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40.信じて待つ人


 月明かりの下、いつもは煌々と市街地を照らしている魔術街灯は無かった。

 先ほどの害魔獣の影響なのか、ところどころ弱々しく明滅している。

 そこには、無惨にも壊された瓦礫の山と騎士団専用の馬車があった。

 ベルンハルトは、遠目に見えた二人の人影に安堵した。

 ……もし、さっきの害魔獣以外が出没していたら。

 恐らく、魔術を使えないカフカは一瞬で命を落としていただろうから。

 彼女の姿が見えた瞬間、張り詰めていたものが少しだけ緩んだ。


「みんな――っ!!」


 カフカが、軽い足取りでこちらに向かって走ってくる。

 無邪気な笑顔は、夜の下でよく見えなかった。


「はぁ、よかった……!みんな無事だったんだね。」


「ああ、カフカさんは大丈夫だったのか?」


「う、うん。

 私は怪我とかしてないよ。」


「……良かった。」


ベルンハルトの口元が、ほんの少し緩む。


「心配してくれてありがとうね。

 みんなは大丈夫だったの!?」


「ふふ、見ての通りですよ。」


 クルトが苦笑いした。

 カフカがふとクルトの手元に視線を移す。

 手のひらには血が滲んでおり、握りしめた際に爪が食い込んだような跡があった。


「……みんな、ありがとう。

 また助けられちゃった。」


「ふん、ボク達はこれが仕事なの。

 ……アンタもいつか魔術が使えるようになったら、こうやって誰かを守るんだよ。」


エレーシャが、いつも通りの皮肉を漏らす。


「……はい!」


 嬉しそうにカフカが返事する背後から、アーノルドがゆっくりと歩いてくる。

 いつもの快活な姿はどこにもない。


「お前達、よく戻ってきてくれた。」


「……街を守ってくれて、ありがとう。」


「いえ、騎士団としての職務を全うしただけのことです。」


「ベルンハルトは立派だな。

 こんなに頼もしい後輩ができて、上官として誇りに思う。」


「ってか、アーノルドさんは身体大丈夫なんすか?」


 フォンスが、話を遮るようにして言った。


「ああ、多分。

 クレス主任が馬車に同行してくれていたみたいだ。」


「……ゲ、主任来てんの?」


 エレーシャが眉を顰める。


「学校の技術訓練の実習がひと段落ついたみたいでな。」


「嘘〜……。

 最近の日誌全サボりしてたのバレるんだけど……。

 結界の修復もあるし、ああ〜害魔獣と戦ってる方がマシなんだけど〜……。」


 エレーシャがへにゃ、と膝から崩れ落ちていく。

 その様子がおかしくて、思わずカフカは吹き出した。


「……何だよ小娘。

 ボクの何がおかしいの!?」


「い、いや〜エレーシャさんはやっぱり可愛いなぁって思って。」


「はぁ〜!?か、可愛いは事実だけどぉ……。

 あ〜いや、なんかムカつくなぁ!」


 いつもの空気感。

 いつもの軽口の言い合い。

 ……いや、まだ出会って一週間も経っていないが。

 でも、先ほどの緊迫した状況ではない、この感じがベルンハルトにとっては居心地が良かった。


「とりあえず、もうボク疲れた。

 さっさと城に戻ろうよ……。」


「そうっすね……。

 そういえば、オレたち晩御飯食ってないじゃないっすか!?」


「……今更気づいたんですか?」


 クルトが呆れたように笑った。


「そういえば、月脈乳飲もうとしてたんだった……。

 戻っても食堂空いてねぇよなぁ……。」


 フォンスが項垂れる。

 荒れ果てた月脈の湯を背に、一行は馬車へと向かった。


 ――――――


 エーテル城、入り口付近。

 いつもは完全に閉ざされた門扉が、中途半端に開かれていた。

 門番は一人。

 呑気なあくびを漏らしながら綺麗にセットした薄緑の髪を梳いている。

 周囲の気配など気にしていないような顔で、紺色の外套から鏡を取り出す。


「はァ……。

 せっかく今日は暇そうだから夜勤中に八時間は寝てやろうと思ったのにぃ。」


「仮眠室で叩き起こされるなんて、聞いてないわよう!!」


「ていうか、肌の治安サイアク。

 あーもう、馬車さっさと戻ってきなさいよ!」


 芯に低さを残した、柔らかな声が響いた。

 彼の名前は……。


「イクナトーン!!」


 聞き覚えのある声に、ふとイクナトーンは顔をあげた。

 馬車の音がガラガラと聞こえ、やっとこの仕事が終わる、とイクナトーンは安堵する。


「この声……アーノルドちゃん!?」


 みるみるうちに馬車が加速し、門扉の前でぴたりと止まった。

 馬車の運転手が、通行許可証をスッと差し出す。

 アーノルドの声に気を取られ、慌ててイクナトーンがそれを受け取った。


「皆さん、ここで降りられますか。」


 運転手が、馬車の中にいる者に声をかける。


「俺は降ります。

 皆はどうする?」


「ボクと主任は城内で降りるよ。」


「わかった、ベルンハルト達はどうする。」


「俺たちもこのまま城内に向かいます。」


「おう、わかった。

 また後で会おう。」


 アーノルドが軽快に馬車から飛び降りた。

 馬車がゆっくりと城内に進んでいく。


「イクナトーン、なんだか久しいな。

 ……にしても門番だなんて珍しいことをしているな。」


「そうでしょそうでしょ?ていうか、今日こそ仮眠室でこっそりたっぷり寝てやろうと思ったのに。

 なんだか緊急事態だからって叩き起こされちゃったのよう〜。」


「はは、そうだったのか。」


「アーノルドちゃんは救援?……いや、でも特撰は市街地のことは基本管轄外よねェ。

 なんで馬車に?」


「……いや、どちらかというと俺の体調のせいで馬車を呼んでもらったんだ。

 迷惑かけて、すまないな。」


「あのアーノルドちゃんが!?特撰のあの高水準の水氷に挟まれても風邪ひかないアーノルドちゃんが!?体調不良!?」


「……そうだな。」


「珍しいわねぇ。

 お酒の飲み過ぎじゃないの?」


 イクナトーンはカラカラと笑った。


「んもー。

 今は元気そうね、まぁ無事だったからいいわ。

 門扉を閉めるから、手伝って頂戴。」


 イクナトーンが、踵を返し城内に入っていく。

 エーテル城の正面にある門扉は、エーテル国の中でも最も大きいとされている。

 魔術を使わないと、そもそも開け閉めさえも不可能だった。

 強固な魔術錠が三つも施されており、害魔獣は愚か、昼間の開放時以外は外部からは絶対に開かないようになっている。


「アタシが閉めるから、魔術錠をお願い。」


 イクナトーンの手のひらから、ぽう……と柔らかな火が灯る。

 優しい手つきで、中途半端に片側だけ開いた扉を閉めていく。


「……相変わらず、愛おしそうに魔術を使うんだな。」


「えぇ〜そう?まぁ、炎って赤くて可愛いじゃない?」


 イクナトーンが満足げに笑った。

 ギィイ、と金具が擦れ合う嫌な音が響き渡る。

 完璧に閉まった門扉を見て、イクナトーンが頷いた。


「はい、じゃあ後はよろしくね。」


「ああ。」


 アーノルドが、傷だらけの錠に手を翳した。

 魔術鉱石でできたそれは、エーテルを感知すると、淡く光るのだ。

 ……だが、アーノルドは違和感に気づく。

 いつもなら即座に反応する魔術錠が、一切反応しないのだ。


「……え?」


「あら、どうしたの?」


「……いや。」


 アーノルドが再び、手を翳した。

 いつもみたいに錠を閉める際よりも、もっと強くエーテルを込める。

 ……だが、魔術錠は沈黙を続ける。

 

 「魔術錠が、()()()()()()。」


「――え?」


 その瞬間、イクナトーンの笑みが消えた。


 エーテル城の正門に施された三つの魔術錠。

 それは、害魔獣の侵入を防ぐための最後の門であり、城内と市街地を分ける防衛線でもある。


 ――そのうちの一つが、沈黙している。

 夜風が、門扉の隙間を撫でる。


「……アーノルドちゃん。」


 芯に低さを残した声が、わずかに硬くなる。


「これ、ただの故障じゃないわよ。」

ここまで読んで頂き本当にありがとうございます!!

そういえば、タイトルをほんの少し変更してみました。

こっちの方がお話わかりやすいですかね?

ついに50話まで後少しになってしまい、作者も驚いています。

水曜19時/日曜11時更新予定ですので、また読みにきて頂けるととっても嬉しいです!

よろしければブックマークや評価などいただけると大変励みになります!

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