第39話『水不足の村へ』【カイとルーティアの夏休み編⑧】
公爵領の農園で土を救ったニュースは、領内にあっという間に広まった。
「ルーティア様のクロス婿殿が畑を蘇らせた!」
「収穫が増えた!」
そんな噂は人から人へ伝わり、まるで英雄譚のように語られていた。
だが――その喜びの最中、緊迫した知らせが飛び込んできた。
「ルーティア様! 隣村で水が枯れ、作物が全滅しかけています!」
使用人の報告に、一同は顔を曇らせる。
ルーティアがカイを振り返った。
「カイ……いいえ、旦那様。行きましょう」
「何で言い直した!って、旦那様ちゃうけど、行くのはええ。放っとけんわ」
◆◇◆
馬車を飛ばして到着したのは、小高い丘に囲まれた小さな村だった。
村の真ん中には干上がった井戸があり、桶の底には泥しか残っていない。
畑の作物はしおれ、村人たちは疲弊しきった顔で出迎えた。
「ルーティア様……そしてクロス婿殿……!」
「よう来てくださった……水が出ないのです。川の水も引かず、雨も降らず……」
子どもを抱いた母親が涙を浮かべて訴える。
「このままでは、冬を越せません……」
村人たちの視線が、一斉にカイへと注がれた。
「婿殿って……ワイ、数学の教師やぞ。水出すんは専門外や」
ぼやきながらも、カイは地面にしゃがみ込み、周囲の地形を見渡す。
「でもまぁ……数学で川の流れを操ったら、なんとかなるかもな」
ヴィルヘルムが眉をひそめる。
「川は村から遠く離れている。大規模な工事になるぞ」
「水が来るまで村人が持たない可能性もある」ユリウスも言う。
ルーティアは胸を張り、堂々と宣言した。
「大丈夫ですわ! 私の旦那様なら必ず解決できます!」
「勝手に保証すなーー!」
◆◇◆
カイは頭をかきながら、板を取り出して数式を書き始めた。
水路=最短距離 × 勾配 ÷ 抵抗
「川から村までの最短ルートを測って、傾斜を計算すれば、水路が作れるはずや。あとは土質と流量の計算やな」
農民たちはぽかんと口を開ける。
「せ、先生……数字で川を動かすと?」
「せや、数字は万能や。魔法やなくても川ぐらいは動かせる」
ルーティアはうっとりと両手を組んだ。
「やっぱり私の旦那様は領地すら救うのですわ!」
「奥様モード発動すな!」
兄ヴィルヘルムが真剣な眼差しで頷いた。
「クロス殿。もし本当に水を引けるなら、この村どころか領地全体が潤う」
ユリウスも静かに口を開く。
「我らも手を貸そう。妹のためではなく、領民のために」
カイは深く息を吸い込み、村人たちへ振り返った。
「みんな、ちょっと体動かす覚悟あるか? ワイ一人やと無理や。みんなで水路作るんや」
村人たちは力なく俯いていた顔を上げ、次第に目に光を宿した。
「……やります! 婿殿先生と一緒なら!」
「水を、取り戻しましょう!」
その日の夕暮れ、カイは高台に立ち、地形をスケッチしながら数式を走らせた。
川と村を結ぶ最短のライン。
必要な傾斜と土木の作業量。
頭の中で次々と答えが導き出されていく。
「……できる。あとはやるだけや」
ルーティアがすぐ隣で微笑む。
「旦那様。やっぱり頼りになりますわ」
「頼るのはええけど、奥様呼びはやめぇ!」
こうして、村を救うための「数学水路計画」が始まったのだった。




