第128話『理(ことわり)の三重奏』【魔王城での決戦編⑫】
三人の魔力が重なり、光が溢れ出した。
リリシアの風が、ルーティアの剣が、そしてカイの数式が――まるで音楽の三和音のように絡み合い、調和を奏でる。
浮かび上がったのは、かつてない規模の魔術陣。
空中に描かれた数式は、立体構造をとりながら旋律のように回転し、熱を持った剣の軌道と、風の結晶軌道が軌跡を描く。
「……いけるで」
カイが、片手にリリシアの風を、もう片手にルーティアの剣の加護を宿した瞬間、
三つの力が一点に収束した。
それは、まるで“世界の法則”を書き換えるかのような光だった。
中央に残る、“聲”の残骸――
形を失いながらも、禍々しい波動だけが空間に漂い、なおも誰かに取り憑こうと蠢いている。
その正体は、言葉にならない憎悪。
名前のない呪い。
意思というには不明瞭で、しかし確かに“生きて”いる。
「よし、これで……」
カイが魔術を放とうとしたその時――
◆◇◆
「……よいしょ」
ぷちっ。
カイたちの真横、ほんの三歩ほど先で、
魔王が立ち上がり、右手の親指と人差し指でその“呪いの残骸”を潰した。
あまりにあっさりと。
あまりに小さな音と動作で。
光でも雷でも剣でも風でもない。
ただの「つまみ潰し」。
「…………」
あまりの衝撃に、カイは魔術陣の光を止めた。
リリシアも、風の輪を止めた。
ルーティアも、剣を下ろした。
「……え?」
「え……?」
「い、今の音……」
三人同時に魔王を見た。
魔王はというと、潰した指を軽く振って、ちょっと気まずそうに言った。
「いや、もう……リリシアの気配も何もないから、ちょっと、な?
これ以上は悪意だけの燃えカスみたいなもんやし……えーっと……虫、的な?
そういう……」
「「「虫!?」」」
全員の声がハモった。
数秒の沈黙のあと――
「ぷっ……」
誰ともなく吹き出し始め、
「ちょ、待って……最後の最後が“ぷちっ”て……!」
「せんせぇ……あれ、ちゃんとしたラスボスですわよね……?」
「……虫ってなんやねん……!」
もう誰が何を言ってるのか分からないほど、笑いの渦が広がっていく。
リリシアは腹を抱えて膝をつき、ルーティアは剣を杖にして笑い崩れ、カイは肩を揺らしてしゃがみこんだ。
護衛団の面々も、ゴルムすらも「通行許可……いや、ちょっと面白すぎて無理……」と苦笑い。
あれだけの死闘の果てに。
全員ボロボロになって、涙も流して、力を尽くして戦って。
その最後の一手が。
「ぷちっ」である。
「……アカン。
腹よじれる……」
カイが涙を拭きながら言った。
「なんやねん……全部持っていきよったな、魔王様……」
魔王はというと、頬をかきながらぼそり。
「だって、お前らの光が綺麗すぎて、逆に手ぇ出しにくかったし……」
それを聞いたリリシアが、ぷるぷると肩を震わせ、
「もう、パパほんとに……っ……!」
ついに座り込んで大笑いした。
◆◇◆
そして、笑いがようやく落ち着いたころ。
誰もが、はっきりと感じていた。
――終わったのだと。
戦いは、本当に終わったのだと。
ルーティアが、ふとカイの隣に立ち、小さくつぶやく。
「……旦那様。
ようやく、ですね」
「ああ。
やっとや。
ほんま、よう頑張ったな」
その隣で、リリシアが目を細めた。
「この平和を、ちゃんと護れるように……また、教えてください。
先生」
「任しとき。
ワイがこの世界の数学担当やさかいな」
空は、どこまでも青く。
風は、優しく、温かく吹いていた。




