表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢が攻略対象ではないオレに夢中なのだが?!  作者: naomikoryo


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

100/136

第99話『境の門へ』

 新月の夜が訪れた。

 空には星の光だけが浮かび、月の気配はどこにもない。

 それは理の境界が“ゆらぎ”を見せる時。

 風の流れが変わり、水面がゆるやかに脈打つように揺れる。

 今宵、“門”が開く。


◆◇◆


 静寂の湖畔に、四つの影が立った。

 カイ・クロス。

 ルーティア・アーデルハイト。

 リリシア・ノクターナ。

 そして護衛として選ばれた、ゴルム・ゴーレム(通行止め中)。


 他の面々は、学園内の対策として待機している。

 リスクの集中は避けるべきという、学園長の指示を受けての決定だった。


 学園長は出発の朝、カイに対してこう言った。


「“教師として”行くのならば、どんな理にも責任を負え。

 それが君の“教え”を通すということだろう?」


 その一言に、カイはただ深く頷いた。

 この世界で、自分が“教師”である意味は──命を護ること。


◆◇◆


 礼拝堂の中。

 中央の台座には、リリシアが持ち込んだ魔界の聖石が静かに光っていた。

 彼女が指をかざすと、その光が周囲のレイラインに波紋のように伝わっていく。


「……今です。門を開きます」


 その声は柔らかく、けれど震えもなかった。

 カイは隣で頷き、理手を前に出す。


「いくで。“角を撫でて、面に流す”──境界、接続式」


 数式が宙に描かれる。

 光の環がひとつ、ゆっくりと床に浮かぶ。

 リリシアの風がそれを支え、ルーティアの剣がその輪に“破られぬ線”を引く。

 ゴルムが背後に立ち、重さを場に沈める。


「魔界接続──許可申請」


 リリシアが祈るように唱え、聖石が一際強く輝いた。


 空間が、揺れた。


 まるで水面に石を投げ込んだように、教会の中に“深さ”が生まれる。

 視界の奥がゆっくりとひらき──その先に、異なる“理”の気配が滲み出た。


「──開いた」


 その声と同時に、礼拝堂の中の空気が一変する。


 冷たくも熱くもない、説明のつかない“重み”が空間に現れた。

 異界の風。

 魔界の“底”から吹き上げるようなその感触に、ルーティアが剣の柄に自然と手を添える。


「旦那様」

「大丈夫や。理は通ってる。──行こか」


 四人は一歩、門の中へと足を踏み入れた。


◆◇◆


 移動は一瞬だった。


 境の門を通った先は、空も地も霞むような空間。

 どちらが上かもわからぬ、色彩の無い霧の中。


 だが、そこに確かに“理”がある。


 地の底から伝わる魔力の流れ。

 カイの義手が、ビリ、と微かな音を立てて反応した。


「……届いとる。魔界の“歌”が、流れ込んできとる」


 リリシアがそっと進み出て、両手を前に差し出す。


「父が、この先で……治癒の術式を送ってくれてる」


 地に触れた掌の下、淡い魔法陣が浮かび上がる。

 それは人の国のものとは異なる文様で、波のように脈打つ。


「これに合わせて、先生の“理手”の式を、重ねてください」


「任せとき」


 カイはゆっくりと地に膝をつき、理手を地面に置いた。

 右手でチョークを取り出し、空に数式を描き始める。


「関節誤差、戻りたがり、魔流対応式……風の補助入りやな。リリシア、頼む」


「はい──風の歌、重ねます」


 微風が義手の周囲を包み、式が光を帯びる。


 ルーティアはその光景を少し離れた場所から見ていた。

 手のひらがじんわりと熱を帯びる。

 胸の奥に、小さな棘のような感覚が残る。


 リリシアは隣で、カイに笑いかけていた。


「先生……もし、指が全部戻ったら……また、アメちゃん、握ってもらってもいいですか?」


 そう言った瞬間、ルーティアの視線がぴくりと動いた。


(甘えた声……。なに、今の)


 カイは、ふっと笑った。


「ええで。特大サイズの用意しとくわ」


 その返事に、リリシアが笑う。


(あ……)


 リリシアは自分でも、自分が何を言ったのかよく分からなかった。

 けれど言った後、顔がぽっと熱くなっていることに気づいて、慌てて視線を逸らす。


(なんで、あんなこと……)


 横目で見たルーティアの顔が、どこかしら無表情で。

 なのに目の奥に、静かな熱をたたえていた。


(もしかして、ちょっと……怒ってた?)


◆◇◆


 その時──。


 今回の式が完了した。


 カイの義手の掌が、熱く脈打つ。

 魔界の歌と、数式の理が、重なった。


 理手の関節が、一本、また一本と音を立てて動き始める。

 金属ではない。

 生身とも違う。

 だが確かに“馴染む”感覚。


「動く……!」


 リリシアが呟いた。

 カイはゆっくりと義手を握り、五本の指を閉じていく。


「これは──」


 確かに、戻ってきている。

 失われた手の記憶。

 “戻りたがっていた”ものが、理と歌によって今、形を取り戻しつつある。


「もう少し……あと数式、組めたら……完全再現もいけるかもな」


 カイの言葉に、ルーティアがにっこりと笑った。


「ええ。

 それが終わったら……次はアメちゃんの自動補充機構を」


「紅茶が先やろ」

「そこ譲らないんですのね」


 ふたりが肩を並べて笑う、その少し後ろで。

 リリシアは、胸に手を当てていた。


(甘えたいって思った。

 でも、それが“好き”ってことなのか、まだよく分からない)


 けれど、それでも。

 あの人の手が、戻ったとき。


 その掌に、もう一度触れてみたい。

 そう思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ