第37話『農園の問題発覚』【カイとルーティアの夏休み編⑥】
浜辺での賑やかな一日から数日後。
カイはルーティアや兄たちと共に、公爵領の広大な農園を視察することになった。
「ここは領内でもっとも大きな農地のひとつですわ。普段は領民が交代で働いていますの」
ルーティアが日傘を掲げながら誇らしげに説明する。
◆◇◆
見渡す限りの畑に広がるのは、麦や野菜の緑。
夏の光を浴びて揺れるその光景は、一見豊かに見えた。
「へぇー、なかなか壮観やな。ワイの地元の田んぼ思い出すわ」
「だんぼ?」
「米育てる畑や。稲作っちゅうてな……まぁその話は置いとこ」
だが、畑を管理する領民たちはどこか顔色が暗い。
一人の壮年の農夫がルーティアに駆け寄り、深く頭を下げた。
「ルーティア様……申し訳ございません。今年も収穫が芳しくなく……」
「え……そうなのですか?」
「ええ、去年に比べて三割近く減っております。このままでは冬を越せませぬ」
その言葉に、ルーティアの表情が曇る。
「そんな……でも原因は?」
「それが分からないのです。肥料も撒いておりますし、水も欠かしてはおりません」
農夫たちが口々に困惑を語る。
カイはしゃがみ込み、土を一握りしてみた。
指先で揉むと、土はぱらぱらと崩れ、妙に乾いている。
「……ふむ」
カイは少し顔をしかめた。
「カイ?」
ルーティアが覗き込む。
「お嬢、この土な、ちょっと痩せすぎや。養分抜け落ちとる」
「そんな……どうして分かるんですの?」
「見た目と手触りでなんとなくな。でも、それやと説得力足らんやろ」
そう言うと、カイは鞄からチョークを取り出し、近くの板に数式を書き始めた。
「え、畑の真ん中で数式!?」
「これがワイ流や」
カイは土壌の水分量や栄養素のバランスを変数に置き、収穫量との相関を簡単な方程式で示す。
「x=窒素、y=水分量、z=日照時間。これを掛け合わせた式が収穫量の近似値や。で、いまの数値を入れると……ほら、yが明らかに少ない」
農民たちはぽかんと口を開けた。
「な、なんと……数字で説明されると分かりやすい……!」
ルーティアは目を輝かせて身を乗り出した。
「さすが旦那様ですわ! 数字で畑まで操るなんて!」
「操っとらん! ただ分析しただけや!」
兄ヴィルヘルムが腕を組む。
「確かにこの土は去年より乾いているな。川からの水路が減っているのかもしれん」
ユリウスも頷く。
「となると、単に肥料を増やしても逆効果だ。水との比率が狂えば作物は枯れる」
カイは笑みを浮かべ、板にもうひとつの式を描く。
「せやから比率や。N:P:K、窒素・リン・カリウムの配分を1:1:1に近づければええ。さらに水分を一定に保つ仕組みを作れば……」
農民たちがざわついた。
「……我らではそんな発想は出てこなかった」
「先生は魔法だけでなく、農地まで救ってくださるのか」
ルーティアは横で頬を染め、誇らしげに言った。
「ご覧なさい、私の旦那様は領地まで救ってくださるのです!」
「いやまだ救ってへん! これからや!」
「でも、きっと救えるんでしょう?」
「……まぁ、なんとかなると思うけどな」
カイの答えに、農民たちは希望に満ちた目を向ける。
◆◇◆
その夜、公爵邸の食堂。
報告を受けたエレオノーラ夫人は静かに杯を掲げた。
「カイ先生。あなたは領民に光を与えてくれたのですね」
「まだ実行に移してへんけどな」
「いいえ。言葉だけでも、民にとっては救いなのです」
ルーティアは隣で微笑みながら、またも当然のようにカイの皿に料理を取り分けていた。
「旦那様、明日は一緒に畑へ行きましょう。きっと成功しますわ」
「旦那様言うな……でも、せやな。やるからには成功させなあかん」
心の中で、カイは静かに決意した。
(……せや。教師やからな。生徒だけやなく、領民にもちゃんと教えてやらんと)




