第58話『決戦・影の派閥』【陰謀と策謀の王都編⑨】
夜明け前の王都は、不気味なほど静かだった。
鳥の声もなく、街路の魔灯だけが淡く光を放っている。
その沈黙を切り裂くように、鐘が突如鳴り響いた。
――ゴォン、ゴォン……。
低い音は王都全域に広がり、人々を眠りから揺り起こす。
「来たか。」
王宮の屋上から街を見下ろすレオンの声は低かった。
王都の一角から黒い煙が立ち上り、無数の影が蠢いていた。
仮面の男たち――“影の派閥”。
王都の大通り。
仮面の集団が次々と魔法を放ち、火柱と雷撃が交差する。
家々の壁が砕け、石畳が焦げ、悲鳴が飛び交った。
そこへ現れたのは、一人の教師と、その仲間たちだった。
「……朝っぱらから派手に騒いどるなぁ。」
カイは溜息をつき、首を鳴らす。
その背後にルーティア、レオン、フィリア、そしてルーティアの二人の兄が並ぶ。
「クロス殿、ここは我らが先陣を切る。」
長兄ヴィルヘルムが剣を抜き、鋼の光を放つ。
「カイ先生、私も盾を張ります!」
フィリアが魔法陣を展開する。
「ほな、ワイはまとめ役やな。」
カイが両手を広げた。
仮面の男たちが一斉に詠唱を始める。
炎の竜、雷の槍、氷の壁――大規模な魔法が次々と形を成した。
「ほな、全員まとめてかかってきぃ!」
カイが叫び、数式を描く。
瞬間、彼の周囲に透明な球体が広がった。
空気が震え、世界がきしむ。
――絶対防御。
次の瞬間、数十の大魔法が一斉に炸裂した。
轟音と閃光が街路を飲み込む。
だが。
「……効かんな。」
炎も雷も氷も、すべて防御球の外で弾かれ、消え去った。
王都の石畳は無傷のまま。
「馬鹿な!」
「結界を突き破れないだと!?」
「人の力ではありえん!」
仮面の男たちが動揺する。
「いや、人の力やで。数式で積み上げただけや。」
カイは苦笑した。
「……ほら、次はこっちの番や。」
ルーティアが前へ躍り出る。
剣に炎を纏わせ、一直線に敵の列を貫いた。
「旦那様の守りがあれば、私の剣は止まりません!」
「旦那様言うなぁぁ!」
ヴィルヘルムと次兄グレゴールも左右から突撃する。
二人の剣技は正確無比で、敵は次々と倒れていった。
レオンは王家の剣を掲げ、金色の光を放つ。
「この国を乱す者は、私が斬る!」
彼の声は兵たちの心を奮い立たせ、逃げ遅れた市民をも安心させた。
フィリアは光の魔法陣を重ね、仲間の動きを加速させる。
「先生、皆をお願いします! 私は支えます!」
戦況は完全に逆転した。
数に勝るはずの仮面の男たちが、次々と押し返されていく。
「退け! 退けぇ!」
叫びながらも、誰一人として絶対防御を破れない。
彼らの魔法はすべて虚しく弾かれ、己に返っていく。
やがて街路に広がったのは、逃げ惑う仮面の群れと、膝をついてうなだれる残党だけだった。
◆◇◆
そのとき。
王都の奥から一団の兵が駆けつけてきた。
銀の甲冑に身を包んだ王都の精鋭部隊。
「異邦人め、討ち取って……」
隊長が言いかけて、目を見開いた。
仮面の男たちは、すでに戦意を失い、カイの防御球の内側で膝をつき、震えていたのだ。
「……な、なんという……。」
兵士たちは言葉を失った。
カイは腕を下ろし、防御球を解いた。
透明な壁が霧のように消えると、仮面の男たちの目に動揺が浮かんだ。
「なぜ我らを……守った……?」
「本気で焼き払うつもりだったのに……」
彼らの声は震えていた。
自分たちが受けた命令は正しいのか――その疑念が芽生え始めていた。
ルーティアが剣を収め、振り返る。
蒼い瞳は燃えるように強いが、どこか誇らしげだった。
「やっぱり、カイがいると何もかも無敵ですわ。」
「……旦那様言うなぁ。」
「えっ、まだ言ってないけど?」
「おっ、そうか…」
カイは苦笑しながらも、安堵の息をついた。
夜明けが近づき、空が淡い朱に染まり始めていた。
決戦は終わりを告げ、王都に再び朝が訪れようとしていた。




