」イリスは相変わらず背を向けたまま言った。「もうすぐご飯できるから」
俺は腰を下ろした。皿はすでに並べられていた。
テーブルの真ん中には果物の皿があった。真っ赤に熟れたイチゴ。おそらく、今朝庭で摘んできたばかりのものだろう。
「食べて」姉さんはスープの椀を二つ、テーブルに運びながら言った。
どうやらここでは、皆スープが好きらしい。俺としては文句はない。朝からスープが食べられるなら、それだけで十分すぎるほどだ。だが、この「朝はスープ」という状況は、まだしばらく続きそうだった。
スプーンで一口すくった。美味しい、本当に美味しかった。まるで最初からそのために生まれてきたかのように、味わいが完璧に溶け合っていた。
このスープの味だけで、作った人の腕前がどれほどのものか分かってしまうと言ってもいいくらいだった。
「美味しい?」イリス姉さんが、自分の分らしきスープの椀をテーブルに運びながら尋ねた。
「はい、美味しいです」
「ルシウス先生は、どこに行ったんですか?」俺は空いた椅子を見つめながら尋ねた。
「朝早くに学院へ戻ったわ」イリスは腰を下ろし、お茶を注いだ。
「そうですか」
朝食は、言葉よりも沈黙の方が多い時間だった。だが、それは気まずい沈黙ではなかった。スプーンが椀に触れる音、お茶を注ぐ音、開いた窓から吹き込むかすかな風の音。誰も俺に「大丈夫か」とは聞かなかった。聞く必要などなかったのだ。
ここにいたいかどうかさえ、誰も聞いたことがなかった。彼らはただ、俺があの扉をくぐるよりもずっと前から、もとからここに属していたかのように振る舞っていた。
この感覚を何と呼べばいいのか、俺にはわからなかった。
食べ終えた後も、しばらく席に残ったままでいる朝もあった。手の中で冷めていく紅茶のカップを持ちながら、ただいろいろなことを考えるためだけに。
イリス姉さんについて。
姉さんはとても綺麗な笑顔をしている。もしかしたら、村が焼ける前も含めて、俺が今まで出会った誰よりも綺麗かもしれない。それでも、その笑顔にはどこか、俺にはうまく説明できない曖昧さがあるように感じていた。
初めて会った時から、姉さんはとても親身だった。出会ってすぐ、俺の手を引いて家の中に連れて行き、スープを作ってくれた。まるで、俺たちがずっと前から知り合いだったかのような感覚を、姉さんは与えてくれた。
この家に来た初日のことを思い出す。水を探しに階下へ向かおうとして、二階の中二階の廊下まで来た時、何気なく下を見ると、姉さんとおじさん、そしてルシウスが向かい合って立っているのが見えた。あの時はまだ、あの茶色い髪の人が先生だとは知らなかった。何を話していたのかは、はっきりとは聞き取れなかった。ただ、あの時の姉さんの目は、それまで俺が見てきた目とは違うものだった、それだけを覚えている。
俺は自分の部屋に戻ることにした。まだ開けるべきではないと分かっている扉が、世の中にはある。
ユリウス。
ユリウスさんの話し方はとても面白い。本人はそのつもりなどないのに、そばにいるだけで心地よくなるような、そんな面白さだった。
だが時々、彼は不思議なくらい黙り込むこともあった。長い道のりを、二人とも一言も交わさずに歩くこともあった。それでも気まずさは感じなかった。ただの沈黙だった。それなのに、彼が口を開くたびに、俺は笑いたくなってしまうのだ。
最後にいつ笑ったのかも思い出せないほど長い時間が経った後、俺を初めて笑わせてくれたのは、この人だった。
初めて会った時、おじさんはたくさんのことを話してくれたが、その言葉のほとんどが俺には理解できなかった。そして、それらの言葉は、どこかこの世界のものではないような感覚があった。
ルシウス。
先生は、いつも質問ばかりする。
たくさんの質問を。
先生はめったに、すぐに答えを教えてくれない。時々、とても奇妙な人と話しているような気分になる。何を聞いても、決してまっすぐには答えないタイプの人間と。
でも、俺はあの質問たちが好きだった。
どうしてかは、自分でもわからない。
総じて言えば、俺にとってここは奇妙な家だ。だが同時に、そこにしかない奇妙なやり方で、とても温かい家でもあった。
朝食の後、俺は外に出る許可をもらった。
遊びに行くためではない。
特に目的があったわけでもない。
ただ、歩きたかっただけだ。
俺は家を出て、草原へと続く小道を歩いていった。日差しはまだきつくない。風がそよそよと吹き、昨夜の名残の濡れた草の匂いを運んでくる。
昨日の足跡はまだ道に残っていたが、月明かりの下で見た時よりも、昼の日差しの下では薄れて見えた。草にはまだ夜露が残っていて、ズボンの裾がわずかに湿ってしまう。
俺はしゃがみ込み、道端の小さな石を拾い上げ、二本の指の間でくるくると回した。
これは何だ?
先生の問いが頭の中に響いた。俺はただそれを見つめながら、手のひらに収まるこの小さなものの中に、一体どれだけの欠片が詰まっているのかを想像しようとした。数え切れないほど、きっとそうなのだろう。なぜだかわからないまま、俺はその石を上着のポケットにしまった。
道は、俺がまだ通ったことのない小さな小川のほとりへと続いていた。水はゆっくりと流れ、底の小石の一つ一つが見えるほど澄んでいた。俺は平らな岩に腰を下ろし、流れていく水を眺めた。
石を取り出し、水面に投げ入れた。
波紋がゆっくりと広がり、やがて消えていった。
先生の言葉を思い出す。エネルギーがなければ、すべては静止したままだ。
風が吹き抜け、頭上の葉をかすかに揺らす。木漏れ日が水面に降り注ぎ、砕けた光の点となって、風のリズムに合わせて絶えず動き続けていた。
水は自然には動かないのだと気づいた。それはいつも、何かが先に触れることを必要としている。風が吹き抜けていく。岸辺の草が揺れる。俺はその草の揺れを見た。
風そのものは見えない。それでも、俺はそこに風があると分かる。エネルギーも、それと同じなのだろう。
散乱。
俺は絶えず揺れ動く葉の上の光の点を、しばらくの間見上げていた。昨夜の霧を思い出す。先生の手の中の光球を取り巻いていた、青、紫、黄色、橙の筋を思い出す。
光は一度も色を変えたことがない。ただ、その間に何かがあるだけで、人はそれを違って見てしまうのだ。
俺はそこに長い間座っていた。何か特定のことを考えるでもなく、ただ足元を流れる水のように、思考の一つ一つを通り過ぎさせていくだけだった。何一つ、留めることなく。
自分がどれだけ歩いたのか、はっきりとは覚えていない。もう魔法のことは考えていなかった。家のことを考えていた――ここに来てから、もうどれくらい経つんだろう? まだ一週間にもならない。いや、正確には、まだ数日だ。
しばらくじっと座っていた。まだたった三日なのに、俺にとってはもう、あまりにも多くのことが変わってしまっていた。
もしいつか、ここを離れる日が来たとしたら、俺はここを懐かしく思うのだろうか。わからない。たぶん、自分でも分からないままなのだろう。
立ち上がった時には、日はほとんど頭上まで昇っていた。俺はまた、あてもなく歩き続けた。自分がどこへ向かうべきなのか、何をすべきなのか、俺にはわからなかった。
どこへ行くとも決めないまま、俺は歩き続けた。
小道は草原を抜けて、森の縁へと俺を連れて行った。木漏れ日は湿った地面に筋を落とし続けている。大きな岩には苔がびっしりと張りついていた。どこか頭上から、鳥の声がした。俺はその森へと足を踏み入れた。深くは考えなかった。ただ、中に何があるのか知りたかっただけだ。
奥へ進むほど、鳥の声はまばらになっていった。すぐには気づかなかった。しばらくしてから、森が入った時よりも静かになっていることに気がついた。
そして、人の声が聞こえた。とても小さく。何を話しているのかは分からない。俺は立ち止まった。心のどこかが、引き返せと告げていた。だが、俺の足はその声に従わなかった。
俺は苔に覆われた大きな岩の陰に身を潜めた。全身を隠すには十分な大きさだった。そこから、一つの集団が見えた。四人が、開けた空き地の真ん中で小さな輪を作って立っている。薄灰色のローブ、特に目を引くところはない。一人が地図を手に持ち、それを指差しながら、隣にいる者に何かを話していた。
彼らはごく普通に見えた。それが、恐ろしげに見えるよりもかえって、俺には不気味に感じられた。よく聞き取れない。距離が遠すぎるうえ、風が逆向きに吹いていて、言葉が俺の耳に届く前に全部さらっていってしまう。
立ち去るべきだと分かっていた。それでも、俺の足は動かなかった。
俺は少しずつ近づいた。一歩、また一歩。体を低くして、木の根元伝いに進んでいく。もう少し近づくと、途切れ途切れの言葉が聞こえ始めた。
「……確認は取れた。北の学院はすでに……」
風が吹き抜け、残りの言葉をさらっていった。
「評議会の方は?」
「……についての情報はまだ足りない」
すべては聞き取れなかった。
風でローブの裾が少しめくれた瞬間、内側に小さな紋章が刺繍されているのが見えた。それを目にした瞬間、思い出した。プレインフィールドの宿屋の壁に貼られていた、古いポスターで見たことのある紋章だった。
教会。
どうして教会の人間が、俺の家からそう遠くない森の中で、学院や魔法評議会について話しているのか、俺には理解できなかった。記憶違いでなければ、彼らはもう何年も前に、この大陸への立ち入りを禁じられていたはずだ。
四人のうちの一人が、折り畳んだ紙を隣の者に渡した。相手はそれを受け取ると、開くこともせず、そのまま懐にしまい込んだ。四人は互いに頷き合い、それ以上は何も言わなかった。そして、散っていった。
二人は背を向け、俺の見立てでは王都の方角へと歩いていった。残りの二人は逆方向、地平線の彼方にかすむ山々の方へと向かった。
ほんの数秒のうちに、その空き地はまた誰もいない元の姿に戻った。まるで、そこに誰かが立っていたことなど一度もなかったかのように。
彼らの姿がとっくに見えなくなった後も、俺はしばらく岩の陰に隠れたままでいた。何かがおかしい。それを何と呼べばいいのか分からないが、まるで壁にできたごく小さなひびを見た時のような感覚だった。心配するほどではない、でも、もう一度見返さずにはいられない、そんな感覚。
なぜか、胸がざわついた。
あの四人は、別に何もしていない。
ただそこに立って、話して、去っていっただけだ。
でも、あの立ち方に、何かが引っかかった。
俺は立ち上がり、膝についた土を払った。これ以上考えたところで、何かが変わるわけでもない。そもそも、自分が何を不安に思っているのかさえ分からなかった。俺は踵を返し、来た時と同じ道を通って森を出た。あの空き地を、二度と振り返ることはなかった。
森の縁に近づくにつれて、鳥の声が少しずつ戻ってきた。
このことは誰にも話さなかった。秘密だと思ったからではない。ただ、どこから話せばいいのか分からなかったし、それがどれほど重要なことなのかも、自分では判断がつかなかったからだ。
森を出た頃には、日はすっかり西に傾いていた。
帰り道は、来た時よりも短く感じられた。
それについて深くは考えなかった。きっと、道に慣れてきただけなのだろう。
だが、木立の向こうに家が見えてきて、台所の明かりが灯り、窓越しに誰かの影が動いているのを目にした時、俺の中の何かがそっと和らいだ。あまりにも微かで、名前をつけられるほどではなかったけれど。
俺は少しだけ、歩く速度を上げた。
木の扉を押し開けて家に入る。スープの匂いがまだかすかに漂っていて、淹れたての紅茶の香りと、この家のいつもの木の匂いに混ざり合っていた。居間から、イリス姉さんが顔を上げて俺を見て、微笑んだ。
「帰ってきたのね」
俺は小さく頷き、しゃがんで靴を脱ぎ、扉の脇にきちんと揃えて置いた。ユリウスはいつもの窓際の椅子に座ったまま、両手でまだ湯気の立つティーカップを包み込んでいた。彼はしばらく俺を見つめてから、優しく笑った。
「ずいぶん遠くまで行ってきたみたいだな」
「はい」
どこへ行っていたのか、誰も聞かなかった。どうして帰りが遅くなったのかも、誰も聞かなかった。俺が戻ってくることは、疑う余地も確かめる必要もない、当たり前のことであるかのようだった。
「ぼうや」イリスは立ち上がり、エプロンの裾を軽く払った。「自分の部屋、見てきてごらん」
「どうしてですか?」
姉さんは瞬きをして、いたずらっぽい笑みを浮かべた。「秘密」
説明を求めるようにユリウスの方を見たが、彼はただ肩をすくめ、紅茶をもう一口すすっただけだった。仕方なく、俺は踵を返して階段を上った。一段目はいつも通りの馴染みのきしむ音を立て、それから三段目、七段目と続く。まだ数日しか経っていないのに、俺はもうその音を覚えてしまっていた。
部屋の扉は、朝と同じように半開きのままだった。手を伸ばしてそっと押し開けると、開いた瞬間、俺は立ち尽くした。
ベッドは元の位置のままで、木の机もそうだった。だが、部屋の様子はすっかり変わっていた。床には真新しいクリーム色のラグが敷かれている。窓辺には小さな木の本棚が現れ、そこには薄い本が数冊と、ドライフラワーを生けた陶器の花瓶が置かれていた。机の上にはランプと、きちんと重ねられた白い紙の束、そして万年筆が一本。部屋の隅には、ちょうどいい大きさのクローゼットも増えていて、窓の前には生成り色のカーテンが、夕方の風にかすかに揺れていた。
特別に豪華な品は一つもなかった。だが、そのすべてがぴったりと収まっていて、まるでこの部屋が、ずっと前からここに住む誰かのために用意されていたかのようだった。
俺はゆっくりと部屋の中に入り、机の上をそっと撫でた。新しい木の匂いが、まだはっきりと残っていた。何か言おうとする前に、背後から足音が聞こえた。
「気に入ってくれるといいんだが」
振り返ると、ユリウスが戸口に寄りかかって立っていた。両腕を胸の前で組み、いつもと変わらぬ優しい笑みを浮かべている。
「俺もイリスも、子供が何を好むかなんて分からなくてね」彼は小さく笑った。「だから、必要だと思うものだけを揃えてみたんだ」
俺はもう一度、部屋を見回した。何もかもが新しすぎて、どこから見ればいいのかも分からないほどだった。しばらく経ってから、ようやく俺は声を出した。
「……ありがとう、ございます」
自分でも声になっていたかどうか分からないほど、小さな声だった。それでもユリウスには聞こえていた。彼はただ小さく頷いた。その顔に浮かぶ笑みは、少しも変わらなかった。
「それなら良かった」
彼は踵を返し、階下へ戻ろうとしたが、戸口までたどり着いたところで足を止めた。振り返って俺を見るその眼差しは、初めて会った時と同じように優しいままだった。
「これから先、この部屋に何か足したいものがあれば、いつでも言ってくれ」
そう言うと、彼は静かに扉を閉めた。
俺は一人、部屋に残された。夕方の光が窓から斜めに差し込み、机の上に淡い黄色の帯を描いていた。俺はベッドの端に腰を下ろし、静かに部屋の中を見渡した。すべては昨日と同じように静かなままだった。だが、あの空虚さはいつの間にか消えていた。まるで誰かが、一言も口にすることなく、静かにそれを満たしていってくれたかのように。




