第121話『黒い羽の裏側で』【魔王城での決戦編⑤】
黒く染まった羽が宙を切り裂いた。
“声”に意識を乗っ取られたリリシア――いや、その姿はもはや魔族の完全体に近い。
巨大な黒翼、硬質化した爪、紫黒に染まる瞳孔。
「この力……この身体……!
風の理が、私の血と同調していく……っ!」
“声”はリリシアの口から愉悦を垂らし、空間そのものを振動させる風を纏って舞い上がる。
◆◇◆
一瞬後。
衝撃波。
地面が爆ぜ、砕けた石床の破片が弾丸のように飛散する。
その全てを――
「通行止めや。」
ゴルムが全身で受け止めた。
巨大な盾を広げ、受け面で風の流束を“面に流し”、真正面から“声”の斬風を遮る。
彼の脚が地にめり込み、背後の仲間たちを守るように構えたその姿は、まさに城門そのもの。
「後ろ、頼むで……先生、ルーティア様、リリシア姫を!」
◆◇◆
「了解、兄者!」
双子が飛び出す。
キルが縦に、カルが横に風の斬撃を重ねるようにして斬りかかる。
「一撃入れて、“声”を揺らすで!」
「魔術を差し込める隙、作るんや!」
しかし、“声”はリリシアの風を完全に使いこなしていた。
羽ばたき一閃、斬風を相殺。
魔族の本能と風の理、そしてリリシアの強さの全てが、今や“声”のために振るわれている。
「その程度の連携……遊びにしかならんぞ」
「遊びでも、叩き込む価値あるんや!」
斜め後方、影の中からツェイルが刃のように飛び出す。
その一撃を“声”が見切る――が、
「幻膜、展開!」
カサの幻影魔術が“声”の視界を歪ませた。
一瞬、ツェイルの位置が虚像と混ざり、風の流れが空を切る。
「通した!」
「やった!」
その隙を――
「カイ!」
「よっしゃ来た!」
ルーティアとカイが見逃さない。
ルーティアが跳躍、強化された剣技で“声”の羽根をもう一枚切り裂く。
ジャッ――!
黒い羽根の一部が千切れ、空中で黒煙となって消えた。
「ぐ……っ……く、ああああっ!」
“声”が痛みを共有しながらも、即座に風で身を翻す。
「リリシア……しっかりせえっ!」
カイの叫びが届いたか――一瞬、リリシアの表情が揺れた。
◆◇◆
だが、“声”も反撃に出る。
「お前たちの“絆”など……理に勝てると思うな!」
“声”の咆哮と共に、翼から風刃が無数に放たれる。
それはもう魔法というより、風そのものの殺意。
「全員、伏せろっ!」
ルーティアが叫ぶ。
同時に、ゴルムが全員を庇うように前に出て、盾を最大展開。
だが――
「……先生、頼む」
その風の雨の中、カイは動かなかった。
理手の指先が展開する。
術式が、空中で走り始める。
「……このままやったら、“声”にリリシアの心まで呑まれる」
その声は、穏やかで、しかし揺るがなかった。
「なら、ワイが――あの子を、“もう一度”引き戻したるわ」
◆◇◆
光が、走る。
理手の術式が、リリシアを包む。
それは攻撃ではなかった。
それは、彼女の“形”そのものに干渉する術。
カイが組み上げた数式。
それは、“戻りたがる”という概念を最大限に活用した魔術。
術式の中心は、かつての“人間のリリシア”の身体構造。
彼女が今まで選び、保ち続けた、自我の“輪郭”。
その構造を基準点として、風の理を“縮小”し、
リリシアの暴走した身体を元のサイズへ強制的に戻す式だった。
「戻りたいって思ってるはずや……せやろ、リリシア?」
術式が発動する。
黒い羽根が震え、圧縮されていく。
「なに……!? やめろ……!」
“声”が焦ったように叫ぶが――もう遅い。
光と風が重なり――リリシアの体が、元の少女の姿へと戻っていく。
翼も、爪も、角も消えていく。
魔族の姿が、崩れ落ちるように散っていく。
――同時に、カイが地を蹴った。
目の前に、意識が混濁するリリシア。
その小さく戻った身体を、後ろから、ぎゅっと抱きしめる。
「リリシア……!」
耳元で、声が届いた。
「もうええ。
もう一人で、戦わんでええんや」
その声に――微かに、リリシアの手が震えた。
そして。
「リリシア、戻って来るんや!」
カイの叫びが、風よりも深く、リリシアの心の奥底へ届いた。




