番外編①:『ゴルムと屋敷の猫の抗争』
その抗争は、ルーティアの屋敷に滞在していたある春の日に始まった。
「……通行、許可」
ゴルムが静かに呟いて、渡り廊下の角を曲がったその瞬間。
「シャァァァアアア!!」
廊下の奥から飛び出した、ふさふさの毛玉――そう、猫である。
公爵家が代々飼っている由緒正しい血統の猫、名前はマジェスティック・グレイス・オブ・シルバームーン。
長いので、みんな「グレイス様」と呼んでいる。
白銀の毛並みに金の瞳、そして――
「やたらとゴルムにだけ敵意を向けてくる」
という問題児である。
「……通行、拒否?」
ゴルムは静かに猫と向き合った。
足元に毛を逆立てて立ちはだかるグレイス様。
その背後には、妹分のチビ猫たち、サフィー、ルーナ、タマタマが続く。
圧倒的な、数の優位。
しかしゴルムは微動だにしない。
(この廊下の先にある厨房への通路は、“警備担当ゴルム”の毎朝の巡回コース)
だがそれは同時に、“猫たちの散歩ルート”でもある。
「その巨体が通ると、床板がたわむ。風圧が毛並みを乱す。空気がざわつくのよ!」
と、先日グレイス様が(ルーティア談)ご立腹だったらしい。
つまり――
猫 vs 護衛の男。
静かなる通行権をめぐる攻防が、ついに開戦したのである。
◆◇◆
第一日目。
ゴルム、軽やかなステップでグレイス様の横を通り抜ける。
「…………」
「………………ニャッ!?」
不意打ち気味に突破されたグレイス様、プライドが傷つく。
◆◇◆
第二日目。
猫たち、滑り止めマットで通路封鎖。
ゴルム、静かにそれをどけて進む。
「…………通行、再開」
猫たち、敗北の目で彼を睨む。
◆◇◆
第三日目。
猫たち、ついに**“毛玉攻撃”**を開始。
通路に散らばった抜け毛が、ゴルムの足元を滑らせようとする。
「……足元、注意」
ゴルム、わずかにスリップするも、無傷で突破。
猫たち、驚愕。
「ニャ……ニャニャニャッ!?」
◆◇◆
第四日目。
猫たち、ついに最後の手段へ。
**“鳴き落とし”**作戦発動。
「ニャ~~~~~~……ン……(通るなぁ……やめろぉ……)」
屋敷中に響き渡る、魂を震わせる切ない鳴き声。
ゴルム、心が揺れるも――
「……断腸の思い。だが、任務、優先」
心を鬼にして通過。
猫たち、ひときわ哀しげな目を彼に向けた。
◆◇◆
そして、第五日目――。
「……今日は、通らない」
そう呟いたゴルムは、廊下の前で立ち止まった。
彼は腰を下ろし、懐から一枚の布を取り出す。
――手縫いの、ふかふかの猫座布団。
「……これが、和平の証」
ゆっくりと座布団を廊下の片隅に置くと、ゴルムは静かに後ずさる。
すると、警戒していたグレイス様がそろりと近づき――
ふみふみ……と数歩、座布団の上に足を乗せた。
「……ふにゃあ」
満足そうに目を細めるグレイス様。
その後ろに、子猫たちが次々と並び、全員でふみふみ合唱が始まった。
ゴルムは、そっと頷く。
「……通行、許可」
この日から、朝の廊下パトロールは“猫たちと並んで歩くもの”となった。
猫たちが先頭、ゴルムが後ろ。
それはまるで、ひとつの隊列のよう。
以降――彼は屋敷の中で「猫将軍」と呼ばれるようになったが、本人はまったく気にしていない。
「……任務、完遂」
◆◇◆
【後日談】
「最近グレイス様、やけにおとなしくて、毎朝パトロールしてるんですの」
「なんか、巨人のあとつけて回ってるだけでは?」
「それにしても、あの人の作った“ふかふか猫座布団”が市販されたら、わたし絶対買いますわ……」
「……もう魔法具じゃん」




