オークション
オークション開始――わずか1秒後。
――ビシィッ!
画面の入札カウンターが、弾かれたように弾んだ。
【入札状況・リアルタイム更新】
17:00:01 $ 1,000,000 (約1億5,000万円) - 欧州・文化財保護コンソーシアム
17:00:15 $ 5,000,000 (約7億5,000万円) - 北米・民間歴史財団
17:01:00 $ 15,000,000(約22億5,000万円)- 中東・石油資本投資グループ
17:03:30 $ 40,000,000(約60億円) - 国際合同研究コンソーシアム
「あはは! いいわ、いい上がり方ね!」
ルナは椅子に深く身体を預け、紅茶を一口飲みながら画面の数字を眺めた。
世界中の大富豪、巨大財団、国家レベルの研究機関の代理人たちが、モニタの向こうで血眼になり、札束で殴り合っている。
かつては大砲と剣で血を流して奪い合った「財宝の価値」が、今や世界中の富豪たちの欲望によって、桁違いの数字となって画面を埋め尽くしていくのだ。
「もっと積み上げなさい。私のお宝の価値は、そんなものじゃないわよ?」
カウントダウンが残り1分を切る。
最終的に画面に叩きつけられた最高入札額は――
『 70,000,000 ドル(約105億円) 』
落札したのは、世界屈指の資産規模を誇る文化財保護財団と、大手テクノロジー企業が組んだ合同コンソーシアムだった。
画面の隅に『一時決済承認完了』の文字が躍る。
数千万円規模の手数料と着手金が、ルナの用意した海外の極秘口座へ即座に流れていく。
105億円。
高校生の小遣いどころか、一国の国家予算の一部に匹敵する大金だ。
だが、ルナの瞳に動揺は一切なかった。
「金額は合格点ね。……でも、まだ契約書にサインはしてあげないわ」
ルナは落札者の画面に向かって、不敵な笑みを投げかけた。
高額を積んだからといって、そのまま従うようなルナではない。あえて返信を焦らし、相手の足元を見て自分の有利な状況に持ち込んでいく。
「大金を払ったからって、私を自由に動かせると思ったら大間違いよ。主導権はいつだって、私にあるんだから」
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105億円の入札から三日。
海野ルナのスマートフォンには、その間も世界各国の研究機関、投資家、財団、報道機関から連絡が絶え間なく届いていた。
追加の座標情報を購入したいという申し出。調査への協力を求める依頼。共同事業の提案。そして、ルナ本人への取材依頼。その数は、すでに個人で対応できる範囲をとうに超えている。
しかし、ルナは一切焦っていなかった。
彼女が最初に考えたのは、次の宝を探すことでも、さらに高額な取引を成立させることでもない。
自分がいなくても事業が淀みなく回る『仕組み』を作ること――それこそが、幾多の波濤を潜り抜けてきた船長としての彼女の判断だった。
「船長が航海士から会計係まで全部兼ねる船なんて、いつか必ず沈むもの。ましてやここは海じゃないわ。帳簿の一行で沈むことだってあるんだから」
ルナは届いたメールの一覧を閉じ、手帳に新しい項目を書き込んだ。
法人設立。契約管理。税務。知的財産の保護。情報セキュリティ。未成年者の契約上の問題。
最後の項目には、特に大きく赤い丸をつけた。
前世で数々の国や商人を相手にしてきた経験があるとはいえ、現代の複雑な法律まで記憶だけで乗り切れるわけではない。ましてや、いまの自分は十六歳の女子高校生なのだ。
「力を持ったなら、その力を扱うための確かな船組(仕組み)も必要ね」
そう呟いたルナは、国際取引と企業法務に詳しい弁護士を探し始めた。
放課後。都心の高級ホテルにあるラウンジで、彼女は一人の男と向かい合っていた。
三十代半ば。隙のないスーツに身を包み、落ち着いた物腰を湛えた男――大手企業の国際取引や複雑な契約案件を数多く担当し、現在は独立して活動している弁護士・神坂である。
彼はテーブルに置かれた資料を慎重にめくっていた。
そこには『Treasure Radar』の事業概要、これまでの入札記録、情報の提供方法、そして今後予定されている取引の一覧が整然とまとめられている。
ただし、資料には一つの重要な注意書きが明記されていた。
『提供するのは、調査候補地点に関する位置情報および関連資料であり、土地の所有権、発掘許可、発見物の所有権を保証するものではない』
神坂は、その一文を静かに指でなぞった。
「……ここは、きちんと区別しているんですね」
「当然でしょう?」
ルナは優雅に紅茶のカップを置いた。
「場所を知っていることと、その場所を自由に掘れることは別。そこに何かが埋まっていることと、それを自分のものにできることも別よ。そんな基本を取り違える相手に、私の情報は売れないわ」
神坂は顔を上げた。目の前にいるのは、制服姿の少女だ。
だが、その説明には一切の曖昧さがない。自分の事業がどこまでの権利を提供し、どこから先は買い手自身がリスクと責任を負うのかを、明確に理解している。
もちろん、取引ごとにクリアすべき問題は山積みだ。各国の法律、文化財に関する規制、土地の権利関係。だからこそ、彼女には神坂が必要だった。
「それで、私に何を依頼したいのですか?」
「私の顧問弁護士になってほしいの。国際取引の契約確認、日本での事業体制の整備、それから情報を守るための法的な仕組みづくり。必要なら、信頼できる税理士や会計士、セキュリティの専門家も紹介してちょうだい」
「報酬については?」
「仕事の範囲と責任に見合う額を提示して。必要な人材への報酬も、予算を組んで確保するわ。安く済ませるつもりはないけれど、理由もなく大金をばらまく趣味もないの」
神坂は思わず小さく笑った。十六歳の依頼人から出る言葉としては、ずいぶんと現実的で頼もしい。
「一つ、先に申し上げておきます」
神坂は資料を閉じ、真剣な表情になった。
「あなたは未成年です。契約の種類や内容によっては、親権者の同意などを含め、法的な確認が必要になります。また、巨額の入札があったからといって、その全額が直ちにあなた個人の自由に使える資金になるわけではありません。契約条件、支払い時期、税金、調査にかかる費用、その他の義務を確認する必要があります」
「ええ。だから先生を呼んだのよ」
ルナは涼しい顔で答えた。
「私が海図を描く。先生には、この船が現代の法律という暗礁に乗り上げないように導いてほしいの」
「……なるほど」
神坂は数秒間、彼女を見つめた。やがて、その口元に穏やかな笑みが浮かぶ。
「分かりました。まずは現在の契約と資金の流れを確認し、法的なリスクを整理しましょう。そのうえで、あなたの事業を継続できる体制を作ります。ただし、違法なことを隠すための代理人にはなれません。あなたを守るためにも、そこは明確にしておきます」
「もちろん。私が欲しいのは、後ろ暗いことを隠す人間じゃないわ。正面から勝つための知恵よ」
ルナは微笑んだ。
「ようこそ。神坂先生」
神坂は差し出された細い手をしっかりと握り返した。
「こちらこそ」
こうしてルナは、事業を法律と数字の両面から支える最初の頼もしい専門家(船員)を得た。
彼女の目的は、ただ宝を見つけることではない。宝の価値を正しく証明し、その情報を必要とする人々に届け、次の航海へ進むための盤石な基盤を築くことだった。




