隠れていたお宝
午後五時三十分。
空がほんのりと朱色に染まり始める時刻、人気配信者のリュウジは、都心から遠く離れた山間部を通る古い街道の近くから生配信を開始した。
『はい、どうも皆様こんばんは! リュウジでーす!』
画面には、薄暗い山道の景色と、自撮り棒に固定されたスマートフォンに向かって身乗り出すリュウジの姿が映し出されている。
『今日はですね! ネットの裏界隈でちょっと怪しいと話題になってる謎のアプリを現地検証しに来ました! その名も「トレジャー・レーダー」! なんとこれ、地図の指示通りに行くと本物の埋蔵品が見つかるらしいんですよ! マジかよって感じですよね!』
配信開始からわずか数分で、チャット欄はものすごいスピードで流れ始めた。
『出たwww絶対ネタ動画だろ』
『こういう詐欺アプリ前にも流行ったな』
『本当に見つかったらニュース案件だぞ』
『おいおい山で勝手に穴掘ったら不法侵入で警察沙汰になるぞ』
視聴者からの厳しいコメントに対し、リュウジは苦笑いを浮かべながらカメラに向かって手を振った。
「いやいや、皆さん落ち着いてください! 俺も伊達に100万人規模の配信やってないですからね。今回は事前に土地の管理者様にしっかりと連絡を取って、指定された範囲内で『調査・立入の許可』を正式にいただいています! コンプライアンスはバッチリですよ!」
彼は単なる炎上目的で動画を撮るような愚か者ではなかった。
実際、アプリが示した候補地点は、土地管理者から「地表の観察および非破壊での予備調査」の許可が得られた区域だった。
ただし、許可を得ているからといって無制限に掘り返せるわけではない。文化財保護法による規制や、埋設ケーブル・配管の有無など、慎重な手続きが必要となる。今回の配信は、あくまで地表の観察と専門家立ち会いのもとでの事前調査という名目だった。
一方、自分の部屋でぬるいハーブティーを飲みながら配信画面をチェックしていたルナは、画面の向こうのリュウジを見て静かに感心していた。
「……ふうん、思ったよりもしっかり手順を踏む慎重な人なのね」
画面上には、ルナが開発したアプリのマップが映し出されている。
ルナは、なぜ自分が第一回の無料地点としてこの場所を選んだのか、記憶の引き出しを奥深くへと遡らせた。
この付近には、数百年前、山を越えて物流を支えた旧街道が存在していた。
かつて彼女自身がこの地を通った際、街道沿いの隠れ宿場の近くに、戦乱の混乱から逃れるために重要物資を密かに埋設した場所があったのだ。
だが、数百年の歳月は地形を大きく変えていた。当時の記憶だけを頼りに掘れば、位置は数メートル、あるいは数
十メートルずれてしまう。だからこそ、現代の地理データを掛け合わせた補正が必要だったのだ。
ルナはアプリの管理画面を開き、配信中のリュウジのアカウントへダイレクトに公式メッセージを送信した。
【公式運営】:
『候補地点の周辺には、数百年前の構造物が埋没している可能性があります。ただし、地殻変動によるズレを考慮し、まずは地表の傾斜と土壌の変化を確認してください。危険が生じた場合は速やかに作業を中止してください』
「おっ、うそ!? 公式からダイレクトメッセージ来たぞ!」
リュウジが驚きながらスマホの画面をカメラにかざす。
「『人工的な構造物が埋没している可能性』……? おいおい、なんか急に本格的な雰囲気になってきたんじゃないか!?」
チャット欄の熱量が一段と跳ね上がる。
『わざわざ注意書き送ってくるあたり、運営の姿勢はまともだな』
『でも本当に何かあるのか? ネタじゃなくて?』
『まあ運営が現地の地形データをかなり読み込んでる可能性はあるよな』
画面越しの視聴者の推測を見て、ルナは口元に薄い笑みを浮かべた。
(鋭い観察眼ね。もっとも、私が『現地の情報』を持っているのは、データではなく自分自身の体験だからなのだけれど)
当然、彼女が自身の秘密や本当の理由を明かすつもりは一切ない。
この段階で最も重要なのは、アプリが提示する情報の「絶対的な正確性」を証明することだけだった。
現地調査が始まってから、約四十分が経過していた。
配信の同時視聴者数(同接)は、すでに八万人を突破していた。
リュウジの隣には、今回の調査に特別に協力してくれた地元の歴史研究家・佐藤氏が並んでいた。周辺の郷土史や古地図に精通した専門家である。
「この付近には、確かに江戸期以前の古い街道が通っていたという記録があります。しかし、この特定のポイントに何か重要なものが埋設されているという文献は、私の知る限り一切存在しませんね」
佐藤氏の冷静な解説に、リュウジがマイクを向ける。
「つまり先生、普通に考えたらただの山林で、何も出ない可能性の方が高いと?」
「ええ、学術的には間違いなくそう考えるのが自然でしょう」
調査は、まず地表の慎重な観察から開始された。
アプリが示したPinの周囲を丹念に調べると、落ち葉と腐葉土に覆われた地面に、僅かな人工的とも取れるくぼみと、不自然な土の盛り上がりが見つかった。
佐藤氏が屈み込み、ハンドスコップで落ち葉を払いながら写真を撮影する。古地図のデータと手元のタブレットを突き合わせ、眼鏡の奥の目を細めた。
「……ほう。自然な侵食とは少し異なる地形の乱れですね。ですが、これだけでは単なる古い倒木の跡とも区別がつきません」
続いて、管理者の許可範囲内で金属探知機と地中レーダーによる非破壊検査が実施された。
静まり返る山の中に、機械の探知音が規則的に響く。
――ピー……ピー……ピピピピピッ!
突然、機械が甲高い連続音を鳴らした。
現場の空気が一瞬で凍りつく。
「えっ……? ちょっと待ってください、今の音なんですか!?」
リュウジがカメラを機材へ寄せる。
佐藤氏の表情から、先ほどまでの余裕が消えていた。
「……地中に、明らかな金属反応、および密度の高い構造物の反応があります。自然の石や木ではありません」
コメント欄がものすごい速度で流れていく。
『うそだろ!?』
『マジで反応出たの!?』
『ヤラセじゃないならこれヤバいだろ!!』
現場の安全確認と現地管理者の最終同意のもと、慎重な掘削作業の許可が出た。
佐藤氏の指導のもと、遺跡を発掘するかのような慎重な手つきで表面の土が取り除かれていく。
作業開始から十五分。
深さ数十センチの地点で、土の中から黒ずんだ金属の角が姿を現した。
「あった……! 何かあるぞ!!」
慎重に周囲の土をブラシで払い落とすと、地中から掘り出されたのは、全体がぶ厚い錆と腐食に覆われた、重厚な金属製の箱だった。表面には、擦り減った独特の幾何学模様の装飾が刻まれている。
「これ……触ってもいいんですか!?」
興奮で声を上ずらせるリュウジに対し、佐藤氏は毅然とした態度で首を横に振った。
「ダメです、絶対に無理に開けてはいけません! 発掘された状態や周囲の層も極めて重要な歴史的資料です。直ちに自治体の教育委員会および専門機関へ連絡し、保護の手続きをとります!」
配信は、その佐藤氏の厳格な一言をもって、一端中断されることとなった。
画面が切り替わり、視聴者からは「中身見せろよ!」「お預けかよ!」という悲鳴のようなコメントが殺到したが、専門機関を巻き込んだこの対応こそが、逆に「本物かもしれない」という強烈な真実味を帯びさせることになった。
自室で配信の余韻に浸りながら、ルナは温くなったティーカップを置いた。
「……やっぱり、あそこに眠っていたのね」
ルナの脳裏に、数十年前――いや、数百年前に自身が嵐の夜、信頼する数名の部下とともに船からあの重い箱を運び出し、静かに土へ埋めた記憶が鮮明に蘇っていた。
しかし、現代の学者たちがその箱の真の価値を知るまでには、もう少し時間が必要だった。




