第129話『魔王の手、師の手』
魔王城は、驚くほど早く再建された。
石壁の補強、空中回廊の再構成、塔の装飾の再調整にいたるまで、全てが“クロス組”の手によるものだ。
ツェイルの影術で瓦礫を分類し、カサの幻視で損壊箇所をマッピングし、双子が無限に言い合いながら骨組みを調整し、メリルが「甘いものは心を癒しますわよ」と言ってはお菓子と紅茶を配って歩く。
ゴルムはひたすら無言で石材を積み上げ、通行ルートを確保しながら、扉を一つひとつ“通行許可”した。
まるで、新しい魔王城が“仲間の手”によって生まれ変わったかのようだった。
◆◇◆
その日の夕方。
塔の最上層、かつてリリシアが育てられた私室の一室に、カイは一人呼ばれていた。
魔王が静かに立っていた。
かつての威厳はそのままに、どこか父親としての柔らかさを纏いながら。
「左手……よく動いていたな」
「はぁ。まぁ、もう飛ばんし、紅茶も出えへんけど」
カイが笑いながら、義手を外す。
肩口に差し込まれた金属の根元から外し、柔らかな皮膚の治癒痕が見える。
魔王は静かに、両手を差し出した。
「――貸してみろ。戻してやる」
その言葉に、カイの目が一瞬大きく見開かれる。
「え……?」
「“リバイア―”を、私が使う」
「でも、それは――命を削る禁呪やろ。
そないなもん、使わんでもええ。もう、慣れとるし……」
言葉を遮るように、魔王はにっこりと微笑んだ。
「私は魔王だ。数百年程度、削れてもどうということはない。
娘を救った男の体を、私が治す。
これ以上に“理”の通ったことが、あるか?」
その目を、カイはまっすぐ見つめ返す。
そして、小さく、頷いた。
魔王の手が、カイの左腕の断端に優しく重ねられる。
温かさが流れ込む。
闇の中に、澄んだ歌のような魔力が満ちていく。
「――リバイア―」
低く響く声と共に、術が発動した。
光が、カイの肩から指先へと走る。
肉が編まれ、骨が戻り、血が循環を取り戻していく。
ただ、再構築ではない。
“元通り”に、戻る。
まるで、その手は「ずっとそこにあったかのように」。
◆◇◆
数分後。
カイは、ゆっくりとその手を見つめていた。
手の甲、指の節、爪の色、掌の温かさ。
完全に、元の人間の手だ。
だが――その表情は、なぜか少しだけ、寂しげだった。
「……もう、ロケットパンチも、撃てへんのか……」
ぽつりと呟いた言葉に、部屋の入口から「ぷっ」と小さな笑い声がした。
ルーティアとリリシアが、扉の陰からそっと覗いていた。
すぐに、二人が歩み寄り、カイの両側にぴたりと座る。
「ロケットパンチ……って、結局何なんですの?」
ルーティアが小首をかしげる。
「いや、まぁ……こう、手が、飛んでな……ドーン! って行くねん」
「わかりませんわ」
「わかる必要もないんです」
と、リリシアが小さく笑いながら、カイの左手をそっと握る。
恋人繋ぎだった。
「私は……こっちの手の方が、好きです。
温かいし……ちゃんと、先生の手、って感じがしますから」
「えっ……」
カイが一瞬で顔を赤くすると、すかさずルーティアが反対側から右手を繋ぐ。
「ずるいですわよ、リリシア!
私も、握りますからね!」
両手を繋がれて、カイはもう何も言えなかった。
横で見ていた魔王が咳払いする。
「……おい、父親の前でだな……」
その言葉に、リリシアが冷静に返した。
「うるさく言うと、口きいてあげませんよ」
「……っ!?」
魔王、無言。
それを見て三人は同時に噴き出し、魔王は頭を抱えて天を仰ぐ。
「……はぁ、娘というものは……」
どこか楽しげに呟いたその言葉は、部屋の空気を、まるで春のように柔らかく包んでいった。




