『ファーストコンタクト』
登校時間よりもだいぶ時間を残し、教室に入るや否や、
「この心配性めっ!」
「うるさいな、さっさと教えろ」
「そうだな。まぁ簡潔ではあるが、俺は桑折伝。『でん』じゃなく『つとむ』って読む高校二年生。妹が二人いて、まさかの下が兄弟揃って同級生という運命的なこいつ、甲斐一輝の唯一無二の親友だ」
「親切丁寧な紹介ありがとう、手間が省けたよ。それで?」
無駄に金髪で短髪の親友のデンは、欧米風に両手を天秤のようにあげ首をやれやれといった様子で横に振る。
「小学六年生の女の子って男よりも多感なんだよね」
不審な気配が漂う。
「兄とはいえ男の俺に口を開いてくれるってのは難しんだぜ」
「つまり?」
「超絶無視されましたっ! 助けてください!」
簡単な話、妹に嫌われた兄が何を尋ねようと口すら利いてくれなかった、ということだ。それはつまり世の中ではこう言う。
「おはよう役立たず。そしておはよう唯一無二の親友イチ」
デンにダメージ与えつつ会話に参戦したのは、もう一人の友人、堺真人。
「イチの親友は俺だけだ!」
「妄想は一人でやってろ」
なぜか俺を取り合う図を作りたがる二人だが、中学からの付き合いで、これでも仲が良く見えてしまうのが不思議だ。まぁ、だいたいの口論の発端の理由は、容姿が良いというのを具現化したような真人への嫉妬。日本とアメリカのハーフである真人は親譲りの金髪と整った顔立ちをしているため小中高一貫して女子に人気がある。
「おはよう、真人」
「また聖也がらみ?」
「ああ」
「だよね。デンが役に立つのは妹とのパイプ役しかないし。いっその事、番号訊いた方が早いんじゃないの?」
落ち崩れていたデンが立ち上がる。
「こらぁっ、ンなことしていいわけあるか! そしたら、俺の立場はどうなる!?」
「さすがに自分のぞんざい意義だけは理解しているね」
「ぞ、ぞんざいって言いいやがったぁあ!」
そのまま崩れるように俺の太ももに額を押し付けて泣きじゃくるのはやめてほしい。そして、その体制のまま子供の喧嘩が始まってしまう。
「マトは弓道部のマトにでもなってろよ」
「マトって呼ぶなクズ野郎」
「んだぁ、やんのかパツキン野郎!」
俺と真人は目が合うと声を揃えた。
「「お前もだろ」」
生粋の日本人の両親を持つデンが髪を染めたのは、真人のモテっぷりに憧れ真似した結果。そこから導き出されるのは金髪二人に挟まれる黒髪短髪の俺、オセロで黒がひっくり返される図。
ちらほらと見え始めたクラスメイトもその光景に慣れているのか、軽い挨拶をしては流して各々散っていく。
あまり長く二人の子供の喧嘩を引っ張っても仕方がない。というよりも、いつの間にか仲裁役を押し付けられている俺が止めない限り止める人がいないので、鞄からもらい物のお菓子を手に取り二人を鎮める。
「朝から喧嘩するなよ。アメやるから」
そういうと二人が同時のこちらを見る。
「「ありがとうお母さん」」
周囲から笑いが漏れた。
「ひっぱたくぞ」
何度だってこの展開は恥ずかしいと思ってしまうが、恒例になっているようなので仕方なく俺は付き合っていた。
そうして無駄話をしつつ、一日が始まっていく。
朝のHRが終わり、一時限目の間休みにデンの妹から携帯に情報が入ってきた。それによって朝、聖也が言おうとして止めた理由が判明する。
「あれ、どこ行くんだよ?」
移動教室でもないのに廊下へ出ようとする俺に、デンが尋ねてきた。
「職員室だよ。小学校で何があるのか分かったから、ちょっと出てくる」
「あれ、いつの間に?」
実の所、俺はデンの妹二人の番号を知っている。当然やましい気持ちはなく、小学校で必要な情報を聖也が隠した場合、密告者が必要だからだ。デンの真ん中の妹に関しては中学生なので、知る必要はなかったのだが成り行きで知る事となっている。
「情報源は一つじゃないんだよ」
その事実を知らないデンに、言えば面倒になるという理由で誤魔化し俺は職員室へと向かった。
一時限目が始まるギリギリの時間だったため、教師の何人かとすれ違う。
「失礼します」
感嘆に挨拶を済ませ入室すると、とりあえず担任に事情を説明し色々と手続きを行ってもらう。
「うん。これでOKがでました。万が一時間内に戻れない場合は連絡を私の携帯にくださいね」
「はい」
去年この途中で郊外へ出ることが問題になったが、今はもうそれも解決済みで、去年の担任から引き継ぎを受けている担任の鈴原桃花教諭は淡々と事を進めてくれた。
二年目になると慣れた手続きもスムーズに進み、校舎を出るまでものの数分。靴を履き替え校庭に出た時だった。
校舎を背にして騒がしいことに気が付く。またデンが廊下の窓辺からふざけた行動をとって目立とうとしているのかと最初は思う。だが、見上げたその生徒の人だかりの量にぎょっとする。さすがに今までも同じことがあったが、これほどの人数が集まるのはおかしい。
その人だかりの一人、真人と目が合う。逆に言えば、真人としか目が合わなかった。その理由を真人が指先を動かし、「後ろ」を見ろと指示を与えてくれる。
だが、後ろを振り向いた時にはその正体が俺の真横を横切る瞬間だった。
「君からは死の匂いがする」
長い黒髪がふわりと俺の鼻先を優雅に踊り、その少女は不吉な事を言った。
驚く事よりも少女に目を奪われてしまう。すらっとした体型に整った顔立ちは、腰よりも長い髪を際立てる。年齢は同じぐらいだろう、身長も高めで、思わず真人の隣に並べモデル顔負けのツーショットを思い描く。
「君」
少女が続けて何かを言おうとし、俺は正気に戻る。少女は制服を来ていない。つまりこの学校の生徒ではないということ、転校生の可能性はあるのだろうが、不吉なことを言う人間に関わりたいとは思はない。加えてTシャツにジーンズと簡素な恰好なわりそれに似合わない物騒な黒い筒を手にしている。
およそ長さ二メートル、太さ二十、三十センチくらいの黒筒がおそらくこの騒ぎの根源、美少女と呼べる少女の奇妙さが騒ぎを大きしている。
『おーいっ! 連絡先をっ、連絡先を訊くんだ親友っっっ! 後生だから後生だから聞いてくれっっ! つ、掴むなっっ、俺が最初に気付いたんだ、離せっ! 離せっブサイク共! 俺が一人先にリア充へと歩を進めるのがそんなに、悔しいかぁあああっ! ええい、べ、ベルトを外すな! いや、ちょ、やめ、やめってぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!』
…………どうやら違った。
親友の一人がもう一人の親友とその他の男子に取り押さえられ二階の窓辺から姿が消えるのを確認した。
視線を少女に戻す。
少女は何もなかったように俺の顔をじっと見ていた。
そして、言いかけていた言葉を口にした。
「私と一緒に来ないか?」
美少女からの誘い。
俺は間も開けずに答えた。
「ふざけんな、誰が行くか」
そう俺にはこれから大事な用事があるのだ。こんな奇抜な脳みその持ち主に時間を使っている時間はない。
捨て台詞を吐いて、聖也が隠していた時間に間に合うように走り出した。
その数秒後、後ろから嫉妬に駆られた男子の手から逃げ延びたデンの叫ぶ声が聞こえた。
「逃げろっ、イチッッッ!」
どういう意味を含んだ言葉なのかは知らないが、一応振り返って走りながら後ろを振り向いた。
「…………。はぁあああっっっ!?」
思考が追い付いた時には俺は叫んでいた。
どうせ、連絡先が己の手に入らないのなら美少女と俺が関わる接点すら奪おうとデンが叫んだものだと、おざなりに反応しただけだった。だが、予想をはるかに超えてその後方に忍び寄る変人が、黒筒を構え俺に殴りかかろうとしている姿があるとは思いもしなかった。
「嘘だろっ!」
「初めてなんだ、許せ」
俺は間一髪で屈み、頭上を通り過ぎる棍棒梳かした黒筒を避ける。
「何がだ!」
「勧誘」
意味の分からない言動に、校舎から奇妙な応援を受けながら、全力で逃げるという形で学校を後にした。
それが少女、【呉羽一葉】とのファーストコンタクトだった。




