『知らない世界』
人との死は大きく分けて三つに分けられる。
『自然死』『自殺』『他殺』。
分類はさらに細分化できるが、系統はこの三つから成り立つ。
そして、この四つに共通して言えることが、『死虫』とよばれる存在。生物が死を迎える予兆としてその生物に虫が憑く。
「それを呉羽達が駆除している?」
「元を辿ればそれで間違いはない。本来人口爆発と絶滅の回避の為に私たちの存在が生まれた。だが、本来虫が憑くことは自然の摂理だ。回避はできるが、私たちは積極的にはその行動はしない」
「本来……?」
「ああ、ここ最近になって『死虫』を操っている人間がいる可能性が噂されている。そうなると、人口のバランスが崩れてしまう」
「操るってことは誰かが誰かを呪い殺すようなものか。ただ、バランスってのが引っ掛かるな。そもそも基準なんてあるのか。昔に比べれば人の数は爆発的に増えているだろ」
「確かに、時代と共に私たちの先祖は調整の為にしか活動を行わなくなった」
「あー、何度も口を挟んで悪いが」
「いや、きちんと理解してもらいたい。だから遠慮はしないで訊いてくれ」
「あ、ああ」
正直、言うと全く呉羽の話は信用できないでいた。だから、そこまで純粋な瞳を向けられると戸惑ってしまう。だいたい話がオカルトすぎている。これなら、そういう設定を仲間内で楽しんでいる集団が存在しているから、その仲間に入れと言われている方が納得できる。というよりも、元はそのつもりで聞いていた。
だが、俺が与えた契約を呉羽が守るといい、呉羽が俺に与えた契約の関係上それができない。
俺が呉羽に与えた契約は二つ。
『俺に関わる人間には近づくな』
『今後俺の前に現れるときは、連絡が付いた後のみ』
逆に呉羽が俺に与えた契約は一つ。
『私の言葉を信用しろ』
だから、まだ表面上でしかないが信用しなければならない。
その事実についてはすでに呉羽に説明しているが、
『嘘だけ吐かなければいい』
そう言われていた。
「調整っていうのが分からないな。その『死虫』ってのは、自然な流れで憑くんだよな。だったら駆除事態自然の摂理に反する。裏を返せば救いたい人だけを救っているとも言い替えられる」
「なるほど。それは時代の価値観の違いだ。現代ではすべての土地は繋がっていると言えるが、過去の時代は、一つの町から町へは簡単にはいけなかった。つまりは、一つの町が滅ぶのを阻止していた」
「ああ、なるほど。人が住む環境がなくなることを調整って呼んでいたのか」
「そうだ」
「その為に勧誘をして、人数を増やしている……」
「もともと、私たちのような境遇は少数だ。それは昔からだが、存在している理由が薄くなって来ればよりその数を減らす」
「それで勧誘…………。死虫って俺は見たことないけど。話を聞く限りでは、遺伝的に受け継がれている能力なんじゃ」
「昔はそうだったが、使わなければ失うものだ。事実私たちの中には遺伝的にその能力は失っているものの方が多い」
「それは誰でも訓練かなにかで見えるようになるのか?」
「それもあるが、もっと簡単な方法がある」
「ん?」
呉羽が指さす方向にはスマートフォンが置かれていた。
「科学かよ」
「簡単だろ」
「時代って怖いな」
「はは」
初めて呉羽の笑顔が零れた。
「笑えるのな」
「ん? 当たり前だろ」
「仏頂面だからさ」
「失礼だな」
「あ、いや、悪い」
「いや、良く人に言われるから慣れたものだ。それに言われてみれば久しぶりだった様な気もする」
そのままお互いに口を開くことなく、狭い空間が強調されるように無音な時間が流れた。
その時間の中で、俺は考え込んだ。
それに気付いたのか、さっきまでの静かな態度がなくなり、呉羽は家の中をキョロキョロと見渡していた。他人の家に来るのは初めてだと行っていたから、仕方がないと放っておく。
本当なら家の場所を教えるどころか家に上げるなど論外だったのだが、高校へ戻れなくなった以上、外をうろちょろと制服姿のまま歩き回るわけにもいかず、連れてきた。
当然、誰かに見られるような真似はしていないが、これが正解なのかは俺にも分からない。でも、変な状況なのは間違いなくて、聖也だけは巻き込まない為には手段としてこれしか思いつかなかった。
「ふぅ」
とりあえず、ここまでというよりも呉羽一葉の存在の形は理解した。その上で、出会った時の事を思い出す。
呉羽は確かに出会ったとき、こう言った。
『君からは死の匂いがする』
すなわち、俺に『死虫』が憑いているということにはならないだろうか。背中がゾクリと寒気を帯びる。
『死』。
俺と聖也の両親が死んだのは、二年前。分類でいえば『自殺』か『他殺』になる。と言っても、細分化してしまえば、『事故死』になるのだが、それ以来俺は『死』というものが冗談でも作り話でも恐怖を抱かずにはいられなくなった。
なにより、俺が死ねば聖也が一人になってしまう。それが逆であれ耐えられるものじゃない。
もう二度と同じ思いはしたくないし、させたくなかった。
「それで、俺は近いうちに死ぬのか……?」
信用しきれてはいないが、俺にとっては覚悟がいる話だった。
ところが、そんな表情もするんだと思わせるほど、呉羽はきょとんとした。
「なんの話しだ?」
……あれ?
「俺から死の匂いがするとかどうとか言ってなかったか?」
「ああ、そうか。勘違いさせてすまなかった。それに関してはまた別の話だ。だいたいこれから死ぬ人間を勧誘したりはしないさ。匂いというよりも気配だろうな、その人間の周りに死虫が憑いている場合、その気配が残るんだ。……どうした?」
おそらく俺の表情は、俺が死ぬ可能性を尋ねる時とは比べ物にならないほど凍り付いていただろう。
「周り……」
聖也の思い出の姿がいくつも頭を駆け巡った。
「なぁ、その虫って今俺でも見えるか?」
そういうと、徐にテーブルに科学によって能力を与えられた眼鏡が置かれた。
「昔使っていた物だ」
「借りてもいいか?」
「ああ」
信用するしないはこの時、この瞬間から無駄になる。
それが事実であれ、虚偽であれ甲斐一輝という男は、甲斐聖也に降りかかる『死』という可能性を全て絶やさなければならない。
兄として、家族として。
俺は借りた眼鏡を掛け、ベランダから外を見た。
「う……そだろ」
世界は『死』で溢れていた。
「これもまた時代だろうな」
暫くの間、少年は知らなかった世界を、隣に立つ少女と共にただ眺め続ける事しかできなかった。




