第73話『人間化大作戦』
人間化の儀を終えた護衛団十九名とリリシアは、魔王城の外縁に設けられた広場に立っていた。
黒曜石の床に広がる大きな魔法陣はすでに消え、そこに残るのは――人間の姿になった魔族たち。
彼らは一様に、落ち着きなく自分の体を触ったり、鏡を覗き込んだりしていた。
「おお! ツメがこんなに丸い! これで物を掴むのに苦労せん!」
「いや、今まで苦労してなかったでしょうが!」
リリシアが容赦なくツッコミを入れる。
「わたし、髪がある!」
メリルがくるりと回って金の髪を揺らす。
「長い! なびく! これで毒味しても絵になる!」
「毒味は命懸けなのよ。髪をなびかせてやるものじゃないわ!」
双剣のキルとカルは向かい合って同時に叫んだ。
「兄者! 眉毛が動くぞ!」
「弟よ! 口角も上がるぞ!」
二人で同時に顔芸を始める。
「やめろ! 人間界でそんな顔したら不審者確定よ!」
そして――ゴルム。
彼は大きな灰色の瞳を見開き、まばたきを何度も繰り返していた。
「瞬き! すごい! まぶたが上下して、光の量を調節する! すごい! すごい! ――あ、声が出た! 俺、声が出てる! 今、喋ってる! 喋れる! わー! 楽しい! もっと喋りたい! 止まらない!」
「ストップストップ!」
リリシアが慌てて両手を振る。
「三文以内って約束したでしょ!」
「三文!? そんなの無理だ! だって俺、今まで石で黙って立ってるだけだったんだぞ! 今、口がある! 舌がある! 歯がある! 唇が動く! 喉が震える! 空気が震える! ――あ、また喋りすぎた!」
周囲が笑いに包まれる。
「かわいい……」
誰かが小声で呟くと、ゴルムはさらに興奮して手をぶんぶん振った。
「かわいい!? 俺が!? 喋るゴーレムが!? やったぁ!」
「はぁ……」
魔王は額を押さえ、疲れたように嘆息した。
「……この調子で人間界に行けば、十歩で目立つ。」
リリシアは胸を張って答える。
「大丈夫よ、パパ。ちゃんと私がまとめるから!」
「まとめる、か。」
魔王は疑わしげな視線を投げた。
「お前が“まとめる”と言ったものは、たいてい“まとめきれない”。」
「今回こそは大丈夫!」
リリシアは力強く言い切る。
◆◇◆
その後、護衛団は“人間としての歩行訓練”に移された。
「人の街では、こう歩くの。」
リリシアが見本を示す。
背筋を伸ばし、適度な速さで、手を自然に振って。
「なるほど!」
ツェイルはすぐに走り出し、広場を三周。
「違う! 速すぎるわ!」
「なるほど!」
メリルは腰を左右に振って歩く。
「違う! 舞台女優じゃない!」
キルとカルは左右から同じ足を出す。
「違う! 二人で鏡写しにならないで!」
そしてゴルム。
彼は一歩ごとに「右足前進! 左足前進!」と実況しながら歩いていた。
「喋らなくていいから!」
◆◇◆
夕刻。
歩行訓練を終え、護衛団は城の食堂に集められた。
人間化した体で食事をする練習のためだ。
料理が並ぶと、護衛団の目は輝いた。
「これが“フォーク”か!」
「スプーンが湾曲している! すごい!」
「パンがふわふわだ!」
「人間の食べ物うまっ!」
メリルは皿に並んだ料理を前に、きらきらした瞳で言った。
「じゃあ全部毒味します!」
「だから全部はやめなさいってば!」
ゴルムはパンをかじりながら、またも喋り続ける。
「噛む! 歯で噛む! パンが柔らかい! 唾液が出る! 飲み込む! 喉が動く! 胃に落ちた! あぁ! 感動!」
「実況すんな!」
リリシアが突っ込むたび、広間は大笑いに包まれた。
その夜、リリシアは自室の窓辺に立ち、夜空を仰いだ。
遠い世界にある学園の青空を思い浮かべる。
「パパ……。私は絶対に行くわ。そして、理を学ぶ。」
背後では、ゴルムが「おやすみ! って言えた! 俺、おやすみって言えた!」とはしゃいでいた。
リリシアは苦笑しつつも、その声に少し安心する。
こうして、学園行きの準備は着々と――いや、ドタバタと進んでいった。




