2.
「忘れることはなにも悪いこととは限らない。日常も不安も。いつだってしていることよ。でも……あなたがさっきのものをそう捉えるとは」
残念そうな声がした。優しくてつけ入る隙がない、つけよる隙のない、優しくない大人のような人がいた。ぼんやりしたような姿だが、よく知っているような、生温かさがあった。
少女はぼんやりとした顔で見る。なにも分かっていないようで、分かっているから目を留めているのか。どうにも見当はつけたくない、醜さ、歪さ。
「なにを……いうの?」
「都合のいい頭をしているわね」
どういう意味なのか、私には掴めない。どんどん悪が染み出るように、滲み出るように。
「しらないはずなどないわ。貴方は知っている」
なにを。どんどん近づいてくる。私の足が動かないことに私は気づかなかった。ついに目の前で、それは私の胸に手を触れそうな近さだ。拒めない、そんな思考も回らないまま、
「気づいてしまえばいい」
新月から朝日が昇り次に見ゆる月のような顔。それがどこかで見たようで、不思議にそれ以上のことは感じなかった。
男の人の声に振り向く。
「お前のことが好きなんだ!」
力強くて、心を映すかのように目が瑞々しい。
違う。
また別の方へと身体を捻り、向く。
「君のことが……」
顔を赤らめる、恥ずかしそうで頼りなさが心をくすぐってゆく。
違う。
「えっとー、どっちがいいかなぁ」
その顔を人差し指が搔いている。なにか女性物を選んでいるような……窺う顔。
違う、こんなこと。
「ごめんね」
申し訳なさそうで、こんなことしか言えないというようなあなた、あなたに……あなたに!!
自分の感情を再び認知する。
でも、こんな顔見たことなどない。これも私の想像、本当はなにもしらないの。聞いてばかりで、見てばかり。相談の勇気も、変える勇気も変わる勇気も、責任だって取りたくない。このままではいたくないのに、このままなにもないまま進んで、進んで、進んで…………どうにかなってくれ、それが消せもせず、ただ見つめていることしかできない。いっそ、誕生日ケーキの蝋燭のように消せれば、いいのに。願って消したら、叶うのかなぁ。私の願いは叶ったのだろうか。いつもなにを願っていただろう。そんなことわからない!
しりたくない、知りたくなんてない。いつも願うのに、本当は知りたくないのかもしれない。どんな彼もしらないのに、知りたくないのかも。…………ああ、彼は、彼は私を追ってなど来ない。でも、そんな酷い人でもない。しらないの、知りたい。知りたい。あなたのことが。
……変わるのには、私だ。優柔不断で甘えていた。なにも変わらなければ、ケーキのシフォンのように柔らかくて、ほんのり甘いまま、優しくいられるのかもなんて。嘘。シフォンケーキとして売る気が、食べる気がないままなんて、おかしい、冒涜だ。……誰かを変えるなら、私から。私はそんなに弱くも、意気地なしでも、かっこよくなんてもない。格好悪いままでなんて、すごく格好悪い。
「だいきらいなのはあなた」
変わってみせる。
誰かが笑ったような気がした。
気づけば私はベッドの上で。珍しく夢を見ていたようで、少しづづ頭が冴えていく。覚めてゆく。整理がつくと、私は寝起きの情けない声を上げながら、視界と記憶が告げた、あぁ夢だ__と。




