48.深層書庫にて
「危ねぇッ!!」
フォンスが咄嗟に、カフカの腕を引っ張る。
何が起きたのか理解するより早く、カフカの身体は後ろへよろけた。
「わっ!?」
背中がフォンスにぶつかり、そのまま二人揃って床へ尻餅をつく。
どさどさ、と重たい音を立てて、数冊の本がカフカの目の前へと落ちる。
「痛ェ〜……。
ヘイルさん、ちゃんと整理しときましょうよ!?」
ヘイルは、きょとんとした顔で首を傾げた。
「おかしいな。
積み上げた時は完璧なバランスだったのに。」
「いやそもそも本は積み上げて仕舞うもんじゃないんすけど!?」
カフカは一瞬の出来事に、何が起きたのが理解できていなかった。
フォンスとヘイルの掛け合いを聞いて、やっと固まっていた思考がゆっくりと動き出す。
フォンスが間一髪、落ちてくる本から守ってくれたのだ。
「フォンス、ありがとう……!びっくりしたぁ!」
「おう、怪我してねぇか?」
フォンスは床に散らばった本を一冊拾い上げ、近くの机に置きながら、軽く息を吐いた。
「本って、意外と殺傷能力あるんすから……。」
「当然だよ。
知識は時に人を殺すからね。」
ヘイルがくすりと笑った。
二人が倒れ込んでいるのに目もくれず、マイペースに本棚を物色している。
「そういう意味じゃないんすけど!」
その様子を見て、フォンスは呆れたように肩を落とした。
フォンスの中で、ヘイルという人物の輪郭が少しずつ変わっていく。
彼は冷徹で、研究の才を遺憾無く発揮する鬼才だと思っていた。
イメージとしては、厳格で真面目で、図書館の中に入ったあと何か気に食わないことを言うと氷漬けにされてしまうんじゃないかという迫力があった。
……だが、実際はそんなことないらしい。
生活面の方はてんでダメみたいで、腹が空いたらパンを盗み、ふらりと廊下に出没する。
加えて、国家の機密書庫であろうこの場所を、子どもが玩具箱をひっくり返したように荒らす、とんでもない隊員だったとは。
面白いと思ったことには素直に笑うし、辛口や冗談も言う。
それが本心なのかはわからないが。
「恐らく、この辺りの本だね。」
ヘイルは棚の上段から、目ぼしい本を三冊ほど抜き取っていた。
表紙には、噂の黙示文字とやらが書き記されている。
「……この本、全部こんな文字なんですか?」
「ああ、そうだね。
当時、大魔女を扱った書籍は基本的に黙示文字で書かれていた。
今使われている言語ももちろん存在していたけれども、禁忌魔術や国家的に重要な書籍はほとんどこの形態で書かれている。」
「なるほど、ヘイルさんはその黙示文字は全て読めるんすか?」
「……まあ、そうだね。」
「すごいっすね〜……。
オレなら頭がこんがらがっちゃいそうですよ。」
「君、反射神経だけは良さそうだから、無理に不得意な分野を伸ばそうとしなくていいと思うよ。」
「あ、今バカにしました?」
ヘイルはフォンスのせめてもの抵抗を無視し、右手を宙に翳す。
パリパリ、と急激に空気中のエーテルが凍りついていく。
みるみるうちに、空気中に本三冊を載せられるほどの氷の台が出来上がった。
「すっげ……、氷魔術ってそんなこともできるんですか。」
「僕はできるけど、他の氷魔術を使う人はどうなんだろうね。
これは祖父に教えてもらったんだ。」
「へぇ〜お爺ちゃんも氷魔術師だったんすね。
男で氷魔術を使うのは珍しいって聞いたけど、そんなことないんすか?」
「……僕の生まれた国では、そうでもなかった気がするけどね。
今はそんな話はどうでもいい。
とにかく禁忌魔術についての資料を探したい。」
「カフカ、フォンス。
君たちはこの紙に書かれた文字を探してほしい。」
ヘイルが、二人に黙示文字が書かれた紙切れを差し出した。
「これは、なんて書いてあるんだ?」
フォンスが、紙に書かれた文字を凝視する。
「調べたい禁忌魔術を、当時の黙示文字で書いたものだ。
もしその本に書かれていなかったら、手分けして他の本を探してくれ。」
「わかりました!」
「了解っす!」
氷魔術の塊が空気中に浮いているからかはわからないが、ほんの少し肌寒かった。
カフカが、本の一頁目を開く。
随分と年季が入っているようで、紙全体が燻んでいる。
濁った色の不気味な絵が、頁を捲るごとに現れては消えていく。
数分捲り続けても、対応する禁忌魔術の文字は見つけられなかったようだ。
「ダメだ、どこにも書いてねぇ。
……ん、どうした?カフカちゃん。」
フォンスの目線の先には、ある絵をじっと見つめるカフカがいた。
瞬きもせずに、彼女はその本を眺め続けている。
「いや、すごく綺麗な絵だから、見たくなっちゃって。」
カフカがフォンスに本を差し出した。
「確かに、綺麗な絵だな。」
そこには、紅色のドレスを身に纏った女性が描かれていた。
他のページは色褪せているのにその絵だけは、まるで最近塗られたようなはっきりとした色合いだった。
「うん、私もこんなドレスが着てみたいなぁって。」
「カフカちゃんは、黒い服しか持っていないのか?」
「う、うん、持っていないわけじゃないんだけど。
黒い服が落ち着くんだよね。」
「わかるわかる。
変に派手じゃないから、害魔獣に見つかりにくいしな。
騎士団の隊員として戦うなら、ちょうど良いんじゃないか?」
「――それは、ヘスティアーの禁忌魔術の本だったのか。」
ヘイルが本に見向きもせず、そう言い切った。
「ヘスティアー?」
「ああ。
大魔女を統べた、炎の大魔女の名さ。
さっきも言ったが、名前を出すのは基本的にあまりよろしくない行為だ。
関係のない書籍なら、速やかに本棚に戻してくれ。」
その声は、また温度が奪われたように冷ややかな声だった。
さっきまで軽口を叩いていたのはなんだったのか。
「了解っす……。
じゃ、じゃあ気を取り直して二冊目読みますね!!」
フォンスが、もう一冊の本を手に取った。
重たい本の表紙を捲ると、そこにはヘイルの書いたメモと対応する文字が書かれていた。
「……フォンス、これだよ!」
カフカが慌てて一頁目を指差す。
その先に並んでいた黙示文字を見た瞬間、ヘイルの表情が凍りついた。
「……思った通りか。」
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