第72話『護衛選抜会議』
リリシアの「沈黙の大演説」が七日間に及んだ末、魔王が折れて学園行きを認めたその翌日。
魔王城の大広間は再びざわめきに包まれていた。
「よいか!」
魔王が杖を床に打ちつけ、黒曜の石畳を低く鳴らす。
「リリシアを学園へ送り出すにあたり、護衛をつける。――十九名を選抜する!」
その瞬間、左右にひしめく魔族たちが一斉に手を挙げた。
手どころか翼をばさばさ広げる者、角を突き上げる者までいる。
熱気は鍋の蓋が吹き飛ぶ寸前のようだ。
「陛下! 拙者、影走りのツェイル! 姫の影より迅く走り、敵を断ち切ってご覧に入れます!」
「姫の寝室の絨毯になりたい! ――じゃなくて盾! 盾です盾!」
「山を担ぐ腕力ならこのナグラ! 姫の荷物持ちは任せろ!」
「私は毒見のメリル! 三十七種類の毒に二十七種類の解毒薬! 姫が食べる前に全部味見します!」
「ぜ、全部はやめなさい!」
リリシアが思わず突っ込む。
魔王は額に手を当て、深い溜め息を吐いた。
「……お前たち、護衛の定義を一度辞書で引いて来い。」
「辞書は食堂の床に敷き詰めて掃除しやすく――」
「敷くな!」
その時、ひときわ重い足音が広間を震わせた。
石を擦り合わせるような音。
巨大な影が列の前に進み出る。
ゴーレム。名を「ゴルム」。
人型の石の塊で、魔王城の門番を務めていた。
「……ゴルム。」
魔王がその名を呼ぶ。
「なぜ志願する。」
ゴルムの胸の魔核が淡く光り、石の裂け目から声が漏れた。
「……守りたい。」
その場の空気がぴたりと止まった。
普段は無口な石の守護者の言葉は、ひどく重く、真っ直ぐだった。
「理由は?」
「姫は、理を愛す。理を積む者は、城壁に似る。私は……石。石は、壁。」
リリシアは思わず目を細めて微笑む。
「採用。」
「喋りすぎるなよ。」
魔王が低く釘を刺すと、ゴルムはこくりと頷いた。
「……三文以内。」
広間から小さな笑いが漏れる。
「よし。」
魔王が杖を掲げる。
「護衛は十九。名乗りを上げた者から選ぶ。だがその前に、人の街に潜る以上、“人の姿”を持たねばならぬ。――よって、人間化の儀を行う!」
ざわめきが一段と大きくなる。
「人の姿!? 髪が生えるのか!?」
「鼻って本当に二つの穴があるのか!?」
「指って、五本もいる?」
「多すぎやろ!」
リリシアはこらえきれずに吹き出した。
「みんな、落ち着いて! 人間になるのは、ただの“外見”よ。」
「外見でもすごいことです!」
メリルが勢いよく手を挙げる。
「舌があるなら喋ってみたい!」
「お前は黙っていても毒味で喋ってるだろう。」
ルシアの突っ込みに、広間がどっと笑う。
魔王は床を杖で打ち鳴らす。
瞬間、広間の石畳に巨大な魔法陣が浮かび上がる。
幾何学模様が交差し、中心に光が集まる。
「一人ずつ通れ。肉体を“人”に合わせる。副作用は――」
「副作用?」
「――喋りたくなる。」
魔王の目がゆっくりとゴルムを向く。
ゴルムは小さく光って、石の顔にほんのり赤みが差したように見えた。
「……がんばる。」
◆◇◆
最初に陣を踏んだのはツェイル。
光に包まれ、影の輪郭がやわらぎ、普通の青年の姿に変わる。
「おお……指が! 爪が平たい!」
「走るな!」
次にメリル。
艶やかな髪を持つ少女の姿になり、きゃあっと声を上げる。
「声が高い! これで毒味しても可愛い!」
「毒味に可愛い要素は要らない!」
次々に仲間たちが人間の姿を得ていき、最後にゴルムが陣を踏んだ。
光に包まれ、石の肌がひび割れ、滑らかな人の肌に変わっていく。
背の高い灰色の瞳をした青年がそこに立った。
そして――口を開いた。
「わあ。柔らかい。指が。声が。……喋れる!」
「三文以内!」
リリシアが慌てて突っ込むと、ゴルムははっとして口を押さえた。
「……反省。」
広間がどっと笑いに包まれる。
魔王は最後に娘を見やる。
「よいか、リリシア。毎週、魔伝書鳩を飛ばせ。忘れるな。」
「もちろん。」
リリシアは胸に手を当てて笑顔を見せた。
「パパに“葡萄は甘い”って伝えるわ。必ず。」
魔王はわずかに頬を緩めた。
「……楽しんでこい。」
十九人の護衛とともに。
そして、ゴルムの“喋りすぎ”という新たな問題とともに。




