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悪役令嬢が攻略対象ではないオレに夢中なのだが?!  作者: naomikoryo


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第102話『誤差の毒』【魔眼の徘徊者編②】

 翌朝、クロス組の教室はいつものざわめきに包まれていた。


 双子が机の上でバネの張力をめぐって小競り合いをし、ツェイルは窓辺の影に溶けており、カサは幻膜で投影していた構造図に静かに訂正を加えていた。


 メリルは例によって「紅茶ユニット案・第七稿」を胸に抱え、ゴルムは扉前で無言の通行許可待機。


 そして、カイは教卓の前で理手の調整を行っていた。


 だが。


「……おかしいな」


 そう呟いたのは、理手の掌を開こうとした瞬間だった。


 指先が、ほんのわずかに、意図より遅れる。


 昨日まで完璧に追従していた動きに、誤差がある。


(いや、動作タイムラグの類やない。

 これは……反応自体の“微分”がおかしい。慣性が生まれとる)


 感覚的には、指の裏側に“もたつき”のような抵抗がある。

 筋線維で言えば、癒着。

 義手で言えば、回路の“誤差”。


「……内部、どっか干渉されとるんか?」


◆◇◆


 その異常は、昼を過ぎるころには明確になった。


 黒板を理手で拭こうとした時。

 カイが握った黒板消しが、明らかに“握り返して”きた。


「……ん?」


 わずかに。ほんのわずかに。

 指がカイの指令とは“別の圧”で動いた。


「先生、今……理手、勝手に?」


 リリシアが驚いた声を漏らす。

 すぐに風を巡らせて反応を探る。


「魔力の逆流はありません。でも、内側で何かが……」


 ルーティアが顔をしかめた。


「また、敵の手か」


「せやな。……たぶん、昨日の夜中や。侵入、仕掛けられとったんやろ」


 カイは理手を机の上に置き、指をパチンと鳴らす。


「分解実習や。クロス組、全員手ぇ貸して」


「はいっ!」


「即応、了解」


「工具持ってきました!」


「紅茶ユニットだけは無事に!」


「それは後や!」


 カイは義手を外し、内部構造を一つずつ露出させていく。

 接合部、回路層、誤差調整板、魔力流束の接点――


 そして、見つけた。


「……ここやな。制御球の脇。──“虫”が入り込んどる」


 リリシアが駆け寄る。


「“毒虫式”……! 理の差異に紛れ込む、小型の式毒」


 それは紫の小さな虫のような形をしていたが、肉体ではない。

 魔力でできた“誤差のカタマリ”。


「魔界の術でも扱いは厄介。特に精密機構に対しては致命的です。

 このまま放置すれば、理手は回路ごと崩壊する」


 メリルが手を挙げる。


「除去に“粉”使ってもええ?」


「……その粉、むずむずするやつやろ」


「眠り煙でも……」


「どっちもあかん」


 カサが冷静に割って入る。


「除去には“逆理の式”を。

 この虫、理の“丸め”を逆手に取ってる。

 ならば“角”を立てて排出するしかない」


「誤差ごと押し出すってことか……面やのうて、角で勝負やな」


◆◇◆


 分解の儀は教室の隅で行われた。


 カイは右手で細かな式を走らせ、カサが投影で誤差範囲を可視化。

 ツェイルは影糸で虫の動きを止め、双子が震動機構で“揺さぶり”をかける。


 そして、リリシアが中心に立つ。


「角を尖らせて、排出。……行きます」


 彼女の風が一気に流れ込み、義手の内部で“理の角”が立ち上がる。

 毒虫式が身を捩ったように動く――が、すでに出口は塞がれていた。


「今!」


 カイの指が、理手の接点に“逆位相の式”を叩き込む。


 バチッと、空間が弾ける音。


 毒虫式が、まるで燃え尽きるように弾け飛んだ。


「……除去完了や」


 教室の全員が、静かに息をついた。


◆◇◆


 夜。

 カイの部屋のベランダ。


 理手を着け直したカイは、ゆっくりと掌を開く。

 今度は、遅延も、誤差も、どこにもない。


 指が、自分の意志と“同時に”動いている。


(……戻った)


「やっと、全部戻ってきた気ぃするわ」


 そこへ――ノックの音。

 開いた扉の向こうに、リリシアが立っていた。


「……眠れなくて」


「ワイもや。ちょうどテスト中やった」


「その手……もう平気ですか?」


「せやな、完璧や。ワイの理と、君の歌と、みんなの知恵の賜物や」


 リリシアは、迷ったように口を開きかけて、でも言葉を引っ込める。


 カイが軽く笑って言った。


「触ってもええよ?」


「え……」


「この手、君らのもんや。遠慮せんでええ」


 リリシアは、そっと近づいて、理手に手を添えた。

 あたたかさはないはずなのに、触れると、なぜか心が落ち着く。


「ありがとう、ございます……先生」


「なんや、また“甘え声”やな」


「ち、違います……!」


 慌てて顔を背けたその頬は、月の光にほんのりと染まっていた。


◆◇◆


 一方、礼拝堂跡地の裏手。

 影の中で、一人の黒衣が跪いていた。


「……除去されたか」


 女の声が冷たく響く。


「さすが、“理で戦う異邦人”。

 けれど、こちらも遊びではない。──次は、“娘”を揺らす」


 その眼は、深い闇の底で、何かをうごめかせていた。

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