第33話『公爵家の大邸宅へようこそ』【カイとルーティアの夏休み編②】
馬車の窓の外に広がるのは、どこまでも続く庭園。
遠くに白亜の巨大な屋敷がそびえている。
門から玄関までの並木道は、馬車が三台並んで通れるほどの広さだ。
「……城かいな」
カイが思わず漏らすと、隣でルーティアが胸を張った。
「ここが私のおうち、公爵家ですわ」
「“おうち”て……桁ちゃうやろ」
馬車が停まると、玄関前で執事やメイドがずらりと並び、一斉に深く頭を下げる。
「お帰りなさいませ、ルーティア様。そして――ご主人様」
「ご、ご主人様って誰や!」
「旦那様に決まっているでしょう」
「勝手に既成事実化すなーー!」
重厚な扉が開くと、磨き上げられた大理石の床に赤い絨毯、壁には歴代の公爵たちの肖像画。
「……また映画のセットみたいや」
「えいが?」
「あ、いや芝居小屋の豪華版って思てくれ」
そんな会話をしていると、階段の上からゆったりと現れたのは艶やかな黒髪の女性。
ルーティアの母、エレオノーラ公爵夫人だった。
「ようこそ、カイ先生」
夫人の声は落ち着いていて、しかし威厳に満ちていた。
「お久しゅうございます、公爵夫人。……料亭ぶりですな」
カイが慌てて頭を下げる。
「ふふ、覚えていてくださったのね。あの夜は随分と賑やかでしたから」
「まぁ、悪党が乱入しましたからな」
「その時、あなたが魔法を無効化し、息子たちも助けられました。――私にとって、あなたはもう家族同然です」
「か、家族……!」
カイは頬を赤くし、頭をかいた。
その横でルーティアが得意げに腕を絡める。
「ご覧の通りですわ。私の旦那様です」
「誰がや!」
そこへ現れたのは、背の高い二人の青年。
ルーティアの兄、ヴィルヘルムとユリウスだ。
「クロス殿……いや、カイ先生か。戦陵祭以来だな」
「妹と共に我らを倒したあの実力、忘れてはいない」
兄二人の視線は真剣そのもの。
だが、その目に宿っているのは敵意ではなく、悔しさと同時に確かな敬意だった。
「……あの時の試合は、完敗だった。剣でも魔法でも、先生は只者ではない」
「妹を任せる価値がある男だと、認めざるを得ん」
「いやいや、まだ任される予定ないからな!? 勝手に話進めんといて!」
カイが全力で否定するも、兄二人はにやりと笑った。
◆◇◆
豪華な食堂へ通されると、金の皿に盛られた肉料理、焼きたてのパン、湯気の立つスープ。
ルーティアは当然のようにカイの皿に料理を取り分け、肉を切り分け始めた。
「はい、旦那様。お肉はこちらで」
「自分でできる言うてるやろ!」
「ダメです。奥様の務めですから」
「奥様言うな!」
執事やメイドが「まぁ、すっかりご夫婦でございますね」と微笑み、カイは頭を抱えた。
食事の後、兄ヴィルヘルムが真剣な眼差しで言った。
「カイ先生、近いうちにもう一度手合わせを願いたい」
「なんで飯のあとに決闘の予定立てるねん!」
「あの模擬戦は不完全燃焼だったからな」
ユリウスも頷く。
「妹がここまで懐く男……我らも納得したい」
「せやからプレッシャーかけんな!」
「大丈夫よ、旦那様なら誰にも負けませんわ」
「だから奥様言うなってーー!」
その夜、長い廊下を歩きながら、カイは大きく息を吐いた。
「……ほんまにワイ、ここで夏休み過ごすんか。居心地良すぎて逆に怖いわ」
ルーティアは立ち止まり、真剣に見上げた。
「カイ。ここはもうあなたの“居場所”でもあるんです。だから、安心してください」
その言葉に、カイはしばし黙り、そして苦笑した。
(……居場所、か。ワイにそんなもんできるとはなぁ)
彼の胸の奥に、ほんのりと温かい火が灯るのを感じた。




