第75話『クロス先生との出会い』
大通りでの大騒ぎから数刻後。
リリシアと護衛団十九名は、ようやく学園の正門にたどり着いた。
白亜の壁に囲まれた広大な敷地、その中心にそびえる尖塔。
門の前には制服を着た学生たちが行き交い、護衛団はそれだけで再び興奮を隠せなかった。
「うわぁ! みんな同じ服着てる!」
「整列してる! そろってる! まるで兵隊みたいだ!」
「いや、これは学園の制服だから……」
リリシアは額に手を当てて深いため息を吐いた。
◆◇◆
と、その時。
校門の向こうから背の高い青年がひょこっと顔を出した。
黒板でチョークを握るよりも、屋台で値切りしている姿の方が似合いそうな男。
スラリとした体格に、軽く無造作に撫でつけた黒髪。
「おぉー、新入りかいな?」
関西訛りの声が、石畳に転がるように響いた。
リリシアは思わず足を止める。
その声には、不思議と耳をくすぐるようなリズムがあった。
「私たちが、新しく入る一年生です。」
「ほぉ。ほな、うちのクロス組に配属やな。ワイが担任のカイ・クロスや。」
にかっと笑うその顔。
リリシアは瞬間、胸の奥がちくりとした。
――この人だ。父上が案じていた「未知との遭遇」は。
護衛団が一斉にざわめいた。
「せ、先生!? 今“ワイ”って言いました!? “ワイ”って何!?」
「なんか……やたらと音が柔らかい!」
「聞いたことない響きだ!」
そしてゴルムが一歩前に出た。
灰色の瞳を輝かせ、真剣な顔でカイを凝視する。
「……その喋り方。美しい。式みたい。――俺、学ぶ。」
「お、おう? なんや知らんけど熱心やな。」
カイは肩を竦め、ポケットから飴玉を取り出した。
「ほれ。アメちゃん。落ち着け。」
「アメちゃん……!」
ゴルムは両手で受け取り、目を潤ませる。
「“アメちゃん”って響き! 俺、感動! なんでやねん!」
「おいおい、なんでやねんはまだ早いで!」
カイが思わずツッコミを入れると、護衛団全員が揃って叫んだ。
「なんでやねん!!!」
校門の学生たちが一斉に振り返る。
リリシアは顔を覆った。
「……もう、この護衛団どうしたらいいのかしら。」
◆◇◆
その日の夕刻。
クロス組の教室に案内されたリリシアと護衛団。
カイは黒板の前に立ち、チョークをくるくる回していた。
「ほな自己紹介や。まずはワイから。クロス組の担任、カイ・クロス。大阪の生まれでな、ちょっと喋りが変やけど気にせんといてな。」
教室に小さな笑いが広がる。
「さて、新入りの皆は……」
「先生!」
勢いよく手を挙げたのはゴルムだった。
「俺、“大阪弁”を学びたい! なんでやねん極めたい! アメちゃんも極めたい!」
「いや勉強の方向間違うな!」
カイは思わず黒板にチョークをぶつけた。
護衛団の面々は口々に「わたしも!」「俺も!」「アメちゃん欲しい!」と叫び出す。
リリシアは机に額をつけてため息をついた。
「……学園に来て一日で、もう空気を乱してるじゃない。」
けれど。
その口元は、ほんの少しだけ緩んでいた。
こうしてリリシアと護衛団の学園生活は始まった。
そしてゴルムは――カイの大阪弁を、まるで魔導書を読み漁るかのように吸収し始めるのだった。




