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死神のワルツ  作者: 無限
2/11

『兄と弟』

包丁が軽快にリズムを刻むようになったのは何時の頃だっただろうか。かれこれ三年も主婦代わりをしていれば、些細なことが記憶から抜け落ちてしまうのは仕方がないことだと思い起こすこともなくなってきた。


味噌汁の味見をしながら時計を確認した俺は鍋の火を止め、色がくすんだぼろくなった襖を開ける。


「時間だぞー」


弟は一般的にいえば聞き分けのいい方だろう。それは環境が生んでしまっているから仕方がないし、それは俺にとってもありがたい事だった。


甲斐聖也、それが俺の弟の名前。小学六年生にあがり校内では一番お兄さんになっているはずの少年は瞼を閉じたまま、体を起こし欠伸をする間もなく布団をたたみ始める。俺はその様子を窺いながら通例となっている言葉を掛けた。


「まずは目を開けろ、そして、布団をどこへ持っていくんだ? トイレは布団をしまう場所じゃないぞ」


「ふぁーい」


未だ覚醒しない弟に指示を出してから朝食をテーブルに並べた。


いつもと変わらない、いつもの朝、天気も快晴で普段よりも普段らしい日だと疑うことすらなかった。


住まいは、二階建てアパート、三部屋並ぶ二階の真ん中に位置づけられる。セキュリティとは皆無の、いわばボロアパートだった。けど生活には支障はないし、アパートの住人の人たちには良くしてもらっているので、俺は気に入っていた。


そんな昭和テイストが残る部屋の真ん中で朝食を食べながら、一つの家族の会話が始める。


「最近変わったこと、もしくは報告することは?」


「んー、あ。あー最近兄さんのお母さん化が進んでいると思う」


「な、ないならないでいいよ!」


どことなくなく歯切れの悪い言い回しが、隠し事を匂わせるが、本人が隠したいと思っている事を無理やり言わせることはしない。なぜって? 弟もあと一年したら中学生になる年頃の少年だ。それをあれやこれやと聞いていいものかと思ったわけで、これが子離れの親の心境なのだと思う。さらに言えば俺は決して心配性ではない。違和感が残ってしまったことは心残りではあるが、聖也には聖也の事情があるのだろう。


だいたい小さなことで心配なんてしていられない。なぜなら多感な弟と同様、俺もお年頃の十七歳、日々考えることが多い高校生だった。


朝食後の食器を片づけながら聖也に俺の分の弁当を包んでもらい、一緒に家を出る。


鍵を掛け、


「よし、忘れ物はないか?」


「ないよ」


「帰りは夕方になると思うから」


「高校生なんだから彼女とデートぐらいしてきたら」


「とりあえず胸ぐらを掴みたい気持ちは抑えておくよ」


「そうして、大事な服に皺ができる」


「アイロンぐらい掛けれるけどな」


「その家事スキルを女の子に向けてみたら?」


「生意気もほどほどにセイヤ……なんて」


「そろそろ行こうか父さん……、この場合オヤジかな……?」


「……車に気を付けてな」


「…………」


「無言は止めろ。そして挨拶は?」


「……行ってきます。父さん母さん兄さん」


「複雑な気持ちになったよ。いってらっしゃい」


階段を下りてお互い背を向けて逆方向の学校へと向かおうとした。


「兄さん」


と、突然呼び止められた。


「ん?」


「挨拶は?」


「はは、ああ、行ってきます」


「ん、行ってらっしゃい」


生意気で、しっかりしていて、可愛い弟だった。


だから、朝の違和感がまだ心に残っていたら、解決しないと気が済まないのは仕方がないと思うんだ。スマートフォンの簡易チャットアプリが起動し、画面も見ずに打たれた文字がある人物に送られたのは、弟を見送った数秒後の出来事だった。


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