第57話『裏切りの宴』【陰謀と策謀の王都編⑧】
王都の夜は、表と裏で二つの顔を持っている。
煌びやかな大通りには魔灯が並び、音楽と笑い声が響く。
一方、路地裏には影が濃く落ち、酔客とならず者の声が交じり合う。
そのさらに奥――人目につかぬ旧家の屋敷。
外壁は苔むし、門は閉ざされ、窓には厚布が掛けられている。
だが屋敷の中には、煌々と灯火が焚かれ、十数名の仮面の貴族たちが集まっていた。
「“異邦人”の首を取れという命は、絶対だ。」
「だが……先日の襲撃は失敗した。ルーティア嬢も強すぎる。」
「ならば、次は根を断つ。――公爵家の威信ごと。」
ワインの杯を打ち合わせながら、低い声で策を交わす。
空気は重く、渦を巻く。
◆◇◆
その屋根裏。
月明かりを背に、四つの影が潜んでいた。
カイ、ルーティア、レオン、そしてフィリア。
「……見事に真っ黒な会話やな。」
カイが額の汗を拭いながら小声で呟く。
「予想以上ね。」
ルーティアは剣の柄に手を添え、鋭い眼差しを下に向けている。
「正面から突っ込むのは愚策だ。」
レオンが低く言う。
「だが、このまま見逃すのも危険すぎる。証拠を押さえ、黒幕を炙り出す。」
「その役目、私がやります!」
フィリアが拳を握り、真剣な顔を見せる。
「先生がいつも言うように、“恐れたら、まず一歩止まる”……でも今は歩きます!」
「えらい物騒な復習やな……。」
カイは思わず苦笑する。
◆◇◆
屋敷の大広間。
仮面の男が立ち上がり、杖で床を突いた。
重い音とともに、壁に掛けられた幕が落ちる。
そこに現れたのは――白髪の老人。
鋭い鷲のような眼を持ち、豪奢な衣を纏った貴族。
「我が名はグランツ公。王家に傅きし古き血脈。」
その声は広間を震わせる。
集まった者たちが一斉に頭を垂れた。
「王家と公爵家の均衡は、代々の掟。我らが保たねばならぬ。だが、そこに“異邦人”が現れ、均衡を狂わせている。……討つしかない。」
「しかし公爵家は……」
「構わぬ! この国は我ら古き家系が支えてきたのだ!」
力強い言葉に、賛同の声が重なっていく。
「……出番やな。」
カイが小さく息を吐いた。
レオンが頷く。
「よし、突入するぞ。」
ルーティアは剣を抜き、フィリアは魔法陣を展開した。
次の瞬間、屋根を蹴って四人は大広間に飛び込む。
舞い上がる埃と火花。
驚きにざわめく仮面の集団。
「お邪魔しまっせ。」
カイが軽く手を挙げ、にやりと笑う。
「宿題の答え合わせに来ましたんや。」
「カイ・クロス……!」
仮面の男たちが武器を構える。
レオンは剣を抜き放ち、一閃。
フィリアは光の盾を広げ、矢のような魔法を防ぐ。
ルーティアは炎の刃を纏わせ、敵の列に飛び込む。
カイはというと、手を軽く掲げただけで、広間の天井に描かれた古い結界が音を立てて崩れた。
「連立方程式で解ける程度の結界に閉じ込められるんは、勘弁やわ。」
「な、何をした!?」
グランツ公が目を見開く。
「ただの数学の授業や。方程式は嘘つかへん。」
戦況は一気に傾いた。
仮面の男たちは次々に倒れ、残されたのは怒り狂うグランツ公のみ。
「貴様……異邦の教師風情が!」
彼は杖を振りかざし、巨大な闇の魔法陣を展開した。
ルーティアが前に出ようとしたが、カイが制した。
「任せとき。……授業の延長戦や。」
指先で数式を描く。
魔法陣の根本に潜む歪みを探し出し、符号を反転させる。
轟音と共に、闇の魔法陣は自壊した。
広間に静寂が戻る。
グランツ公は膝をつき、杖を握りしめたまま震えていた。
「馬鹿な……我が魔法が……」
「古い式は古い式や。」
カイは肩を竦める。
「更新せんと、どんな大魔法も時代遅れになるんやで。」
レオンが前に進み出る。
「グランツ公、あなたの罪は明らかだ。王家への反逆、その証拠は十分に揃った。」
仮面の男たちは狼狽し、次々と逃げ出していった。
戦いを終えた四人は、外の夜風に当たりながら息を整えた。
ルーティアは剣を収め、カイの隣に立った。
「やっぱり、旦那様がいると何もかも早いわ。」
「旦那様言うな。」
カイは苦笑しながらも、彼女の横顔をちらりと見た。
炎を映したその瞳は、誇り高く、そしてどこか安心しているように見えた。




