37.水鏡、開門
「水鏡よ、目を醒ませ!」
眩く鋭い輝きが、広間を照らし出す。
青い光の刃が害魔獣を貫く。
その巨体が、苦しげに悶え始めた。
『ジュグ……グルル……ジュルウ!!!!!!!』
ぶくぶくと、害魔獣を包んでいる水膜が勢いよく泡立ち始める。
「水の転移は成功した!あとは……!!」
「お前を門の外に、ぶっ飛ばすだけだ!!!!!!!!」
エレーシャが瞼を閉じる。
残り、二十五秒。
天井の亀裂が、さらに広がる。
クルトが持ち場を離れたからだろうか。
天井の崩落が、ゆっくりと再開していた。
害魔獣の不気味な声と、天井が軋む音が耳に響いている。
(エレーシャ、集中して。)
(大丈夫。
絶対に生き残ってやる!)
(生まれてきてからずっと苦しかった。
でもそれを救ってくれたのは、アーノルドと、エチルエーテルのみんなだ。)
(絶対にボクが守ってみせる!)
エレーシャの美しい髪が、風に煽られて揺らめく。
月明かりに照らされたその姿は、神秘そのものだった。
金色の瞳が、ゆっくりと開かれる。
そこにはエレーシャの覚悟が、はっきりと現れていた。
「水門、展開。
母なる偉大なエーテル種精よ。
今、我に力をお貸しください――!」
残り、十五秒。
水膜が軋み、黒い粘液が内側から泡立った。
「吹き飛べェ――――――――――――――ッ!!!」
自分の持てる全てのエーテルを振り絞る。
大量の湯水が水膜に勢いよく注入され、害魔獣が激流に飲まれていく。
(東門はすぐ近く。
そこまで吹き飛ばせれば、民間人への被害は最小限に抑えられるはず!)
残り、十秒。
もう振り返る時間はない。
害魔獣が水の奔流に巻き込まれたことを確認し、エレーシャは崩れゆく建物から駆け出した。
全力疾走。
エレーシャが滑り込むようにして、壁の外へと飛び出す。
「うわあああああああッ!!!」
その瞬間、柔らかい草の香りがふっと消える。
ガラガラガラ………………ッ!!!!!!
天井が完全に崩壊していく。
思い出の場所が、跡形もなく崩れていく。
胸の奥が、ほんの少し痛んだ。
けれど、そんなことを言っている場合ではない。
(ッ、とにかく東門に急がないとッ!)
エレーシャは駆け出した。
持てる全てのエーテルを出し尽くしたのにも関わらず、よろけもせずにしっかりと走ることができる。
それでも足は止まらない。
彼の身体は、魔術師としての限界をまだ超えていない。
小さな身体で、自分よりも大きな杖を背負い、月明かりの中を必死に駆けていく。
――その頃、東門付近。
「ベルンハルト、もう一人で立てそうか?」
フォンスが、ベルンハルトの支えを外した。
「ああ、大丈夫だ。
最悪、外なら迎撃もできる。」
「ああ、そうだな!三人でぶっ飛ばしてやろうぜ。」
「……水流の音がしますッ!」
クルトが、温泉の方を指差す。
ベルンハルトが剣に手を掛け、フォンスが右手を振り上げる。
ごう、と水流が唸りを上げる。
次の瞬間。
黒々とした害魔獣が、勢いよく水に流されながらこちらに迫って来ていた。
徐々に勢いが弱まり、東門の前でぴたりと動きを止めた。
水膜がパチン、と弾ける。
地面に叩きつけられた害魔獣が、ゆっくりと蠢き出す。
グジュグジュ、と粘液が溢れ出した。
「来やがったな!!」
フォンスが、構えた右手を突き出す。
バリリリリリッッッ!!!
眩い閃光が、害魔獣を貫いた。
害魔獣が咆哮をあげた。
どの器官から発されているのかもわからない、苦しい声だった。
肉塊の切れ目から、粘液が吹き出す。
「へっ、ここならエーテルは遅れねぇみたいだなぁ!!」
フォンスがニヤリと笑った。
「クルト、障壁を頼む!」
「わかりました!!」
そう言い残し、ベルンハルトは害魔獣に向かって駆け出した。
「フォンス、継ぎ目を狙うぞ!」
「ああ!!近接は気をつけろよ!」
「……エレーシャさんが来るまで、なんとか持ち堪えてくださいね!!」
クルトが地面に手を翳した。
ゆらりと緑色のエーテルが網目のように張り巡らされる。
みるみるうちに淡く光る障壁が門周辺に編み上がった。
門の外まであと少し。
どうにかしてエレーシャがここに到着するまでに押し出し切りたい。
(焔魔術じゃ、火力はあっても、押し込めない、か。)
(……なら!)
ベルンハルトの握る剣から、砂埃が舞い上がった。
剣先がゆっくりとエーテルで出来た岩に包まれていく。
そのまま大きく踏み込み、刃を振り上げた。
「これで押し切るッ!!」
害魔獣の巨体を押し割るように、力任せに刃を叩き込む。
粘液が足元にへばりつき、踏ん張りがきかない。
害魔獣が大きく唸った。
その巨体が、わずかに門の外へずれる。
「効いてる……のか?」
ベルンハルトが更に剣を振り上げる。
土色のエーテルが舞い上がり、剣が黄金に輝いた。
ザクッ!
肉塊に、思いきり刃を突き立てた。
その度に、害魔獣の身体が大きく震えた。
苦しそうな声をあげ、継ぎ目から激しく粘液を放出する。
「障壁の展開が終わりました!」
クルトの声に反応し、害魔獣がぐるりと首を向けた。
耳を劈くような高音を発しながら、勢いよくクルトに向かって迫っていく。
「クソ!標的を変えやがった!!」
フォンスが歯噛みする。
ここでクルトが狙われれば、障壁が破られる。
それだけでなく、本人の命も危うい。
(まずい……!フォンスだけを狙っているわけじゃなかったのか!?)
温泉の広間で害魔獣と対峙した際、明らかにフォンスを喰らおうとしていた。
ベルンハルトが急いでクルトの方に駆け出す。
大きな身体を不気味にうねらせながら、害魔獣は必死にクルトの方に向かう。
(……もしかして、エーテルが強く現れている方向に進もうとしているのか?)
ベルンハルトの脳裏に仮説がよぎる。
だが、ベルンハルトはすぐにその仮説を振り払った。
(……いや、まだそう決まったわけじゃないか。)
(だが、突発的にあの温泉へと突撃してきた理由は……?)
(ダメだ。
今はクルトを守りに戻らないと。)
ザシュッ、と肉を裂く鈍い音が微かに耳を掠めた。
はっと顔をあげる。
次の瞬間、クルトの方にへ向かって伸びた肉片が。ボロボロと地面に落ちていく。
ベルンハルトには、クルトがいつ動いたのかすら見えなかった。
「……問題ありません。」
クルトがぽつり、と小さな声で呟いた。
ここまで読んで頂き本当にありがとうございます!!
温泉街の激闘もついにクライマックスに入りました。
第二十師団とエレーシャの共闘は書いてて本当に楽しいです。
水曜19時/日曜11時更新予定ですので、また読みにきて頂けるととっても嬉しいです!
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