第103話『揺れる風』【魔眼の徘徊者編③】
それは午後の、風がざわついた瞬間だった。
学園の北実習区。
かつて使われていた古い訓練場の裏手で、突然の術式発動が検知された。
「敵性術式確認。三体、結界の外縁に出現」
カサの幻膜が淡く揺れる。
「ツェイル、右塔からの侵入。双子は南側の斜面!」
「挟み込みやな。――来たか、“門”の痕跡を追っとる」
カイは静かに理手を撫でた。
その指の関節が、一度だけ、軽く脈打つ。
(試すタイミングとしては、まぁ……悪くない)
「クロス組、全員配置につけ。
ゴルムは通行止め。メリル、後衛支援。カサ、視界封鎖。リリシア、風上制御。ルーティア、剣で左から回れ」
「はい!」
「先生、左腕……無理は――」
リリシアの言葉に、カイはふっと笑った。
「大丈夫や。──むしろ“左手”こそが、今回の“主砲”や」
◆◇◆
敵の一人が、訓練棟の屋根を飛び越えて現れる。
黒衣を纏い、顔を隠し、両腕に“抑制術”の環を巻いている。
言葉はない。
術師――それも、熟達者だ。
「ルーティア、背面回れ!」
「了解!」
紅の剣が光を引きながら宙を駆ける。
その間、カイは地面に膝をついて左肘を固定した。
「位置、誤差なし。
流束、通る。
角度、面に沿う……よし」
理手の掌が、外れる。
それはまるで、鍵がカチリと外れるような静かな音だった。
手首から先――つまり義手の“手の部分”が、淡く光を放ちながら浮き上がる。
「発射準備……完了や」
そして。
「──ロケットパンチ、射出!」
バシュッ!!!
小型の雷のような破裂音とともに、義手がカイの腕から射出された。
真っ直ぐに、敵の腹部目がけて、術式を描きながら飛んでいく。
指が、宙で走る。
それは数式の“筆”。
飛翔と同時に、風に文字を刻む。
「なっ──!? これは……!」
敵の術師が警戒して跳ぼうとしたその瞬間、
義手の指が空中で最後の“〆”を書き終えた。
同時に、着弾。
ズドンッ!!
敵の胸に命中した瞬間、着弾点に空間式が展開。
術式の発動タイミングは、カイの指示した遅延トリガーと完全に一致していた。
「“面の反転”──地ごと、呑めや」
次の瞬間、着弾地点を中心に半径五メートルの“空間歪曲”が発生。
まるで地面がひっくり返ったように、空間の内側へと“陥没”していく。
敵の術師は術もろとも、そこに封じ込められた。
◆◇◆
――しん……。
あまりに衝撃的な展開に、周囲が一瞬沈黙した。
メリルが、ぽかんと口を開けた。
「いまの……え?」
双子が同時に呟く。
「先生の手が…飛んだ……」
「しかも、字を書きながら……」
ゴルムが呟く。
「……空中手書き術式、搭載型飛翔式拳。
名称:ロケットパンチ?」
「今命名すな」
◆◇◆
義手は、術式に沿ってくるんと旋回し、空中を戻ってくる。
カイは左肘を前に突き出し、戻ってきた“理手”をカチンッと受け止めた。
「回収完了。誤差無し。──うん、完璧やな」
「…………」
ルーティアは、何も言わずにじっとカイを見つめていた。
その頬は、ピクリと動く。
「旦那様……それ、本気だったんですのね」
カイは肩を竦める。
「せや。冗談言うとる場合やない。これは“教師用兵装や”」
「兵装言うたら終わりですわ!!」
リリシアも、震えるような声で続けた。
「ちょ、ちょっと待って……今の飛行中、確かに……空間式を“書いてた”!? 指で!? 空で!?」
「せや。“書き飛ばし術式”。名付けて《翔筆》や」
「そっちも名付けるんですか!?」
「紅茶ユニットより優先度高かったからな。しゃあない」
「なんでそっちが通るんですの!?」
少女たちの叫びが、残響のように広がった。
◆◇◆
敵の残りは、すぐに制圧された。
だが、封じ込められた敵術師の身体には、奇妙な“痕跡”が残っていた。
指の爪に、何かを引っかいていた形跡。
それは、術式でも毒でもなく──言葉だった。
《彼女の風を、ねじれさせる》
見た瞬間、リリシアの顔がわずかに引き締まった。
「私……が狙われてる?」
カイは理手の掌を握りながら、静かに頷いた。
「“声”は君を見とる。
けどな。こっちは……ロケットパンチで返すで」
「やめてください! それで全部片付けないで!」




