騒動の裏側 2
最初の発見から数日後。
『Treasure Radar』の運営事務局は、第2回「優先調査ライセンス」の入札を正式に告知した。
今回、対象となるのは日本国内の離島に関する情報だった。
公開資料には、島の地形と歴史的背景に関する概要が記されている。かつて軍事施設が置かれていた地域であり、
現在も当時の構造物の一部が残っているとされる場所だ。
ただし、提供されるライセンスの対象は、あくまで特定区域に関する解析データと位置情報、関連資料に限られていた。
土地そのものを取得できるわけではない。発掘を自由に行える権利が付与されるわけでもない。ましてや、その場所に歴史的価値のある遺物が確実に存在するという保証すら存在しなかった。
それでも、複数の組織が入札への参加を本格的に検討し始めていた。
第一の発見によって、『Treasure Radar』が示した地点から実際に調査価値のある物体が見つかったという事実は、すでに世界中へ広まっていたからだ。
だが、各組織の内部では慎重論も根強く渦巻いていた。
前回の成功が、今回も繰り返されるとは限らない。仮に遺物が見つかったとしても、その学術的価値や保存状態はまったくの未知数だ。現地調査の膨大な費用に加え、専門家の手配、輸送、保存処理、厳格な法的手続きなど、落札後に必要となる支出も決して少なくない。
単に入札価格の数字だけを見て判断できるような、生やさしい案件ではなかった。
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欧州の「ヴェルナー財団」本部では、入札に向けた最終幹部会議が開かれていた。
重厚なオーク材のテーブルの端には理事長のヴェルナーが座り、対面には財務責任者、法務担当者、そして歴史資料部門の最高責任者が居並んでいた。
壁面の大型モニターには、ライセンスの概要と厳格な入札条件が映し出されている。
「今回の対象について、歴史資料部門の見解を聞かせてくれ」
理事長が重々しく口を開いた。資料部門の責任者は、手元のファイルを静かに閉じた。
「現時点では、具体的な遺物の存在を確定できる証拠はありません。しかし、地形と過去の施設配置に関する補正データには、調査候補として検討するに十分な価値があります。……問題は、購入を正当化できるだけの確実性があるかどうかです」
「つまり、今回も保証は一切ない、ということだな?」
「はい。ライセンスはあくまで調査候補を絞り込むための『情報』を取得するものです。発見そのものを買い取るわけではありません」
続いて、財務責任者が資料を差し出した。
「それに、落札価格以外のオーバーヘッドも考慮する必要があります。現地での調査許可取得、機材と人員の移動、保存設備の確保。もし遺物が見つかった場合、その分析と修復にかかるコストも計り知れません」
理事長は無言で資料を見つめた。
ヴェルナー財団は、歴史的資料の保存と研究支援を目的とする国際的な組織だ。単に珍しい骨董品を手に入れて誇示することが目的ではない。重要な発見を適切に保護し、研究を支え、その成果を人類の知性として社会へ還元することにこそ存在意義がある。
だからこそ、今回の入札には巨大な意味があった。もし本物の資料が眠っていれば、財団が長年取り組んできた研究分野に革命的な一手をもたらす可能性がある。だが、どれほど魅力的であれ、莫大な資金を投じる以上は単なる期待感だけで走るわけにはいかなかった。
「入札の上限額を再確認しよう」
理事長の言葉を受け、財務責任者が示された数字は、数千万ドル――日本円にして数十億円に相当する額だった。通常の研究予算の枠組みを根底から破る規模である。
「この金額は、あくまで『情報ライセンス』に対する対価です。発見される現物の価値を保証するものではありません」
財務責任者が釘を刺すように言った。
「承知している」
理事長は深く頷いた。
「だが、我々が本当に評価すべきは、物体一つの市場価値ではない。もしこの情報が、これまで誰も踏み込めなかった歴史の空白を埋める鍵になるのなら、その学術的な価値は金銭に換算できるものではないはずだ」
重厚な決意に満ちた言葉を受け、参加者たちは再び静かに資料へ目を落とした。
こうして、彼らは入札への参加を正式に決定した。ただし、あらかじめ定めた限度額を1ドルたりとも超えないことを絶対条件として。
入札開始時刻。
専用の暗号化システムを通じ、世界中の巨頭たちが次々と金額を提示していった。
北米の強力な投資ファンド、欧州の歴史保護組織、中東の資金グループ、そしてヴェルナー財団。
モニター上の数値は、猛烈な勢いで跳ね上がっていく。
三千万ドル。
四千万ドル。
五千万ドル。
画面が更新されるたび、各組織の担当者たちは極限の緊張感の中で判断を迫られた。
このオークションで競われているのは、定められた範囲の解析情報を、契約条項に従って利用する限定的な権利だ。
情報の独占期間、第三者への共有制限、提供データの範囲――それらの複雑な条件をすべて精査した上で、各大人が巨額の資金を投入している。
ヴェルナー財団の入札担当者が、静かに理事長へ視線を投げかけた。
「現在、六千万ドルです」
理事長はモニターを見つめた。すでに事前に想定していた上限に達しつつある。
財務責任者が低い声で呟いた。
「ここから先は、研究上の期待値ではなく、組織の資本そのもののあり方を問われる領域です」
理事長はしばし目を閉じ、思索を巡らせた。そして、揺るぎない声で命じた。
「七千万ドルだ。……ただし、これが我々の最後の提示だ」
担当者の指先がキーボードを叩く。
緊張の数秒が流れた後、画面に決定的なメッセージが表示された。
――【落札:ヴェルナー財団】
最終金額、七千万ドル。
日本円にしておよそ百五億円。会議室に、深い溜め息とピンと張り詰めた緊張が交錯した。
「落札……完了しました」
担当者の報告に対し、理事長は浮かれることなく、すぐに厳格な表情を取り戻した。
「直ちに契約の最終確認に入れ。支払い条件と情報の提供範囲を再精査し、現地調査の手続きを迅速に進めるのだ。金額がどれほど巨額であろうと、法と規則の手順を一切省いてはならない」
百五億円という数字は壮絶だった。だが、それ自体は成功を意味しない。本当の評価は、手に入れた情報がいかに正確であり、そこからどのような歴史的事実を掘り起こせるかによって決まる。
財団の幹部たちは、自分たちが本当の試練のスタートラインに立ったことを強く自覚していた。




