第36話『浜辺でバカンス②』【カイとルーティアの夏休み編⑤】
昼下がりの海は、陽光をきらめかせながら穏やかに波を打ち寄せていた。
カイとルーティア、それに兄二人も交えての水かけ合戦は一通り終わり、砂浜には笑い疲れた声が響いている。
「はぁー……あかん。もう腕上がらん」
砂浜に寝転がったカイが息を整えていると、ルーティアが浮き輪を抱えながら立ち上がった。
「カイ、まだ遊び足りませんわ! 今度は少し沖まで行ってみましょう!」
「いやいや、お嬢。あんまり沖に出たら危ないで」
「大丈夫ですわ、私、泳ぎは得意ですもの」
兄たちも「妹は昔から海で遊ぶのが好きだからな」と笑っていた。
(嫌な予感しかしないんやけどな……)
案の定。
沖に出たルーティアが、思ったより深いところに流されていた。
最初は余裕の笑みを浮かべていたが、突然大きな波が押し寄せ、浮き輪から体が外れてしまう。
「きゃっ!」
「お嬢!」
カイの心臓が跳ねた。
ルーティアが必死に水をかいているが、波にのまれて顔が沈む。
「兄様! ルーティアが!」
「クロス殿!」
叫ぶ声より早く、カイは海へ飛び込んでいた。
冷たい水の中を全力でかき分け、ルーティアの腕を掴む。
彼女の体を引き寄せ、抱きかかえるようにして必死で岸に向かう。
「しっかりせぇ! 息吸え!」
ルーティアの体は軽いのに、沈んでいく感覚が恐ろしく重かった。
波を切り裂きながら浜辺にたどり着くと、そのまま砂浜に彼女を寝かせる。
「お、お嬢! 大丈夫か!」
ルーティアは咳き込みながら、目を開けた。
「けほっ……か、カイ……」
涙で濡れた睫毛、紅潮した頬。
彼女の唇がわずかに震えている。
「くっそ……もし呼吸止まってたら人工呼吸せなあかんとこやったで……」
「……それでもよかったですのに」
「はぁ!? 何さらっと爆弾発言しとんねん!」
ルーティアは顔を真っ赤にし、しかし微笑んだ。
「だって、旦那様になら……」
「奥様ムーブ発動すなーー!」
兄二人が駆け寄ってきて、ホッと胸を撫で下ろした。
「クロス殿、見事な救助だった」
「さすがだな。妹を託せる男だ」
「託す前提で話すな!」
ルーティアは恥ずかしそうに兄たちの言葉を遮る。
「もういいでしょう! 今は……ただ、休ませてくださいまし」
カイの胸に寄りかかり、静かに目を閉じた。
◆◇◆
夕暮れ。
焚き火を囲みながら、海から上がったばかりの二人は並んで腰を下ろしていた。
波の音が規則的に耳を打ち、オレンジ色の空がゆっくりと藍色に変わっていく。
「……すまんな、お嬢。ワイがちゃんと止めとけば」
「いいえ。助けてくださったから、こうして今、カイの隣にいられるのです」
ルーティアは少し俯き、火に照らされる頬を赤らめながら続けた。
「怖かったけれど……抱きかかえられた瞬間、すごく安心しました。まるで――」
「まるで?」
「本当に旦那様に守られているみたいで」
カイは頭をかき、焚き火の火花を見つめた。
「……ほんま、アンタは一言一言が重すぎるんや」
夜空に星が瞬き始めたころ。
ルーティアはそっとカイの肩に寄り添い、波の音に耳を澄ませていた。
「カイ。夏休みが終わっても……こうして隣にいてくれますか?」
「……教師としてな」
「教師として、奥様として」
「いや最後の肩書き余計や!」
二人の声と笑い声が、夜の海に溶けていった。




