第86話『仮面の宣言』【陰謀と真実の序曲編⑥】
夕暮れの空が茜から紫に変わり始めるころ、クロス組の面々は草原の焼け跡に腰を下ろしていた。
戦いの余韻がまだ肌に残り、熱い息を吐く者、緊張で肩を震わせる者、そして妙に誇らしげな笑みを浮かべる者――反応はさまざまだ。
「先生、今日の実習……合格ですか?」
メリルがまだ瓶を握ったまま尋ねる。
「まぁな。点数つけるなら……八十五点。」
カイはチョークで土に〇と△を書きながら答えた。
「ただし、残り十五点は“予習不足”や。あいつらの目的、まだ見えてへん。」
「予習不足……」
護衛団が一斉に肩を落とす。
ツェイルは「次はもっと速く動く」と拳を握り、ゴルムは「アメちゃん残量が予習不足やった」と真顔で呟いた。
「ちゃうちゃう! お前ら勉強の話や!」
カイのツッコミが草原に響く。
◆◇◆
その時だった。
焦げた草地に、ふっと黒い影が差した。
風も音もない。
ただ、陽が沈む空の下に、人影が一つ立っていた。
全身を覆う黒い衣。
仮面は漆黒、目の部分だけが赤く光っている。
先ほどの襲撃者たちとは格の違う存在――幹部格だと、誰もが直感した。
「……来よったか。」
カイは立ち上がり、チョークを指に転がした。
仮面の男は静かに歩み出ると、草原の中央で立ち止まった。
その声は低く、だが妙に響く。
「聞け、人の子らよ。我らは魔王の時代を終わらせる。」
その一言に、クロス組はざわめいた。
ルーティアが目を見開き、剣を強く握る。
「……魔王の時代を終わらせる? 何を言ってますの……?」
仮面は続けた。
「長きにわたり、魔界を支配してきた者は、力を持ちながら情に縛られた。
娘を人の国に遊ばせ、王座を軽んじる。そんな者に従う時代は終わる。」
リリシアの心臓がきゅっと縮む。
(……パパのこと……!)
だが彼女は口をつぐんだ。誰にも正体を悟らせたくない。
「王は必ず娘を追って人の国に現れる。
そして人は必ず王を恐れる。
双方が争い、疲れ果てた時――我らが新たな秩序を築くのだ!」
その言葉に、護衛団が一斉に立ち上がった。
「ふざけるな!」
「先生を、姫を、渡すものか!」
「せやな!」
双子が息ぴったりに叫ぶ。
ゴルムは大盾を前に出し、低く言った。
「……通行止めや。」
カイは静かに一歩進み出た。
目の前の仮面を真っ直ぐに見据え、口の端をわずかに上げる。
「なるほどなぁ。魔王も人も、まとめて倒す。せやけど――」
チョークをひと振り。
地面に描かれた数式が、淡く光を放つ。
「そないな雑な計画、ワイの黒板には収まらんで。」
仮面の男は初めて声を低く歪めた。
「……教師風情が。」
そして影に溶けるように、その姿を消した。
◆◇◆
静寂。
草原に残ったのは夜風と、生徒たちの荒い呼吸だけだった。
「旦那様……。」
ルーティアが紅剣を納め、苦い顔を向ける。
「彼ら、本気で魔王を――」
「せや。」
カイは頷いた。
「せやから、もう遊びの授業ちゃう。これからは、実戦や。」
リリシアは拳を握りしめた。
(……彼らはパパを狙っている。私を使って……。私が、もっと強くならなきゃ。)
その横顔を見て、ルーティアは小さく唇を噛んだ。
「リリシア……あなた……」
だが、言葉にはしなかった。
夜空に星が瞬き始める。
その下で、クロス組の運命はさらに大きな渦へと巻き込まれようとしていた。




