第84話『旦那様と共に』【陰謀と真実の序曲編④】
翌朝の学園は、妙に静かだった。
いや、生徒たちの笑い声や、先生たちのやりとりはいつも通り賑やかだ。
けれど空気の底に、うっすらと冷たいものが沈んでいる。
「旦那様。」
教室でノートを広げながら、ルーティアが声をかけた。
「昨日の襲撃……きっと今日も来ますわ。」
「せやろな。」
カイは教科書を軽く叩いて、のんびりと返した。
「角を試してきたんや。次は面ごと、割りに来るで。」
「面……。つまり、大きな場所を揺らすということですか。」
リリシアの声は真剣だ。
「人々を巻き込んで。」
「せやな。」
カイは飴玉を口に放り込み、コリッと噛んだ。
「せやから今日は授業やめて、全員で街外れに出る。向こうが選ぶ前に、こっちで舞台整えとこ。」
護衛団はざわついたが、すぐにそれぞれの役目を意識して頷いた。
ツェイルが「先導」、カサが「幻膜」、双子が「左右護衛」、メリルが「補給」、ゴルムが「前盾」。
全員が自然と動けるようになっていた。
◆◇◆
昼下がり。
街の外縁、石畳が途切れ、草地に変わるあたり。
ここは学園の法結界が薄く、街の警備も行き届かない“境目”だ。
旅人が行き交うには都合が良いが、襲撃には格好の場所でもある。
カイは腰に剣を帯び、左手にはチョークの束を握っていた。
「よっしゃ、今日の実習は“チョーク一本でどこまで遊べるか”や。」
「遊びじゃありませんわ!」
ルーティアが即座に叫ぶ。
「これは立派な防衛戦です! 旦那様、私が前に立ちますから!」
「おーおー、頼もしいな。けど前に立つのは盾役や。ワイは後ろから調整する。」
「……旦那様、私を信用なさらないんですの?」
「ちゃう。信用しすぎとるんや。あんたが突っ込みすぎるから、ブレーキも要るやろ。」
「なっ……!」
ルーティアは真っ赤になり、剣を抜きかけたが、ぐっと堪えて鼻を鳴らした。
「……いいでしょう。では旦那様と共に、斬り伏せてみせますわ!」
その横でリリシアは唇を噛み、拳を握っていた。
(やっぱり……私はまだ力を抑えてる。全力を出せば、正体に近づいてしまう。でも……この二人の姿を見ていると、抑えてばかりもいられない。)
◆◇◆
風が変わったのは、その時だった。
空気がざわりと逆立ち、草地に黒い模様が走る。
蜘蛛の巣のような紋様。そこから仮面の男たちが次々とにじみ出た。
「……やっぱり来たな。」
カイはチョークをカツンと折り、石に白い線を引いた。
「クロス組、配置につけ!」
「はい、先生!」
声が一斉に揃う。
護衛団が展開し、ルーティアが紅剣を構えた。
「姫を渡せ。」
仮面の声は冷ややかだった。
「拒否しますわ!」
ルーティアが即答する。
「先生の生徒は、私の守るべき仲間です!」
「……おおきにな。」
カイは飄々と笑い、剣を抜いた。
「ほな、ワイと一緒に遊んでみよか。角も丸め、線も伸ばしてな。」
◆◇◆
最初の一撃は火球。
だがリリシアが風で逸らし、ルーティアが斬り払い、残った炎をカイが「アカン」と撫でて消す。
その連携は、偶然ではなく必然のように噛み合った。
「私が前!」
「ちゃう、ワイが合わせる!」
剣とチョークが同時に閃き、敵の陣形が崩れる。
護衛団も全力だ。
ツェイルが影を切り裂き、カサが幻膜で敵の視界を乱す。
双子は「兄者!」「弟よ!」と掛け合いながら同じ相手を挟み撃ちにし、メリルは「補給完了!」と叫んで瓶を投げる。
爆ぜた瓶からは、甘い匂いの煙が立ち、敵が「むずむず……」と咳き込んだ。
「なんでやねん!」
ゴルムが大扉のように立ち塞がり、敵を弾き飛ばす。
戦いは激しい。
だが――不思議なほど、カイとルーティアの呼吸は合っていた。
「右から!」
「了解!」
ルーティアが斬り、カイが数式を走らせて魔法を無効化する。
「後ろから来る!」
「もう消した!」
カイが言うより早く、ルーティアの剣が振り抜かれる。
二人のやりとりは、まるで長年の相棒のようだった。
やがて、仮面の男たちは形勢不利を悟り、闇に溶けて消えた。
残されたのは焼けた草地と、まだ熱い空気。
「……やれやれ。」
カイは額の汗を拭い、剣を納めた。
「本気出してきよるな。次はもっと大波やろ。」
ルーティアは紅剣を地に突き、胸を張る。
「旦那様。ご覧になりましたか? 私たち、完璧な連携でしたわ!」
「まぁ、息ぴったりやったな。」
「え……っ?」
ルーティアの耳が真っ赤になる。
「ぴ、ぴったり……? そ、そんな当たり前のことを……旦那様ったら……!」
リリシアは二人を見つめ、胸の奥で小さな痛みを覚えていた。
(私は……まだ全力を出していない。出せない。でも、このままじゃ……。)
彼女の指先は、無意識に小さな風を呼んでいた。




