番外編④:『本当の悪役令嬢』
王都の中心、大広間を持つ城の西翼。
赤絨毯が敷かれ、天井には純金のシャンデリアが輝き、貴族たちが華やかに集うその場で、本日――王太子レオン・アーデルハイト殿下とフィリア・エストレア嬢の「婚約の儀」が盛大に執り行われていた。
儀式は形式通りに進み、二人が王家の象徴である“蒼銀の指輪”を交換する。
そのとき、参列者の誰もが心を奪われる“場違いな存在”があった。
――いや、正確には「ふたつ」。
一人は、漆黒のドレスに身を包んだ公爵令嬢、ルーティア・フォン・ヴァレンシュタイン。
背に流れる濡れ羽色の髪、切り込むようなルビーの瞳、ドレスは緋の刺繍をあしらい、まるで炎をまとう女帝。
もう一人は、白銀の風を纏うかのごときリリシア・ノワール。
純白に近い青銀のドレスは雪解けの月を思わせ、星のような瞳が見る者を射抜く。
その立ち居振る舞いはまるで王女のように気品があり、それでいて謎めいた魅力を孕んでいた。
二人は並び立ち、ただ静かに立っているだけで、まるでこの場の空気そのものを支配しているかのようだった。
「え……あれ、ヴァレンシュタイン令嬢じゃない?」
「あっちの子は、たしかノワールって……どこの国の……?」
「いやでも、あの男の人、両腕に抱えられてるよね……?」
「うそ、誰? あの“冴えない感じの”……先生?」
周囲がざわめく中、肝心の“冴えない感じの”カイ・クロス先生はといえば、背筋を伸ばして姿勢は悪くないのに、二人の美しさに完全に“脇役”と化していた。
両脇にがっつり腕を絡められ、動くこともままならない。
「なぁ……ちょっと待て、ワイ、この場に完全に浮いてへんか?」
「黙ってください、旦那様。“浮いている”のではなく、“照らされている”のですわ」
ルーティアが真顔で言い放ち、ギュッと腕を絡める力が増す。
「その通りです、カイ先生。照らされているのに気づかないのは、太陽を見つめられない人たちと同じです」
リリシアも満面の笑みで反対側から腕を絡める。
(何やねんこの挟まれサンドイッチ状態……)
だが、騒ぎはまだ序の口だった。
◆◇◆
儀式が終わり、舞踏会へと移った後のことである。
カイは一人で壁際に下がろうとした。
――が、二人に“がっちり”と阻止された。
「少しくらい席を外させてや……」
「ダメです。旦那様は“獲物”に狙われていますのよ?」
「獲物って……ワイが?」
「ええ。“婚約式の高揚感で男にアタックしやすい”とかいうタイミング、貴族令嬢たちの定番なんですから」
リリシアの口調が妙に冷静だった。
案の定、カイに目をつけた若い令嬢たちが、一人、また一人と近づいてくる。
その瞬間――ルーティアとリリシアが“共闘”を開始した。
一人目、笑顔で話しかけようとした茶髪の侯爵令嬢がカイに声をかけようとした瞬間。
「ふふ、彼の好みは、唇に偽りのない方ですのよ?」
ルーティアが上品に微笑みながら放った一言。
令嬢の口紅が不自然に濃いのを見抜いていた。
二人目、酒を持って近づいてきた伯爵令嬢。
「先生、おひとつ……」
「毒味は済んでますか? あ、私、見た目に反して毒に詳しいんです」
リリシアがにっこりと微笑んで言った瞬間、その杯は震えて彼女の手から落ちた。
三人目。
あろうことか、背中が大きく開いたドレスで誘惑しようとした“仕掛け系”令嬢。
その令嬢がカイに近づこうとした瞬間――
パチンッ!
ルーティアが扇子を開いて、扇面で軽く“風”を起こした。
それだけで、裾がふわりと乱れて、恥ずかしげに背中を押さえる令嬢。
「風が強うございますわねぇ。お召し物がずれてしまうような……ふふ」
次の瞬間、リリシアが同調するように首を傾げて呟いた。
「背中の美しさは、内面から出るものですよ?」
――そこにあったのは、もはや“美の暴力”。
正面から美しさで戦い、言葉で圧し、視線で黙らせる。
これぞ、まさしく“本当の悪役令嬢”たちの実力だった。
◆◇◆
その後も、カイが会話しようとする相手が現れるたびに、ルーティアとリリシアは即座に“防衛行動”を展開。
「先生って呼ばれても、今夜は“旦那様”って呼ばせてもらいますわ」
「カイ先生の教室では、座る位置にも上下があるんです。……“あなた”、どこに座ってました?」
他の女性陣はひとり、またひとりと沈黙していく。
そして、ある意味被害者であるカイは、次第に壁際で小さくなっていった。
(あれや、ワイ、今日ただの的やん……)
だがその“的”は、誰よりも豪華な護衛に守られた一点突破の中心にいた。
人々は気づく。
“冴えない感じの男”の周囲に集う二人の美女。
そのどちらもが、彼にだけ向ける特別な笑顔。
彼は何者なのか?
ただの教師にしては、あまりに豪胆で、そして……羨ましすぎる。
◆◇◆
やがて舞踏会も終盤。
ルーティアとリリシアは、互いに見合って、くすりと笑い合う。
「……けっこう、脅しましたわね?」
「でも、先生が一番怖がってましたよ?」
リリシアが肩をすくめる。
「ええ、でも……」
ルーティアはそっと、カイの背中に手を回しながら言う。
「これで、“私たちの立場”は、全員にしっかり見せつけられましたわ」
「“他に入る余地はありません”って感じに?」
「当然ですわ」
二人の美しい“悪役令嬢”が、見事なコンビネーションで敵を駆逐した一夜。
誰もが――特にカイが、忘れられない夜となった。
そして。
帰り際の馬車の中。
カイがぼそりと漏らす。
「なぁ、今日……何回冷や汗かいたか分からんねんけど……」
「汗かくくらいが丁度いいですわよ、旦那様」
「……それが“本物の令嬢”の嗜みです」
窓の外、夜の王都の灯が流れていった。




