『伝の妹』
少女を撒く事には成功した。
その代償は息を切らすほどの体力と予定していた時間だった。変質者としか言えない少女を撒くだけでは足りないと考え、俺の繋がり、つまりは弟の聖也の小学校へ近づけるわけにはいかず、遠回りをしながら逃げ続けたのだ。
元々小学校の一時限目の途中から参加することになるだろうと思っていただけに、担任に伝えた時間はズレこむだろう。仕方なく、携帯を開くとすでに担任から『大丈夫ですか?』と可愛い絵文字付きのメールが届いていた。
まぁ、少女に追いかけまわされる事情が起きた場所が場所だけに理解は早い。とりあえず、無事なことと、戻る時間が遅れることを返送しておけば大丈夫だろう。と、歩きながら携帯の操作をしていると一時限目終了のチャイムがなった。
俺はため息を吐き、想像だにしていなかった事態に嫌気がさしながらも、まずは職員室へと歩を進める。
聖也の保護者であることに間違いはないのだが、これもまた、自分の学校と同じ手続きが必要になる。高校の制服姿の俺が無闇に小学校を歩いているのは問題があるため、大人とは認識されない俺は大人の保護者とは違い手続きをしなければならない。
手続きと言っても書類に何か書いたりするわけはない。単純に、小学校にきた理由を教師に伝えるというだけのことだ。
授業も終わったということで、すでに教師の何人かは戻ってきているようだ。その中にお目当ての人間がいるのを確認し、ノックをしようと、その前に背中を誰かの指が突いた。
「やっときた」
まだ幼い声が残る、髪を二つに縛っている少女。それこそが聖也の隠し事の密告者、デンの妹の桑折リオだった。
「ああ、リオか」
「ああ、じゃないよ。折角教えてあげたのに、先生にも言っちゃったんだよ。いっちゃんがくるって」
「それで友達引き連れてきたのか」
リオの後ろには二人の女の子も付いてきていた。何度か見た事のあるリオが仲良くしている子だ。
「りおちゃんりおちゃん、この人が聖也君のお兄さん?」
「わぁ、似てるね」
「そ、いちっていうんだよ」
何度か顔を合しているような気もするけど、二人が覚えていないところを考えると、誰かと間違えているのかもしれない。それほどリオの友達とは接点がないから仕方ないし、他人である俺よりもデンが知っている方が自然だ。
「初めまして聖夜の兄の甲斐一輝です」
しかし、本人をあだ名で紹介するあたり、デンの妹と言う気がする。誰とでも対等というか、雑というか、それを声に出して言うと怒り出すだろうから言わないけど。
「イッキ?」
「いちじゃないんですか?」
ショートカットの女の子と、腰ぐらいの長さまで髪を伸ばした子が同じことで疑問を口にした。
「それはあだ名ね」
「そんなことより! ナツ先生待ってたんだよ!」
「待ってた?」
「そうだよ、ナツ先生いちが来るって教えるといつも緊張しちゃうんだもん」
「ああ、苦手意識あるみたいだからなぁ」
年下で学生の保護者なんて早々例があるわけじゃないから、扱いが難しいのだろう。申し訳ないことに、新任として小学校に赴任してから最初の教え子の中に聖也がいた。だから、教師として落ち着く前に面倒な保護者と接してもらっている。
「そういうんじゃないと思う……けど」
なぜかジトッとした目と少し怒ったような口調でリオが言うと、
「うんうん」
「それよりも、」
ロングヘアーの子が何かを言いかけ、二人が目を合わせる。
「「ねぇー」」
と口裏合わせてそれだけを言った。
さすがに歳が離れていても何を言わんとしているかはわかる。この年の女の子はなんでも恋愛に結び付けたくなる年頃だ。ただ、分かったとしても対応の仕方までは分からない俺は、どう答えるか考えていると、リオが俺の背中を押して職員室の中へと入れようとする。
「はいはい、いいから、手続きしないと時間なくなるよ」
不機嫌になるリオを見ながら、小声で何かを話し二人は俺を見ながらきゃっきゃしている。さすがにこれ以上は付き合いきれないので、押されるままに職員室へと押し込まれた。
「はいはい。それじゃあ、またね」
それだけ言うと、強めに職員室の扉は力強く閉められた。




