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第3話 今度は、俺から

 日曜日。


 待ち合わせ場所へ少し早めに着いた俺は、駅前の時計を確認した。

 約束の時間まで、まだ十分ほどある。


 今日は何を着ていこうか、昨日の夜は思った以上に悩んだ。

 普段から三枝と休日に出かけることはあったのに、今回は妙に落ち着かなかった。


 自分からデートに誘ったからだろうか。


 昨日も何度か、三枝とのメッセージを読み返してしまった。

 待ち合わせの時間も場所も、とっくに決まっているというのに。


 最後に届いたのは、『明日、すっごく楽しみにしてます!』という言葉だった。

 それを見て、俺も楽しみだと返信した。


 ……あのときは普通に送れたのに、いざ当日になると緊張するものなんだな。


 そう考えていると、改札の方から声がした。


「先輩!」


 振り向いた俺は、思わず言葉を失った。


 三枝が、小走りでこちらへ向かってきていた。

 淡い色のワンピースに、肩から掛けた小さなバッグ。

 普段は仕事に合わせてまとめている髪も、今日は少しだけ巻かれている。


 いつもの三枝なのに、いつもとは違って見えた。


 俺は思わず、その姿を目で追っていた。


「お待たせしました!」

「いや、俺も今来たところ」

「……どう、ですか?」


 三枝は少し照れくさそうに、自分の服へ視線を落とした。


「今日、結構頑張って選んだんですけど……」


 俺は素直に思ったことを口にした。


「すごく似合ってる。可愛いよ」


 三枝が固まった。


「…………」

「三枝?」

「……せ、先輩」

「ん?」

「朝からそんなこと言われたら、私、今日一日もちません……!」

「えっ、そんなに?」

「そんなにですっ!」


 三枝は頬を赤くしたまま、それでも嬉しそうに笑った。


「……でも、ありがとうございます。先輩も、今日すごく格好いいですよ」

「えっ、そうか?」

「はい。私のために選んでくれたんですか?」

「まあ……少しは」

「……じゃあ、お互いさまですね!」


 三枝は少し得意げに笑った。


「ちなみに先輩、私を見た瞬間、ちょっと固まりましたよね?」

「……そうだったか?」

「そうでした! 私、ちゃんと見てましたから!」

「まあ、普段と雰囲気が違ったからな」

「……それって、見惚れてくれたってことですか?」


 今度は、俺が言葉に詰まった。


 確かに、そうなのかもしれない。

 けれど、本人を前にして認めるのは、さすがに恥ずかしい。


「……否定はしない」

「…………えっ?」


 三枝の得意げな表情が消えた。


「せ、先輩!? そこは『違うよ』とか言うところじゃないんですか!?」

「違わないからな」

「……っ! ちょっと待ってください! 私、今、完全に自分で自分を追い詰めました!」


 そう言って、三枝は両手で顔を覆った。


 俺は思わず笑ってしまったが、実際には自分もかなり照れくさかった。

 普段なら、こんなことをわざわざ口にしない。


 それでも今日は、三枝に自分の気持ちを隠したくなかった。


「……もう! 今日は私が先輩をドキドキさせる予定だったのに!」

「そういう予定だったのか?」

「はい! 昨日から作戦を考えてたんです!」

「作戦って……」

「でも、開始五分で負けそうです……」


 三枝は悔しそうに唇を尖らせたあと、すぐに笑った。


「……でも、先輩に可愛いって言ってもらえたので、今日はもう半分くらい満足です!」

「まだ始まったばかりだぞ?」

「そうでした! じゃあ、残り半分も頑張ります!」


 何を頑張るつもりなのかは分からないが、三枝が楽しそうなので、ひとまず何も言わないことにした。


◇


 今日は、駅から少し離れた商業施設へ行く予定だった。

 映画を見て、昼食を取って、時間があれば近くの公園を散歩する。


 特別な計画というほどではないが、三枝と相談して決めた一日だ。


 映画館へ着くと、三枝が座席表を見ながら、ふと隅の方を指さした。


「先輩、あそこ、カップルシートですって」

「へえ。二人掛けなんだな」

「そうみたいです。普通の席より、ちょっと広いんですね」

「せっかくだし、あっちにするか?」

「……はい?」

「今日はデートなんだろ?」

「そ、そうですけど!」


 三枝は座席表と俺の顔を交互に見た。


「……先輩、私が何を言ってるか分かってます?」

「カップルシートの話だろ?」

「分かってるなら、もう少し恥ずかしがってくださいよ!」

「いや、三枝が勧めたんじゃないのか?」

「ちょっと言ってみただけです!」


 三枝は真っ赤になりながら、座席表をもう一度見た。


「……でも、いいんですか?」

「三枝が嫌じゃなければ」

「嫌なわけないじゃないですか……!」


 最後の方は小さな声だった。


 結局、俺たちはカップルシートを選んだ。


 チケットを購入してから、三枝が隣で小さく拳を握った。


「……よしっ」

「何が?」

「いえ! 今日は私も頑張ろうと思いまして!」

「さっきも言ってたな、それ」

「先輩ばっかり余裕なのは、悔しいじゃないですか」

「余裕ってほどでもないけど」

「じゃあ、ちょっと失礼します!」


 三枝が、俺の腕にそっと自分の腕を絡めてきた。


「……三枝?」

「今日はデートですから! これくらい、いいですよね?」


 そう言って、こちらを見上げてくる。

 少し赤くなった頬とは裏腹に、表情は得意げだった。


 腕に伝わる感触が気になり、俺は一瞬、返事に困った。


「……ああ。いいよ」

「……えへへ。じゃあ、このまま行きましょう!」


 三枝は嬉しそうに歩き始めた。


 俺も隣を歩きながら、いつもより距離が近いことを意識していた。

 さっきまで普通に話していたはずなのに、腕を組んだだけで、何だか落ち着かない。


「……先輩?」

「ん?」

「今、ちょっと照れてます?」

「……まあ、少しは」

「やった!」


 三枝が嬉しそうに笑った。


「ついに先輩をドキドキさせることに成功しました!」

「そんなに嬉しいのか?」

「もちろんです! 私ばっかりじゃ、不公平ですから!」


 そう言ってから、三枝は腕を組んでいることを改めて意識したらしい。

 自分の手元を見て、急に口数が減った。


「……三枝?」

「……あの、先輩」

「どうした?」

「成功したのはいいんですけど……私も、思った以上にドキドキしてます……」

「……そうか」

「……はい」


 結局、二人とも少し黙ったまま、上映時間までの数分を過ごすことになった。


 ……何をやってるんだ、俺たちは。


 そう思いながらも、腕を離してほしいとは思わなかった。


◇


 上映前、隣に座った三枝は落ち着かない様子で、何度も肘掛けの位置を確認していた。


「三枝、どうかした?」

「い、いえ! 何でもありません!」

「狭い?」

「むしろ近すぎて困ってます!」

「じゃあ、普通の席に変えるか?」

「変えませんっ!」


 即答だった。


 俺が思わず笑うと、三枝は少しだけ頬を膨らませた。


「……先輩、最近ちょっと意地悪です」

「そうか?」

「そうです! 私ばっかりドキドキしてる気がします」

「……俺も、いつもどおりってわけじゃないけどな」

「……え?」


 三枝がこちらを向いたところで、場内の照明がゆっくり落ち始めた。


「……先輩、今の、どういう意味ですか?」

「映画、始まるぞ」

「ちょっと! そこで終わらせるんですか!?」


 三枝は小声で抗議してきたが、予告映像が始まると慌てて前を向いた。


 その横顔を見ながら、俺は少しだけ笑ってしまった。


 映画は、三枝が見たがっていた恋愛作品だった。


 上映中、隣から小さな物音がしたので、俺は一度だけ視線を向けた。

 三枝がハンカチで目元を押さえている。


 どうやら、感動する場面だったらしい。


 俺も画面へ視線を戻したが、その後も隣の様子が少し気になってしまった。


 映画が終わったら、感想を聞いてみよう。


 そんなことを考えていた。


 上映が終わって明るくなったところで、三枝がこちらを向いた。


「先輩、どうでした?」

「面白かったよ。特に最後の展開がよかったな」

「ですよね! でも、私、途中のあの場面が一番好きでした」

「ああ、主人公が相手の気持ちに気づくところ?」

「そうです! ずっと好きだって言われてたのに、ようやく気づくんですよ!」

「……そういう話だったな」

「先輩、あの主人公、どう思いました?」

「まあ、ちょっと鈍感だったな」

「…………」


 三枝が黙った。


「……三枝?」

「いえ。先輩がそれを言うんだなあ、と思いまして」

「……何か言いたいことがあるのか?」

「ありませんよ? ぜーんぜん、ありません!」


 満面の笑顔だった。

 ただし、目だけは妙に真剣だった。


「……悪かったな、鈍感で」

「自覚があるなら、改善の余地がありますね!」

「何の話だよ」

「映画の感想ですよ?」


 絶対に違う。


 俺が苦笑すると、三枝もつられて笑い出した。


「……でも、先輩」

「ん?」

「最後に主人公がちゃんと自分から告白したの、よかったですよね」

「ああ。あそこはよかったな」

「……私も、ああいうの、憧れます」


 三枝はそう言ってから、少し照れたように笑った。


「……まあ、私は先に告白しちゃいましたけど」

「……そうだな」

「後悔はしてませんよ? 先輩に好きって言えたの、嬉しかったですから」


 その言葉を聞いて、俺は改めて思った。


 三枝は、俺の返事をずっと待ってくれている。

 それなのに、今日もこんなに楽しそうに笑ってくれている。


 いつまでも、その優しさに甘えていていいわけではない。


◇


 昼食の店では、三枝が俺の皿を覗き込んできた。


「先輩、それ美味しそうですね」

「一口食べる?」

「えっ、いいんですか?」

「気になるんだろ?」

「……じゃあ、お言葉に甘えて」


 三枝は少し迷ってから、俺が取り分けた料理を口に運んだ。


「美味しいです!」

「だろ?」

「……先輩と一緒だと、何でも美味しく感じます」

「それは大げさじゃないか?」

「大げさじゃないですよ?」


 三枝は笑っていたが、その言葉が妙に心に残った。


「じゃあ、三枝のも一口もらっていいか?」

「もちろんです! どうぞ!」


 三枝は嬉しそうに自分の皿をこちらへ寄せた。


 俺が料理を取り分けようとすると、彼女がふと動きを止めた。


「……先輩」

「ん?」

「これって、もしかして……」

「何だ?」

「……あーん、してほしいってことですか?」

「違う!」

「えー、違うんですか?」

「普通に取り分けようとしてるだろ!」

「……なーんだ。ちょっと残念です」

「残念なのかよ」

「はい!」


 即答された。


 俺が呆れていると、三枝は悪戯っぽく笑った。


「……じゃあ、私からお願いしてもいいですか?」

「何を?」

「……あーん、です」


 今度こそ、俺は言葉に詰まった。


 店内にはほかの客もいる。

 向かいの席で三枝は期待するようにこちらを見ているが、さすがに恥ずかしい。


「……三枝、ここ店だからな?」

「分かってますよ。冗談です!」


 三枝は笑いながら、自分のフォークを持ち直した。


「でも、先輩がそんなに慌てるの、珍しいですね」

「……誰のせいだと思ってるんだ」

「私です!」


 まったく反省していない。


 けれど、楽しそうに笑う三枝を見ていると、こちらまで笑ってしまう。


 食事を終えて店を出たあと、三枝は俺の隣へ小走りで追いついてきた。


「先輩、次は公園ですよね?」

「ああ。ここから歩いて十分くらいかな」

「じゃあ、少し遠回りしてもいいですか?」

「何か見たいものでもあるのか?」

「いえ。先輩と、もう少し一緒に歩きたいだけです!」


 三枝は当たり前のようにそう言って、俺を見上げた。


「……それなら、遠回りするか」

「はいっ!」


 嬉しそうに笑った三枝が、俺の隣に並ぶ。


 彼女はさっきから、俺の歩幅に合わせて歩いていた。

 俺が少し速度を落とすと、三枝もゆっくりになる。


「……先輩?」

「ん?」

「今、私に合わせてくれました?」

「まあ、歩く速さくらいはな」

「……えへへ。ありがとうございます」


 三枝は照れくさそうに笑った。


 その笑顔を見て、俺も自然と笑っていた。


◇


 午後は、近くの公園を歩いた。


 天気がよく、遊歩道には散歩をする人や、ベンチで休む家族連れの姿があった。

 三枝は隣を歩きながら、時々俺の方を見る。


 最初は何か話したいことでもあるのかと思った。

 けれど、声をかけても「何でもないです」と笑うばかりだ。


 しばらくして、俺は気づいた。


 三枝の視線が、俺の顔ではなく、手元へ向いていることに。


 歩く速度を少し落とすと、三枝もそれに合わせてゆっくり歩いた。

 彼女の指先が、俺の手の近くまで来る。


 けれど、触れそうになったところで、すっと離れてしまう。

 それが二度、三度と続いた。


 ……もしかして。


 俺は自分の右手を見た。


 三枝は、手をつなぎたいのだろうか。


 そう思った瞬間、胸が少し速く鳴った。


 今までにも、三枝と並んで歩いたことは何度もある。

 けれど、手をつないだことはなかった。


 もし、今つないだら。


 そう考えたとき、不思議と嫌だとは思わなかった。


 むしろ、俺もつないでみたい。


 さっき映画館へ向かうときには、三枝の方から腕を組んできた。

 あのときは驚いたが、彼女が離れたあと、少し物足りないと感じたことを思い出す。


 今度は、俺の方から手を伸ばしてみたい。


 そう思っている自分に気づいた。


「……三枝」

「は、はいっ!」


 三枝が勢いよく顔を上げた。

 俺は少しだけ迷ってから、右手を差し出した。


「……手、つなぐか?」


 三枝の目が、大きく見開かれた。


「い、いいんですか!?」

「ああ。俺もつなぎたいし」


 自分で言ってから、急に恥ずかしくなった。

 けれど、言葉を取り消す気にはならなかった。


 三枝はしばらく俺の手を見つめ、それから恐る恐る指先を伸ばした。

 小さな手が、俺の手に触れる。


 俺がそっと握ると、三枝もきゅっと握り返してきた。


「……先輩」

「ん?」

「……嬉しいです」


 三枝は俯いたまま、小さな声でそう言った。


 俺も、嬉しかった。


 ただ手をつないで歩いているだけなのに、さっきまでとは違う緊張があった。

 隣にいる三枝の体温が伝わってきて、何を話そうか考えていたはずなのに、言葉がなかなか出てこない。


 しかも、三枝はときどき俺の手を握り直してくる。

 そのたびに指先が触れ合い、思わず意識してしまった。


「……三枝」

「はい?」

「そんなに握り直さなくても、離さないぞ?」

「……っ!」


 三枝が真っ赤になった。


「だ、だって……! ちゃんとつながってるか、確認したくて……!」

「確認?」

「……嬉しくて、まだ信じられないんです」


 三枝はつないだ手を見つめた。


「私、先輩と手をつなぐの、ずっと憧れてたので……」


 その言葉に、胸が温かくなった。


 俺にとっては今日初めて意識したことでも、三枝はずっと前から願っていたのかもしれない。


 そう考えると、握った手を簡単には離せなかった。


「……じゃあ、今日はしっかり確認してくれ」

「……え?」

「ちゃんとつないでるから」


 三枝は俺の顔を見上げ、それから嬉しそうに笑った。


「……はい!」


 その笑顔を見て、俺も自然と笑っていた。


 公園の出口が近づいたころ、三枝が少しだけこちらを見上げた。


「……先輩、手、離した方がいいですか?」

「どうして?」

「人も増えてきたので……」

「別に、離さなくていいだろ」

「……っ、はい!」


 三枝は嬉しそうに笑い、つないだ手に少しだけ力を込めた。

 俺はその手を握り返し、隣を歩く三枝を見た。


 いつもと同じ笑顔だった。


 けれど今日は、その笑顔を見ているだけで、胸が落ち着かない。


 彼女の方から手を離そうとしたとき、少し寂しいと思った。

 人が増えたからといって離す理由はないと答えたのも、俺自身がこのまま歩いていたかったからだ。


 これまで、三枝と一緒にいるのは楽しいと思っていた。

 けれど、今日の気持ちはそれだけでは説明できない。


 俺は三枝と、こうして手をつないで歩きたい。


 明日も、その先も。


 その相手は、三枝でなければ嫌だ。


 そこまで考えたところで、ようやく答えが出た。


 俺は、三枝のことが好きなんだ。


 後輩としてではなく、一人の女性として。


 彼女と恋人になりたい。


 そう思っていることを、もう否定する理由はなかった。


 三枝が休んでいたあの一週間も、今日、自分からデートに誘ったことも、今なら全部つながる。


 俺はつないだ手を、もう一度そっと握り直した。


「……先輩?」

「いや、何でもない」

「……ふふっ。変な先輩」


 三枝は笑って、俺の手を握り返した。


 ……今日、ちゃんと伝えよう。


 そう決めた。


◇


 夕方になり、俺たちは駅へ戻ってきた。


 楽しかった一日も、もうすぐ終わる。

 三枝とつないだ手は、まだ離していなかった。


「先輩、今日はありがとうございました」

「こちらこそ。楽しかったよ」

「私もです。すっごく楽しかったです!」


 三枝は笑ってから、少しだけ寂しそうに改札の方を見た。


「……もう帰る時間ですね」

「そうだな」


 俺も、名残惜しかった。


 けれど、今日はこのまま別れるつもりはなかった。


 駅へ戻る途中から、何度か告白の言葉を考えていた。

 あのときの返事を、今度は俺から伝える。


 そう決めていたはずなのに、いざ口にしようとすると、思った以上に緊張した。


 三枝は何も知らずに、俺の隣で改札を見ている。


 俺はつないだ手を少し握り直し、彼女へ声をかけた。


「三枝」

「はい?」


 俺は彼女の方へ向き直った。


「少し、話してもいいか?」

「……はい」


 三枝も何かを感じ取ったのか、真剣な表情になった。

 俺は一度、息を整えた。


「前に、三枝が俺のことを好きだって言ってくれただろ」

「……はい」

「あのとき、すぐに返事ができなくてごめん」

「いえ……先輩がちゃんと考えてくれてるの、分かってましたから」


 三枝はそう言って、俺を見つめた。

 その目から逃げずに、俺は言葉を続けた。


「ずっと、三枝と一緒にいるのは楽しかった。でも、それが恋愛として好きなのかどうか、自分でも分からなかったんだ」

「……はい」

「だけど、最近になって、少しずつ分かってきた」


 つないだ手に、少しだけ力を込める。


「三枝がいないと寂しいし、会えると嬉しい。自分から一緒にいたいと思うし、今日だって、まだ帰りたくないと思ってる」


 三枝の瞳が揺れた。


「……先輩」

「今日、手をつないでみて、はっきりしたよ」


 俺は彼女の顔をまっすぐ見た。


「三枝。俺は、君が好きだ」


 三枝が息を呑んだ。


「後輩としてじゃなくて、一人の女性として好きだ。だから……俺と付き合ってくれませんか?」


 言い終えた瞬間、心臓がうるさいほど鳴っていることに気づいた。


 三枝は何も言わなかった。

 ただ、俺を見つめたまま、目に涙を浮かべていた。


「……三枝?」


 心配になって声をかけると、彼女は慌てて首を横に振った。


「ち、違うんです……! 嫌とか、そういうんじゃなくて……!」


 三枝は空いている方の手で目元を押さえた。


「……嬉しくて……どうしたらいいか、分からなくて……」


 その声が震えていた。


「私……ずっと、先輩のことが好きだったんです」

「うん」

「一年半も、好きで……でも、先輩は全然気づいてくれなくて……!」

「……ごめん」

「本当ですよ! 何回も、何回も、気づいてほしくて……!」


 三枝は涙を拭いながら、それでも笑った。


「でも……諦めなくて、よかったです」


 俺の手を、強く握り返してくる。


「……はい。こちらこそ、よろしくお願いします!」


 その返事を聞いた瞬間、胸の奥が一気に軽くなった。


 俺は、つないだ手を握り返した。


「……ありがとう、三枝」

「もう、三枝じゃなくてもいいんですよ?」

「え?」

「だって……恋人になったんですから」


 三枝は少し照れくさそうに笑った。


「私も、先輩のこと……名前で呼んでみたいです」


「直人でいいよ」

「……っ!」


 三枝は一度深呼吸した。


「な、なお……っ!」


 そこまで言って、顔を真っ赤にして俯いてしまった。


「……む、無理です……!」

「えっ?」

「い、今はまだ、恥ずかしくて……!」


 俺は思わず笑ってしまった。


「無理しなくていいよ。呼びやすいように呼んでくれれば」

「……じゃあ、しばらくは高瀬さんで……」

「分かった」


 三枝はほっとしたように息を吐いた。

 それから、少しだけ不満そうに俺を見る。


「……高瀬さんは?」

「俺?」

「私のこと、何て呼んでくれますか?」


 そう言われて、俺は彼女の顔を見た。


「……美月」


 三枝が固まった。


「…………っ!」

「……どうした?」

「も、もう一回……!」

「美月」

「……っ、ああもう……!」


 三枝は両手で顔を覆おうとして、俺と手をつないでいることに気づいたらしい。

 結局、空いている方の手だけで頬を押さえ、真っ赤になっていた。


「……幸せすぎて、どうにかなりそうです……」

「大げさだな」

「大げさじゃありません!」


 そう言ってから、三枝――美月は、嬉しそうに笑った。


「……高瀬さん」

「ん?」

「私、もう遠慮しませんからね?」


 どこかで聞いた言葉だった。


 あの日は、どう返せばいいのか分からなかった。

 けれど今なら、迷わず答えられる。


「ああ。俺も、もう遠慮しないよ」


 美月は一瞬驚いた顔をして、それから満面の笑みを浮かべた。


「……はいっ!」


 つないだ手が、もう一度きゅっと握られる。

 俺も、その手を握り返した。


 今度は、俺から。


 これから先も、彼女と一緒に歩いていきたいと思った。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


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ありがとうございました!

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