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41.不気味なおかえり

41.不気味なおかえり


 イクナトーンが、アーノルドに駆け寄る。

 魔術錠にそっと手を添え、エーテルを込めていく。

 次の瞬間、三つの魔術錠に刻まれた紋様が、淡く浮かび上がった。

 

 ……確かに、魔術錠は壊れていなかった。


「ちょ、ちょっと、アーノルドちゃん。」


 先ほどの飄々とした態度から一変。

 イクナトーンはアーノルドの右胸に手を翳した。

 手のひらからは、炎ではなく温かい光が灯っている。

 右胸の奥。

 心臓と対になるように、エーテル回路は存在している。

 そこへ外部からわずかにエーテルを流し込むことで、回路の状態を探ることができる者がいる。

 エーテルを使いこなした強者や、医療に従事する者たちだ。


「……アナタ、駄目よ。

 全然エーテルを感じられない。」


 イクナトーンの顔がみるみるうちに険しくなっていく。

 柔らかな声から温度が消える。


「……本当なのか。」


「……アタシ、嘘はつかないわよ。」


「……そうだよな。」


 アーノルドが目を伏せる。


「それ、エレーシャちゃんは知っているの?」


「いいや、知らない。

 主任に診てもらったが、回路の中までは調べられなかった。」


「こんなところで話している場合じゃないわよ。

 今すぐに医務室に行かないと!」


「……そうだな。」


「とにかく、アタシは上層部に伝えるわ。

 ……東門で何があったのよ。」


「知らないのか?」


「ええ、知らないわよ。

 というか、謎の通信断絶のせいで城内は大混乱よ。

 だから、そっちで何があったのかも知らない。

 ……ベルンハルトちゃんだっけ?彼の信号が特定できないからって、ずっと緊急会議が行われてたの。」


 イクナトーンは、苛立たしげに薄緑の前髪を指で払った。


「そうだったのか。」


「寮に行っても第十九師団は居ないし……とりあえず夜勤の守護部隊が巡回に向かうことになっていたのよ。」


 イクナトーンは、そこで小さく息をつく。


「でも、ある職員が、月脈の湯周辺にいるって信号を探知したみたいで。

 ……まぁ、そんなことができるのはヘイルちゃんだけでしょうけど。」


「エレーシャも、ヘイルからの救援があったと言っていた。

 後で礼を言わないとな。」


「今、エチルエーテルに張り巡らされた魔術網が乱れているわ。

 巡回中の守護部隊にも連絡がつかないもの。」


「……月脈の湯に、害魔獣の襲撃があった。」


 アーノルドが低い声で呟いた。

 それを聞いた瞬間、イクナトーンの顔から血の気が引いていく。


「……は?それって――――――市街地の話、よね?」


「ああそうだ。

 全く見たことのない害魔獣の形をしていた。

 第二十師団とエレーシャのおかげで、一時的に東門の外に追いやれたみたいだが。

 恐らく、結界は仮封鎖のままだ。」


「う、嘘でしょ……?意味がわからないわ。

 アタシ、夢でも見ているのかしら。

 ここ何百年って破られたことなかったって話じゃない。」


 イクナトーンは、乾いた声で笑いかけたが、思うように声が出なかった。

 それほどに、市街地内での害魔獣の出没が絶望的ということだった。


「とにかく。

 アーノルドちゃんは医務室に行きなさい。

 恐らく上層部の緊急会議が始まるわ。

 ……はぁ、今日は眠れなさそうだわァ……。」


 二人がゆっくりと城内へと歩みを進める。

 いつもなら静まり返っているはずの城内は、夜に似つかわしくない騒めきを帯びていた。


 ――――――


「おかえり。」


 寮の古びた扉を開けると、珍しい顔がそこに居たのだ。

 エレーシャは面食らったように口を開けた。

 背後に並んでいるベルンハルト達も、目を丸くする。

 ……そう、普段は寮で一切顔を見せないヘイルが立っていたからだ。

 相変わらず、あまり表情が読めない人だと思った。

 その声色は一定で、帰りを喜んでいるのか、それとも怒っているのかもわからなかった。


「何、珍しいじゃん……どうしたの?」


「いや、君たちが帰還するのを一応待っていたんだよ。」


「どういう風の吹き回し……?なんか怖いんだけど。」


「怖い?僕だって、仲間の心配くらいするさ。」


ヘイルがくつくつと笑った。


「まぁ、中に入りなよ。

 君たちに聞きたいことが山ほどあってね。」


「え〜。

 疲れて帰ってきたのに質問攻めなのぉ……。」


「仕方ないだろう。

 ……今、君たちが思っているよりももっと事態は深刻化している。」


 エレーシャが重い足取りで螺旋階段を上がる。

 背中の大きな杖が、段に引っかかりそうになりながらも、器用に足を進めた。

 エレーシャに続いて、ベルンハルト達も階段をゆっくりと上がっていく。


「……え、パンですか……?」


 カフカが机の上を指差した。

 そこには、焼きたてではないものの、まだほんの少し温かさが残った黒パンが並べてあった。


「君たち、晩御飯食べてないんじゃないの。」


「え、あ、はい……。」


「ここにあるやつ食べていいんすか!?」


「ああ、さっき腹が減って食堂から拝借してきたんだよ。」


「いや、勝手にとってきたやつかい!!」


 エレーシャが机を叩く。

 ヘイルはなんの悪びれもなく、手前にあったパンを手に取り、無造作に口に放り込んでいく。


「明日の朝用に置いてあったんだよ。

 別にいいじゃないか、沢山焼いてあったし。」


「だめに決まってるでしょこの世間知らず魔術研究馬鹿眼鏡!!」


 ヘイルが首を傾げる。

 邪気のない顔で、エレーシャの顔を見つめた。


「僕が住んでいた場所では、別に勝手に食堂の食べ物は拝借しても良かったんだけどな。」


「アンタの住んでたとこがそうだっただけで、普通は無断で食堂に忍び込むのも駄目なんだけどぉ!?」


 エレーシャの捲し立てる声など聞こえない様子で、ヘイルは黒パンを食べ進める。


「……文句言うなら、エレーシャの分ももらうよ。」


「ごめん、お腹ぺこぺこだからひとつ頂戴。」


 エレーシャは布の上に転がっている大きなパンを鷲掴んだ。

 エレーシャに続き、第二十師団の面々もそこにあるパンを摘む。


「柔らかくて美味しい!ヘイルさんありがとうございます!!」


 カフカが口いっぱいに咀嚼しながら笑みを浮かべていた。

 時刻は午前0時を回りそうだった。

 規則正しい針の音が、カチカチと寮の大広間に響き渡っていた。


「……さて、食べながらでいいから聞かせて欲しいのだけど。」


「――今、市街地で何が起きているんだい?」


 ヘイルは、机の端に置いてあった水で口の中のパンを流し込んだ。

 ゴクリ、と喉仏が上下する。

 次にこちらを見た時、先ほどまでの邪気のない目は、じっとエレーシャを見据えていた。


「通信は断たれている。

 魔術網も乱れている。

 ……城の中には、まともな情報が何ひとつ届いていない。」

 

 ヘイルは、静かに続けた。


「だから、君たちが見たものを、全部教えて。」

ここまで読んで頂き本当にありがとうございます!!

待っていたのは意外な人物!?でしたね。

最近書いていて第十九師団のみんなが好きになりすぎて次の章に進むことがすでに寂しく感じてしまっております。

水曜19時/日曜11時更新予定ですので、また読みにきて頂けるととっても嬉しいです!

よろしければブックマークや評価などいただけると大変励みになります!

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