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燃え広がる炎と、漆黒のサンドバッグ

「なんで怒りって、こんなに燃え広がるんだろう」

夜、お風呂上がりの髪をドライヤーで乾かしながら、私は鏡の中の自分に向かって、ブツブツと文句を言っていた。

きっかけは、本当に小さなことだった。

洗面所のタオルの位置が、いつもと違っていた。ただそれだけのことだった。

なのに、ひとつの「気に入らない事」のスイッチが入ると、脳内のネガティブな記憶の扉が、次から次へとドミノ倒しのように開いていく。

「そういえば、あの時のあの言い方もムカついた」

「あの件だって、結局こっちが折れて解決したことになってるけど、全然納得いってない!」

とっくに解決したはずの過去の出来事までが、急にフレッシュな怒りとなって蘇ってくる。

あれもこれも気に入らない。世界中のすべてが、私をイライラさせるために存在しているように思えてくる。

この燃え広がる感情の炎を、自分一人ではもう消し止められない。誰かに受け止めてもらわなきゃ、私の頭が破裂して、ライフが完全にマイナスになってしまう。

「……サンドバッグ買おうかな、本気で」

私はドライヤーを止め、スマホで通販サイトを開いた。

検索窓に「サンドバッグ 自宅用」と打ち込む。画面には、部屋の片隅に堂々とそびえ立つ、漆黒のサンドバッグの画像が並んだ。

これを部屋の真ん中に置いて、あのムカつく出来事や、あの理不尽な期日のことを思い浮かべながら、思いっきり殴り倒す。

想像しただけで、少し胸がすっとした。

けれど、ふと我に返る。

私の部屋は、第2話で証明された通りの「汚部屋(発展途上)」だ。

ただでさえ足の踏み場が怪しいのに、ここに巨大な黒い円柱が鎮座したら、それこそ新しい「気に入らない事」が増えるだけではないか。

「……やっぱり、やめとこ」

私はスマホを閉じ、冷蔵庫から冷たい炭酸水を取り出して一気に飲み干した。

シュワシュワとした強い刺激が、喉を通り抜けていく。その冷たさに、脳の温度がほんの少しだけ下がった気がした。

サンドバッグは買わないけれど、今夜は枕を思いっきり殴ってから寝よう。

そう決めて、私は大きく息を吐き出した。

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