45.その悲劇は繰り返す
「エチルエーテル、プルウィア。
交戦した際、どのようなことがあった。」
父親の厳しい声色に、ほんの少し身震いする。
このような公の場で会話をするのは、初めてだった。
「……端的に申しますと、あれは通常の害魔獣ではありませんでした。」
「通常の、か。
変異種ということか。」
「いえ、変異種は通常の個体と違って毛並みや魔術の系統が変わっていることを指しますが。
あれは、今までどのような文献にもなかった。
もっと悍ましいものです。」
ベルンハルトの発言で、会議室の空気が一変する。
「……具体的に、どこが通常の害魔獣と違うのか、言いなさい。」
「あれは、複数の害魔獣が無理やり繋ぎ合わされたような肉塊でした。
ツギハギが体のいたるところにあり、全体が黒い粘液に包まれた獣でした。」
「獣……か。」
「自分とフレッド隊員が最初は防衛戦という形で、交戦いたしました。
恐ろしい腐敗臭、そして一瞬にして月脈の湯の岩壁を破壊する力。
放つエーテルは、龍種にも匹敵していたと思われます。」
ジョンが黙り込む。
想像以上の脅威に、考えあぐねているのだろう。
「まさに、死骸と戦っていた感触でした。
特に厄介だったのは、黒い粘液が地面を埋め尽くすたびに、エーテルが魔術道具に流れなくなりました。」
「エーテルが?」
「それは一体どういうことだ……。」
会議室にいた者たちの顔色が、明らかに変わった。
……それほどに、エーテルの流れが断たれる、あるいは制御を奪われることは、恐ろしいことなのだ。
その時、ジョンの隣に佇んでいた老婆が手を挙げる。
「少し、発言をいいかい?」
「ピオニア氏、どうぞ。」
「エーテル回路は、エーテルが一定時間届かなくなると壊死を起こす。
交戦した三人のエーテル回路は大丈夫だったのか。」
しん、と静まる。
「完全にエーテルが空気中から消えていたわけではなかったので、大丈夫です。
お心遣い感謝いたします。」
エレーシャがぺこりと頭を下げる。
「まぁ、エレーシャちゃん、こんなしっかりとした受けごたえもできるのね。」
イクナトーンが小声でボソリと呟いた。
エレーシャが隙を見てきっ、とイクナトーンを睨みつける。
「……いくつか質問させてもらう。」
ジョンが、ベルンハルトの方を向き直した。
「まず、そのような害魔獣を相手にしてどのようにして撃退した。」
「……フレッド隊員とエチルエーテル隊員が交戦、その後、ボクが避難誘導を終えて害魔獣の出現場所に戻りました。
まず、水魔術の防御壁を応用し、害魔獣を包み込みました。」
「その後、月脈の湯の壁を二人に破壊してもらいました。
月脈の湯に満ちていた温泉由来のエーテルを利用し、害魔獣を市街地の外へ押し流すことができました。
完全な崩落は、馬車で駆け付けたマールテン隊員が押し留めてくれました。」
「すごいな、今期の特撰部隊は。」
「まだ入りたてだよな?」
「マールテン隊員……は初めて聞いたぞ。
どこの軍隊からの移籍だ?」
次々と、驚きの声が飛び交う。
それもそうだろう。
特撰部隊の志願者は、実力がなければ即殉職し、他部隊に名前を聞かれることもなく騎士団を去っていくからだ。
まず、害魔獣の討伐任務というのは、基本的に命の獲り合いなのだ。
この緊急会議で名前が上がるということは、相当の実力者ということになる。
「静粛にしてください。
発言は一人ずつ、挙手制です。
そうでないと、誤字をしてしまいますから。」
アルルが鋭く言い放った。
会議室に再び静寂が訪れる。
確かに、魔術で浮かび上がったペンが空中で右往左往している。
「プルウィア隊員、続きを。」
「……はい。
幸い東門が近かったため、そこから市街地の外へと逃がせば結界の仮封鎖が行えると踏んで、この作戦を決行いたしました。
門近くに押し流すことは成功したのですが。」
「……だが?」
「押し流した後も、かなり手強い相手でした。
マールテン隊員が、市街地への被害を最小限にするために防御壁を展開、エチルエーテル隊員とフレッド隊員が、ボクが門へとくるまでなんとか持ち堪えてくれました。」
「……そうか。」
「最終的には、水魔術で外に完全に追い出すことに成功。
結界は応急処置の形で仮封鎖いたしました。
東門はその衝撃で崩落してしまいました。
戦闘の経緯は以上です。」
エレーシャが淡々と答えた。
「あの!」
緊張の糸が張り詰めた会議室に、気の抜けた声が響く。
無邪気に手を挙げる女性が一人。
「シルヴェイン氏、どうぞ。」
「ああもう、君に苗字で呼ばれるとくすぐったいな。
ルースって呼んでくれたらいいのに。」
紺色の髪がさらりと揺れる。
ブカブカの外套に足を引っ掛けそうになりながら、ルース・シルヴェインが立ち上がった。
「ベルンハルト、にエレーシャさん。
肩の力を抜いて聞いてね。
武器管理課の者として聞いておきたいんだけど……魔術道具にエーテルが流れないってどういう感じ?」
「……自分の場合、片手剣を模した魔術道具を使っているのですが……。
右手にエーテルを込めるようにイメージして魔術を放出しています。」
「うんうん。」
ルースが、この場に似つかわしくない気の抜けた相槌を打つ。
ベルンハルトは、少し調子が狂いそうだった。
「害魔獣の粘液が地面を覆い尽くしている時は、息が苦しく、そもそもエーテルをつかむという感覚を失っているというか。」
「ほ〜ん。」
「……えっとですね。」
ベルンハルトが咳払いをする。
「シルヴェイン氏、真面目に聞きなさい。」
ジョンがルースに向かって叱責した。
「だって、新人さんでこんな厳しい場に呼ばれたんだよ。
もっと柔らかく質疑応答しないと。」
ルースの言っていることはごもっともかもしれない。
だが、それはそれとして気の抜けた返事をされると、ベルンハルトもどのような顔をして良いのか分からなかった。
「一度月脈の湯から脱出し、東門周辺で交戦した際、また魔術が使えるようになったのですが。
害魔獣が粘液を吐き出すたびに、どんどんエーテルが停滞していく……そのような感覚を覚えました。
……その後、魔術道具にエーテルが循環しなくなりました。」
「そうなんだ。
道具に対してエーテルを阻害するのか、それとも空気中のエーテルの動きを制御するのか。
……後者だとかなり危うそうだね。」
「……もし、この先エーテル国にこのようなエーテルを制御する害魔獣が増加したら、この先かなりの数に死者が出るだろう。」
「わしの知る限り、このように直接人体に影響を及ぼす害魔獣は初めて見た。
――数百年ぶりに多くの死者を出す災厄となるやもしれん。」
「数百年ぶり……?」
ベルンハルトが首を傾げる。
「ああ、そうじゃ。
今の若いものはあまり知らないだろう。」
「ピオニア氏。
その名前を口に出すのは――。」
いつも凛としている父親の顔が曇る。
「――魔女革命ぶりの悲劇が、起きるやもしれんな。」
ここまで読んで頂き本当にありがとうございます!!
水曜19時/日曜11時更新予定ですので、また読みにきて頂けるととっても嬉しいです!
よろしければブックマークや評価などいただけると大変励みになります!




