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38.水鏡、封印

予約投稿の時間を来週の日曜日にしておりまして、遅れての投稿です…申し訳ございません。


 肉片がクルトの目の前でゆっくりと崩れ落ちていく。

 害魔獣が更に悶え苦しむ。

 粘液が大量に吹き出し、障壁に向かい大地をゆっくりと浸食していく。


 (今の、なんだ?全く見えなかった。)


 いつも穏やかなクルトの目つきが、鋭く冷徹な瞳に一瞬だけ様変わりしたのだ。

 柔らかい草魔術の気配など無く、ただ何かを殺すための()()()エーテルの感触。

 肌に突き刺さる空気が、やけに痛かった。


「防衛は、任せてください。」


 クルトがベルンハルトに視線を送る。

 不意の声かけにベルンハルトの肩がびくりと震えた。


「あ、ああ!」


 害魔獣が、再度フォンスの方を向き直す。

 大きな身体を引きずりながら、激しく肉片を伸ばす。

 赤黒い身が露出し、腐乱臭が周囲を包む。


「今度はオレかよ!」


 必死にフォンスが肉片へ魔術を放つ、が。

 雷の精度がどんどん落ちていく。

 粘液が地面を黒く染め上げ、だんだんと空気の汚染がひどくなる。

 喉に粘ついたものが、絡みつく。

 みるみるうちに息が浅くなる。


「ッ、またこれかよッ!!」


 先ほどの状況から一転。

 害魔獣の攻撃を避けるのが精一杯で、閃光がどんどん狙いから逸れる。

 街灯の光も徐々に消えていき、月明かりだけが視界を頼りなく照らしていた。


「フォンス、門外へ走るぞ!!」


 ベルンハルトが、害魔獣の身体に再度刃を突き立てた。

 わずかに害魔獣の動きが止まり、その隙にフォンスが包囲網から脱出した。

 先程まで剣の鋒を覆っていた土魔術は、跡形もなく消えている。


 (やはり、()()されている……!)


 魔術道具にエーテルが循環していない。

 この場で魔術を使えているのは、遠くで障壁を維持しているクルトだけだろう。

 今攻撃魔術を使えない状態であれば、丸腰で門外に誘き出すしかない。

 ただ、まともに攻撃を受けたら即死。

 ベルンハルトはそれを理解していた。

 その上でそう指示したのだ。


「門外に出るのはいいが、魔術が使えないとどうにもなんねぇぞ!?」


 フォンスが叫ぶ。


「今は、エレーシャさんが来るのを信じるしかない!!」


「〜ッ、お前が言うなら仕方ねぇ!!」


 二人が一斉に駆け出した。

 害魔獣がフォンスを追い、唸る。

 粘液が更に地面へと溜まっていく。

 もはや走ることさえもままならないほどに、粘液が広がっていた。

 一足踏み出すことに、足元が掬われそうになる。

 ――ふわり、と足元に淡いエーテルが咲いた。

 大地から芽が柔らかく顔を出すように、足場が徐々に形成されていく。


「長くは持ちませんが、これで!!」


 クルトが息を荒くしながら、ベルンハルトたちの方に右手を翳す。

 礼を言う暇もない、一瞥する余裕もない。

 脆い足場を踏み締めるように、必死に二人は駆け出していく。

 踏み締めた場所から、パラパラとエーテルが崩れ去っていく。

 いつものクルトなら、こんな脆い足場は作らない。

 障壁を維持しながら、門までの足場を作っているのだ。

 どれほどのエーテルを削っているのか、考えるだけで背筋が冷えた。


「あと少しだ、走れ!!」


 目の前に巨大な門扉が迫っていた。

 深夜の東門は害魔獣の侵入を防ぐため、結界とともに固く閉ざされている。


「開けるぞ!!」


 迫る害魔獣を横目に、必死に鍵を開錠していく。

 国立騎士団の者は、この門の管理を任されることがある。

 その為、全員に錠の外し方は説明されていた。

 だが、ベルンハルトはぴたりと指を止める。


「……魔術錠が、反応しない!?」


 魔術錠――それは、魔術道具の一種である。

 エーテルを上手く扱えない者でも鍵が開くように、古くから作られている。

 開錠の方法は、教えられたエーテルを魔術錠に流すだけ。

 だが、このようにエーテルが阻害されるような状況下では錠の開門が不可能だ。

 生命の要であるエーテルが、ここまで薄れている。

 そんな事態、あり得ないはずだった。

 ベルンハルトは、唇を噛み締める。

 手汗が滲む。

 開錠の手立てがないかと必死に思考を巡らせる。

 もう時間はない。

 エーテルが完全に使用できなくなっている以上、迎撃も難しい。

 門を破壊することもできないだろう。

 この高い壁を越えて市街地の外に出るのも、魔術がなければ不可能だ。

 このままだと、害魔獣は真っ先にフォンスを喰らうだろう。

 それだけは、避けなければ。


 (ダメだ、息ができない……。)


 (空気を吸っても、エーテルが入ってこない。)


 意識が朦朧とする。


「どいて――――――――!!!」


 背後から、先ほどと同じ甲高い声が響いた。


「水鏡、暴れろ!!!

 ボクの身体のエーテル、全部、全部、ぶつけてやる!!!」


 ぼやけた視界が、はっとクリアになる。


「エレーシャさん!」


 フォンスが声を上げた。

 足場が、ガラガラと崩れる。

 粘液の溜まった地面へ放り出される――そう思った瞬間、身体が浮いた。

 内臓が押し潰されるような浮遊感。

 気づけば、誰かに抱えられたまま宙に浮いていた。


「フォンス、お前……ゲホ、魔術が使えるのか?」


 ベルンハルトが目を開けると、自分が壁の中腹あたりでフォンスの片手に持ち上げられていることに気づいた。

 左手にベルンハルト、右手でわずかに壁から突出している煉瓦に捕まっている。

 恐ろしい密度の激流が門扉に向かって迸る。

 害魔獣は再び、エーテルを大量に含んだ水流に流され、力無く動きを止めていた。

 その勢いは、門扉の魔術錠をあっけなく破壊し、門の外に粘液ごと押し流した。


「ああ。

 クルトが、オレの足場だけ上に跳ね上げてくれたらしい。

 オレがお前を抱えて逃げるって、見越してたんだろ。」


「はは……クルトはなんでもお見通しなんだな。」


 エレーシャが破壊された門扉の前に立つ。

 よろめく害魔獣が、何かを訴えかけるようにこちらに声にならない声を放っていた。

 おどろおどろしい声だった。

 その声が、記憶の底をこじ開ける。

 ……まるで、森に伝わる怪物の鳴き声みたいだ。

 ベルンハルトは、フォンスと黙ってよく市街地の外れにある森に遊びに行っていた。

 特撰部隊ごっこ。

 立派に戦場を駆け巡る父親の背を見て育ったからこそ、この名前に憧れていた。

 ……昔は。


「はぁ、はぁ。

 やっと追い出せた。

 ほんっとにしぶといんだからッ!!」


 エレーシャが杖を地面に突き立てる。

 あたり一帯のエーテルが全て青く染まる。

 まるで水中にいるような感覚だ。


「もう二度と害魔獣(オマエ)みたいな化け物がここに来ないように。」


「結界を張り直す――。」


「水鏡、封印。

 全ての害魔から、我々を護れ。

 エレーシャ・プルウィアの名の下に、このエチルエーテルに守護を賜う。」


 キーン、と耳鳴りがする。

 エレーシャの足元から、鋭い光が空に向かって伸びていく。

 門、壁、建物。

 ゆっくりと光が街全体を包み、薄い膜のようにエーテルが纏わりついていく。

 しん、と静寂が訪れた。

 破壊された門扉から外を覗くと、害魔獣が完全に動きを停止している。

 肉片が小刻みに震え、ゆっくりと市街地を離れる。

 粘液を少しずつ足跡に残しながら。


「目標、撤退……?」


「……今度こそ、勝てたのか?」


 月明かりの下、エレーシャがパタリとへたり込む。


「つ、つ、疲れたぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」


 杖がからん、と倒れる音がやけに大きく響く。


 ……バキ、ミシ

 バキバキバキバキバキ!!!


 その瞬間、扉が吹っ飛んだ衝撃で、遅れて門自体が崩れ出す。


「……はぁ!?」


 エレーシャが思わず顔を上げる。

 今結界を張るのに体内のエーテルはほとんど使い果たした。

 もう抵抗する手段がない。


「エレーシャさんっ!!!」


 フォンスとベルンハルトが、壁から飛び降りる。

 だが、自分たちも門の瓦礫から逃げることに必死だ。

 クルトも遠い。

 遠隔で防御壁を張ろうにも、先ほど街を覆った障壁の反動が残っている。

 つまり、今この場にいる誰もが満身創痍なのだ。

 

 ガラガラガラガラ!!!!!!!


 エレーシャ目掛けて、巨大な煉瓦が落ちる。

 恐怖で思い切り目を瞑った。

 

 パキ――。

 薄氷が割れる音が、小さく鳴った。

 

ここまで読んで頂き本当にありがとうございます!!

さあ、ラストは一体何が起こったのでしょうか。

次回もお楽しみにしてもらえると幸いです!

水曜19時/日曜11時更新予定ですので、また読みにきて頂けるととっても嬉しいです!

よろしければブックマークや評価などいただけると大変励みになります!

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